株式会社落雷抑制システムズ

雷ブログ

タガ外れ時代のオリンピック入場行進

2015年01月30日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

「タガ外れ」は死語でしょうね。そんな言葉は聞いたこともない若い方もおられるでしょうから、一応説明しますと、木製の桶(おけ)を構成する板を固定するためのリング状のもので、その「たが」が外れれば桶はバラバラになってしまいます。私自身、タガの外れた桶など日常生活の中で見たことはありません。しかし、比喩としては素晴らしい表現であると思い、使用させていただきます。

東京オリンピックの頃と比べると、最近は世界中が「タガ外れ時代」と言えるのではないでしょうか。その象徴的なのがオリンピックの入場行進です。東京オリンピックでは、各国の選手団は国旗を先頭に足並みをそろえた軍隊式ともいえる整然とした行進で入場しました。ところが最近は、選手の方達はビデオや写真を撮影しながら、ダラダラと入場してきます。東京五輪で使用された名曲「オリンピックマーチ」は、行進するにはピッタリですが、ダラダラ歩きとはどうにも相性が悪いように思えます。これは日本だけの話ではなく、世界中の傾向です。ですから、次回の東京オリンピックでこれを元に戻すというのも困難でしょう。キチンと足並みそろえて入場せよなどと言えば、日本は軍国主義だなどとどこかの国のような的外れな非難を受けかねません。最近は、世界中で「統制」よりも「自由」が一番と思っている方の方が多いようですから。

私は、オリンピックを楽しみにしていますが、ダラダラとした入場行進は見たくありません。しかし世界中が「タガ外れ」なのですから仕方ありません。スポーツの試合なのですから、緊張感を伴った整然とした行進を見たいのですが、最近のオリンピックでは余計な演出が多くお祭り騒ぎです。オリンピックでは無理かもしれませんが、せめて、甲子園の高校野球だけはきちんと整然とした入場行進を貫いてもらいたいものです。

時代劇から学ぶもの

2015年01月29日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

NHKの報道番組は、よほどの反日日本人が制作したような偏向した内容があったり、大嫌いなのですが、日曜日の歴史ものの大河ドラマだけは、受信料を払っている事に対価を得たような気がします。 歴史ものではありますが、ドラマですから、史実に忠実ではなくてもそこはガマンします。しかし、例え作り話であったとしても、教訓となるような場面はちりばめられていて、ただボンヤリと見ているのではもったいないのです。

先週の話で、寅次郎の父ですが、息子の受けたお咎めに軽減を願うのではなく、自分では何もできないと言いながら、実は自分の一家から何度もお咎めを受ける事態が発生した事に切腹願いを出して責任を取ろうとしていたのです。家督を長男に預け、表には出ないで地味に畑仕事をしながらも、肝心なところでは一家の責任を全て背負うという立派な父で、藩と言う小さな社会ながら、その社会の中での責任の取り方を心得ているのです。切腹願いは却下されたと長男が伝えた5秒で終わってしまう短なシーンでした。それまでは存在感の薄い父親に見えましたが、そこからは実に頼もしい父親に見えました。この父にしてこの息子という、地味ながら押さえるべき所はキチンと押さえているのです。

これは江戸時代だけでなく、社会に、人様に迷惑をかけないという暗黙のルールは、少し前の日本の社会にも残っていました。それがいつしか、日本も権利を主張する社会に変貌し、モンスター・ペアレントやクレイマーが闊歩するようになり、社会に迷惑をかけないようにする事の重要性は忘れられてしまったようです。己の責任/義務は棚上げし、権利だけを主張する。。。いやな状況です。

今回の人質事件も、ヨルダンの方々に申し訳ないことです。いくら経済的にヨルダンを支援していてもヨルダンを困らせるような事を要求するのは昔の日本人であれば自制したことでしょう。自国の尻ぬぐいを他国に要求するとはミットモナイ事と思わないのでしょうか? 質素な暮らしをしていた御先祖様に比べれば、身の回りの豊かさは較べもにになりませんが、精神の高貴さでは昔の日本人に明らかに負けています。

この混沌とする複雑な世界の中で、日本の強み、良さは昔の日本に手本があります。 そういう意味では、時代劇の中にもヒントは多々あり、時代劇が少なくなって行くことは寂しいことです。時代劇の衰退と日本人の心の衰退は相関があるようにも思えます。

電車の中での居眠り

2015年01月28日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

お客様をお訪ねしての帰り道、昼食を食べた直後で座席が暖かく、適度の振動が心地よく、つい居眠りをしました。 グッスリと眠ってしまう、どうせ長くは眠れませんから寝足りなく、寝覚めが悪いのですが、自分で居眠りしている事を理解しながら、居眠りするのが気持ち良いのです。生きているような死んでいるような、意識があるような無いような。。次は品川だなと思いながら気が付くと大井町、品川では寝ていたんだ。。と思いながら次に気が付くと蒲田か川崎と、駅を一つ、二つおきに目が覚める位の浅い眠りがちょうど気持ち良いものです。勤務時間中とはいえ移動中なのですから仕方ありません。横浜駅までは堂々と居眠りできるということに幸せを感じます。 

月末の朝から何を呑気な事を書いているのでしょう。 これも日本が平和で治安が良いからこそです。 ありがたいことです。

集団自衛権の前にすべき事

2015年01月27日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

少々、順番が違うのではないかと思うのが、安倍さんが約束された自衛隊の「国防軍」の話と「集団自衛権」の話しです。 ソマリアの海賊対策に海保を乗せて行かなければならないのは自衛隊が憲法では認めていない「幽霊」のような存在であるからです。また、サンゴの密漁に来た中国船に対しても海上自衛隊が何もできないのは、これまた、自衛隊が幽霊だからです。 自衛隊を幽霊のままにしておいて、何が集団的自衛でしょう。自分の国の護りをいつまで幽霊に任せるのでしょう? 

順番としては、キチンと憲法で自衛隊の存在を認め、その名称は「国防軍」でも「日本陸軍/日本海軍/日本空軍」でも何でも良いですから、まず幽霊から脱却する事です。航空自衛隊が領空侵犯の恐れのある場合にスクランブルをかけている事は国民の多くが承知の事かと思いますが、いくらスクランブルをかけて上空に上がっても、外国機が領空侵犯しても何も手出しできないのです。唯一、相手が攻撃してきた場合にのみ交戦が許されるかもしれませんが、そこまでの手続に時間がかかり、最初の方はお気の毒に生贄なのです。 相手に手を出させてから攻撃するなど、剣道の試合では無いのです。昔と違い、最近のミサイルはほぼ初弾から命中し、相手が手を出した次の瞬間に終わるのです。 先手必勝で幽霊さんにもある条件下では先制攻撃を許しておかねば、撃ち落とされるためにスクラブルをかける方が気の毒です。

以前、サンゴの密漁に海保を載せた護衛艦で取締れと書いた事もありますが、それは便宜的な方法で、一番ストレートなのは自衛隊をキチンと憲法で認める事です。 この中途半端な憲法を「平和憲法」などと言ってそのままにしておこうとされる方々は自衛隊との不整合をどうするおつもりなのでしょう? 自衛隊をこのまま幽霊にしておくのでしょうか? 日本が将来、戦争に巻き込まれるとしたら、そのような感情的な話だけしかできない論理的な判断の欠如からでしょう。

自国の不始末は自国で始末すべき、他国にツケを回すべからず

2015年01月26日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

イスラム国による身代金の要求がヨルダンの死刑囚の保釈にすり替わったとの事ですが、ヨルダンの国王と安倍さんはどんな話をされたのでしょう。一日本国民としては、ヨルダンの国王に泣きつかないで欲しいものです。そもそも国で渡航を禁止している紛争地域にノコノコ出かけて行って世間を騒がせている馬鹿者をこんなに国を挙げて人命第一と騒いでいる事が茶番です。 あの地域では人命など普通に無視され、そこで日本人だけが特権のように人命を第一に理不尽な事を主張するのはミットモナイことです。

殺された方も民間軍事会社なる傭兵会社をされていた方で、紛争地域では「民間軍事会社」なる傭兵が今や世界では普通になりましたが、要するに他人の不幸を自分のメシの種にするような会社で、安全な国に観光旅行で出かけた人が拉致されたのとは事情が全く異なります。私には同情の余地など全く見つけられません。「自業自得」とはこのためにある言葉です。どの様な状況になっても自分でまいた種であり、自分で始末すべきです。

ヨルダンにはヨルダンの自国の事情があるでしょう。安倍さんは、ヨルダンの国王に人質の交換をお願いするのではなく、キッパリとイスラム国の要求には応じずヨルダンの死刑囚の解放も必要ありませんと伝えていただけたと願っています。

好きな事だけすればよい  中村修二

2015年01月23日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

ノーベル賞受賞と言う追い風が吹けば何でも言えますが、この本の書かれたのは今から13年も前の事です。 その当時から、中村さん、強気の発言で最初に他人の顔色を伺う人達との違いを鮮明に見せていてくれました。これだけストレートに身の回りの事に食いつくのは実に小気味良いものがあります。中村さん、私とは歳も近く、大学生から当時の会社の様子まで時代背景、懐かしくもあるような状況を共有していますから尚更共感すると事が多く、ノーベル賞をきっかけにまた読みかえしましたが、面白くてほぼ一気読みでした。

昔の戦でも、小規模の戦力では、これを多方面に分散させるのではなく一点に集中して勝ち抜いたように、自分を生かす道を考える時、自分が打ち込める分野に全力を注ぐ、この本のタイトル「好きな事だけすればよい」と言うのは全く真っ当な戦術です。それを貫くことのできた中村さんは、それだけで大したものなのです。大抵は、周囲を気にして一点集中などできないものです。

中村さん、特許の権利については自分の考えであることを強調されていますが、幾ら会社で冷遇され会社からのサポ-トが無かったとはいえ、この間、好きな事をしていながら給料をもらい家族の生活を支えていたのは会社あってのことですから、青色LEDは自由発明であり、職務発明ではないとの説には少し違和感を覚えますが、組織の中に埋もれるなと言う言葉だけでなく実践して見せていることは大したものです。

この本、高校生/大学生の必修として、全ての若い人に読んでもらいたい貴重な言葉で溢れています。 若い社会人の方も、会社の組織に疲れた時には特効薬です。

人質の救出など必要なし

2015年01月22日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

公務員として外国での勤務中に拉致/誘拐されたのなら如何なる手段を講じても救出すべきです。北朝鮮による拉致。これも日本国内にいながら暴力的に連れ出されたのですから、日本国に対する主権侵害。 もっと強硬に奪還を図るべきです。 しかし、今回の人質問題は全く異なります。危ないと分かりきった地域に興味本位でワザワザ出かけるような方が人質になるのは自己リスクで処置すべきで、このようなことに一銭たりとも税金など使うべきではありません。「戦場ジャーナリスト」とか言って危険な地域での活動を売りにしている人達がいますが、あの地域の悲惨さなどどのように報道しようと第三者による救いようはありません。人の不幸をビジネスの種にしているだけです。

安倍さんは自分が陣頭指揮するなどと気張らないで、民間ジャーナリストの勝手な振る舞いなど知ったことではないと関与しなければ良いのです。この二人にかける時間よりもっと大事なことがいくらでもあるハズです。本当に陣頭指揮に没頭するなら、仕事の優先権の判断に問題があります。たとえ2人が処刑されようと、これは一国のリーダがかまうほどの事ではないのです。

自分の子供が人質になったら、そんなこと言えないだろうという方もいますが、私は自分の息子が人質になり、国に身代金が要求されれば「お国に迷惑をかけるな。処刑される前に一人二人道ずれにして自害しろ」と幼少の時から教えています。オレンジ色の薄汚い服を着せられてカメラの前に出されたなら、カメラの前で自決して見せてやればよいのです。カメラの前で泣きべそをかくなど日本男子の恥です。

日本人が世界に比べれば子供っぽいのは政府/地方自治体などいわゆる「おかみ」からの過保護、余計なお世話がありすぎていつまでも独立できないのです。例えば「遊泳禁止」。個人がどこで泳ごうと個人の勝手であり、おかみが決めることではありません。危険かどうかは個人の能力で異なり、泳ぎが上手であれば危険ではなく、泳げない人であれば、深さ30cmのプールでさえ溺死の可能性はあるのです。米国であれば「Swim on your risk]。「自分のリスクで泳ぎなさい」と言う表示であり、泳ぐ/泳がないは自分の責任であるというだけです。今回、人質となられた方ご自身で「自己責任」と言う事を口にされていますので、口だけではなく実行していただければよいのです。

スキー場で禁止区域にまで入り込んで雪崩で遭難するような輩も救助隊が自分の命を懸けて捜索する必要もありません。自分の行動の責任は自分でとる。 こんな当たり前のことも過保護社会では誰かが何とかしてくれる。そういうベタベタした甘えを生むだけです。安易に身代金を払う事は、海外にいる全ての日本人が次の標的になりかねない甘いエサをばらまく様なものです。

山手線の中で会ったインドの青年

2015年01月21日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

旅行カバンを持った二人のインド人。一人は東京の様子を知っているようですが、もう一人は初めて東京に来て山手線に乗ったようでした。歳は20代の後半のようで、車窓からの景色を見いる表情が目がらんらんと輝き、初めて見る東京の景色にワクワクしている様子でした。

あまりに当たり前に見えている東京の景色ですが、あの電車が朝のラッシュ時には2-3分間隔で走り、乗客は皆清潔な服装で、女性はオシャレをして、混雑した駅でも人の流れは整然とし、変な匂いも無く、トイレも清潔で、犯罪の恐れも無く、街には物が溢れ、しかしゴミは無い綺麗な街並みで、水道からはいつでもそのまま飲めるな安全で美味しい水が出るし、国民の多くは良識と社会性を備え、永い伝統と歴史もあり、経済的にもスーパーではないが破綻せずにソコソコやっている。こんな国は世界に類を見ないのです。

しかし、残念ながら、インドの青年が目を輝かして見る情景の中に、彼と同じように目を輝かせている日本人は見た事がありません。駅から会社に向かう人の流れでは楽しそうな顔は一つも無く、重い表情の顔ばかり。会社でも、楽しさなど表情に出す人は少なく、苦しい事を我慢しているような顔ばかり。

インドの成年も東京での時間が長くなるにつれ、徐々に発見するでしょうが、東京に暮らす人は、こんな素晴らしい生活環境のいったい何が不満で重い表情をしているのか? 少子化、高齢化、年金、など心配性な日本人にはよほどの能天気でもない限り明るい顔など無理でしょうか? いいえ、身の回りのありがたい生活環境に気が付いていないだけです。日本人はもっと自信を持つべきです。世界の中でどこに比べてもそん色のない社会を築き、そこで平和に暮らしている実績を誇るべきなのです。100点満点など何処にもあり得ない中で、75点でも立派なものです。

インドの青年のあの表情、いつまでも続いて欲しいものですし、日本人の中にも目の輝いた若い人を見てみたいものです。

セミナー「おもてなし経営とは?」  瀬戸川礼子

2015年01月20日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

セミナーの講師の方は、「教えてやる」と言う立場で高いところから押し付けがましい話をされる方が多いのですが、小柄な瀬戸川さん、控えめな物腰で優しい話しぶり、そして話題は「おもてなし」という情緒的なもので、セミナーが始まった直後は、この話で2時間持つのかと心配したのですが、その心配は無用でした。

理解しているのが当たり前と思い込んで、しかし今更そんなことを言葉で確認し合うのも気恥ずかしいような話題、例えば「お客様はなぜ大事なのか」など、新入社員を相手にするならともかく、経験のある社員に対してそんなことを話題にしたら「馬鹿にするのか?」と喧嘩になりそうですが、それを臆さず真面目に堂々と話をできるのは瀬戸川さんの人柄の故かもしれません。そして、瀬戸川さんの解説を改めて聞くと、経験を積んではいても真剣に考えることなく日常に流されてると気が付かない、まさに「馬齢を重ねて」きた自分には青臭くとも健康に良い青汁を飲んだような気分でした。

こういう「おもてなし」を話題に90分も真正面から取り組み、聞く方も真剣に話を聞くというのは、きわめて日本的なセミナーでした。こういう種類のセミナー、欧米では理解が難しいことでしょう。「おもてなし」が接客業だけでなく、製造業においても有用であるという組織論、と言うよりも組織の中での個人の気持の持ち方、生き方にまで触れる深遠な内容なのです。ヒネクレ者からいわせれば、「きれいごと」とも言えますが、あまりに正面からら正々堂々とお話をされ、「きれいごと」というのは正論ですから否定のしようもなく素直に聞き入ってしまいました。

普段の業務で忘れがちなことを制度として取り組み、成功している例を解説しながら、日本人は組織を作っていくのが上手、そして組織の在り方から個人の在り方まで常に前向きに考える真面目な国民です。 また、 働く女性と言うと男性に負けまいと気負った方も見られるのですが、瀬戸川さん、優しさの中にキチンとした芯が通り、日本女性の素晴らしさを凝縮したような方でした。

「ズルさ」のすすめ  佐藤 優  青春出版

2015年01月19日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

元外務省主任分析官の佐藤さんはマスコミにも良く取り上げられる方なので御存知の方も多いかと思います。 あの強面の方が、「ズルさ」などと言うと何処までズルイ話なのかと思うと、中味は全く至極当然、当り前の内容でズルサの片鱗もありません。 ズルサについての指南書かと期待するとあまりに平凡な内容なので、少し期待外れではありますが、実はこの「至極当然」「当り前」の内容をキチンと述べている所がスゴイと思います。 その内容ですが、

人と比べない/問題から目をそむけない/頭で考えない/時間に追われない/酒に飲まれない/失言しない/約束を破らない/恩を仇で返さない/嫌われる事を恐れない/人を見た目で判断しない/上下関係を軽んじない

これらを体験を踏まえての解説ですが、当たり前に近い事柄ばかりですが、これらを実践するのは簡単ではありません。解説するにしても、難しいことを解説するより、当たり前のことを解説する方が難しいものです。 佐藤さん、すべてにおいて迫力のある方です。

ヨット・モータボートの専門誌「舵」での記事

2015年01月16日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

ヨット・モータボートの専門誌「舵」2月号にPDCEの記事が掲載されました。すると直ぐに2件の注文が舞い込みました。 

海上で落雷があるのか? これは多いのです。昨年、弊社が実証試験をしている青森県の深浦でも漁船に落雷し、海に転落されて一名がお亡くなりになっています。 プレジャー・ボートや漁船は、船体がFRPで作られているものが多く、この材料は電気を流しません。FRPは、弱い電気は流さないのですが、雷の大きな電流には抵抗して負けてしまいます。一方、大型船は鉄鋼で作られていて、雷の電流はサラリと受け流します。 抵抗するFRPと抵抗しない鉄鋼とどちらが強いか? と言えば、抵抗しない方が被害は少ないのです。若い人に半分冗談で言うのは、上司の雷には抵抗するな。抵抗すれば負けるのは自分で、サラリと謝ってしまうのが対処法としては一番で、これは自然界の現象をみてもその通りなのです。

この青森県の日本海側は、風も強いため、風力発電施設が幾つもあるのですが冬季雷も多く、昨年11月には風力発電の羽根への落雷で、これが根元に近い場所から見事に折れています。風力発電の羽根の先端には金属が埋め込まれ、羽根の中を導線で一応避雷のための対策はしてあるのですが、効果が無い場合も多いのです。 何故、効果が無いのか? 風力発電の羽根が回転している場合、羽根全体の角速度は同じでも先端の半径の大きな部分の線速度は根元の小さな半径部分より大きいのです。落雷の降りてくる速度はそれほど速くは無く、先端部分は逃げ切って速度の遅い根元部分が捕まってしまうようです。 先端は金属が露出していますが、そこには落ちないで、羽根の内部の導線に落雷してしまいますから、外側のFRPは破損してしまいます。

全体を丈夫な金属で作れば、壊れることは無いでしょう。大型の石油タンクには避雷針など付いていなくても、鉄板自体の厚さが十分にあるので落雷しても壊れないのです。 ですから、風力発電の羽根も厚い金属で作れば壊れません。 しかし、羽根が重くては弱い風では重すぎて回らなくなってしまいます。船も鉄板で作ってあれば、雷電流に負けませんが、船が重くては経済性が損なわれます。大型船であれば仕方ありませんが、小型の漁船やプレジャーボートでは重くなりすぎてしまいます。自然界を相手にして、経済性を保つのは困難な事が多いのです。

大企業の社員から地方の中小企業の幹部への転職?

2015年01月15日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

政府は地方創生ということで、地方に仕事を作るために、大都市圏に勤める大企業社員の、地方への転職を後押しするとのことです。そのために、2015年度から都道府県ごとに専用窓口を設け、経営幹部を求める中堅・中小企業に大企業の人材を紹介する方針だそうです。中小企業の生え抜きからすれば、外様ばかりが幹部になるというのでは意欲が無くなります。地方を活性化する事は必要な事ですが、この案は軸足が東京にあるようで、安直な政策ではないでしょうか。うまくマッチングすれば良いのですが。。。。

大企業の社員がそのまま中小企業の幹部になれると思うのは、中央省庁の中堅どころを地方の役所の幹部として派遣するのと同じ考えなのでしょうが、それが機能するのは同じお役所としての枠組みがあるからで、民間の大企業の社員がそのまま地方の中小企業の幹部になれるかと言えば、そういう方もおられるでしょうが、そうでも無い方も沢山おられます。 中央や大企業が優秀で、地方や零細はダメ人間の集まりの様な理解をされているような匂いがプンプンします。

大企業の社員が世界的な大きな仕事をしている方が多くても、それは大企業という枠組みがあるからで、地方の中小企業の仕事の規模が小さいのは社員の個人的な資質ではなくて、中小企業の器自体が小さいからなのです。まあ、大企業でのそういう経験を中小企業で生かせれば、それはそれで良いことではありますが。。。

大企業から個人事業主まで経験して言いますと、大企業はありがたい存在でした。企業内研修の充実、海外での経験、確立された社内ルールやコンプライアンス。ビジネスのイロハから教えていただいたのは大企業でした。しかし、光ばかりではないのです。光があれば影もあります。大企業という背景があればこそ上手に泳げる人もいますし、その背景がマイナスに作用されてい人もいます。 結局は個人の資質に帰する所なのですが、それを大企業社員という一つの側面からだけで地方企業の幹部にと飛躍してしまう発想が如何にもお役所的です。 地方の中小企業を甘く見ないでいただきたいものです。 恵まれた環境で育てられた大企業の社員さんが厳しい中小企業の環境の中で何処までサバイバルできるか、見ものです。

議員さんも2世3世の世襲で若いころから議員の世界にドップリ漬かりビジネス社会の経験は乏しく、お役所もお役所の世界でのみで生きてきた方でビジネス感覚には疎い。この二人で作ればこのような政策が出てくるのは当然かもしれません。

「言論の自由」の効力

2015年01月14日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

これはテロリストを弁護するものではありません。どのような理由も大勢の人を殺す理由にはなりません。

しかしながらです。

パリのデモに鉛筆を持って参加した人たちは「言論の自由」を訴えていましたが、少し違和感を感じました。「言論の自由」であれば何事も許されるのでしょうか? フーテンの寅さんでさえ「それを言っちゃおしまいよ」と言うセリフで言って良いことと悪いことの線引きをしています。例えば、夫婦喧嘩、エスカレートして実家の悪口まで言われてしまえば、かなりのシコリが残ります。親しき仲にも礼儀ありで言っても良いことと悪いことの限界は何事にもあるはずです。

自分達の文化から見れば、面白おかしく風刺したい事であっても、その文化で育った人にしてみれば許しがたき暴言に聞こえるというのもあり得るのではないでしょうか? 一般にマスコミと言うのは何をしても許されるような思い上がりがあるように見えることは多々あります。「言論の自由」を自国内、自分の文化圏内だけを対象としている間であれば良いのですが、異文化までを対象とすればその表現がいくらユーモアに富んだ知的レベルの高いものであって批判される側からすれば看過できないこともあり得ます。

文化や宗教についての批判は理性的な判断ではどうにもならない部分を含みます。とすれば、相手も理性を超えた反応を示すこともあり得ることを理解したうえで行うべきです。

文化の程度の進み具合や理解の程度などはすべての国で同じクロックで進んでいるものではありません。また、「言論の自由」は、すべての人に同じ重みを有していないことをまず理解すべきではないでしょうか。「表現の自由」は何を言っても許される万能の免罪符なのでしょうか? フランス政府が「テロとの戦い」などと言うのは標的が間違っています。 あまりに表層的な反応です。

と言いながら、「お前のブログも人様の悪口を言っているではないか」と言われれば、そういう風に理解されないように気をつけねばなりません。「罪を憎んで人を憎まず」のように、発言自体への批判であって、発言した方の人格には触れないようにせねばなりません。。。私の場合、それが理由で殺されるほどの事は言っていないつもりですが。。気を付けます。

「河野談話」「村山談話」など忘れるべき

2015年01月13日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

安倍さん、新しい談話を出すなら、「河野談話」「村山談話」を踏襲などしないで欲しいものです。この二つの談話は日本の謝罪外交を決めてしまった大間違いの談話です。アジアの国々に迷惑をかけたなどと言っているのは中韓2国だけで、それも実態からかけ離れた、まるでタカリのような歴史話に謝罪など必要ありません。これらを否定するなら意味がありますが、これらの談話を踏襲するならば、新しい談話など全く必要ありません。朝日新聞の捏造記事と同様の談話を発表したこのお二人は、何処の国の人物なのでしょう?

「談話」の「談」とは「漫談」の「談」ですから、ただのお話と言うだけで、国会の決議でもなく、何の拘束力もなくただの個人の見解です。ただし、村山談話は当時の左巻き内閣の閣議決定でしたから、閣議としての重みはありますが、河野談話については、総理でもなく、ただの官房長官の個人的な見解です。誰も日本の総意として河野官房長官に何を任せた訳でもなく、ただの河野さんの個人的な見解ですが、そこはやはり官房長官ですから日本国の公式見解と思われても仕方ありません。官房長官としての立場にありながら非常にウカツな発言であったのは、ワザワザ相手に言質を取られるような発言をしたことです。裏での密約があったなら、密約を公表して欲しいものです。

自分がした事であれば悪い時には謝るのが日本の常識ですが、戦争についての国家間の謝罪は講和条約の締結で済んでいるのです。法的に済んでいるものを感情的にむし返すのであれば相手にすべきではありません。広島/長崎で原爆被害にあわれた方や日本全国で空襲で民間人が虐殺された事で米国を訴えたり、原爆被爆像を世界中に展開することなど日本はしません。善良さだけで謝罪などしてもそれで終わらず、それをカタに次から次にタカルのが彼らのやり方ですから謝罪などすべきではありません。数十年も前の我々のジイさんの世代のしたことなど謝り続けることなはないのです。国も個人も過去に引きずられる事に明るい未来はありません。「1000年経っても忘れない」という事は1000年経っても進歩も無いと言うのも同じ事です。

個人の思いなら勝手ですが、それを良い子ぶって自分が日本を代表しているような偉そうなことを言うのは止めていただきたいものです。韓国が騒いでいるような事は大昔から、そしてベトナム戦争では韓国も米国も同じことをしています。何処の国でもしている世界共通のことです。自分の事は棚に上げ、相手を攻撃するこの図々しさこそ国際間では必要な資質で、自分が悪くても謝らないというのが世界標準です。謝るような弱虫に全てを押しつけるのも世界標準です。日本の善良なオボッチャマの出る幕ではないのです。 

歴史認識の話は立場の違いだけで、「正しい」とか「誤り」とか言うような話しではありません。一番大事なのは駆け引きの中で相手に言質を取られないようにする事です。その意味で、国を代表する政治家としては失格のお二人でした。 そんな談話など引き継ぐ必要はありませんし、引き継げという中国も米国も余計なお世話とはね返すべきです。これらを否定しないうちは、国として認めているということになりますから、くだらん銅像を世界中に建てられても文句を言えないのです。これを認めたままであれば、新たな談話など必要ありません。

これらの談話を大筋で認めるというのは、「平和のために努力する」と言う事だけを継承し、過去の戦争の中での細かな事柄については反省など盛り込まないで欲しいものです。 それと、「戦争をしない」などという事も余計な事で、言うべきではありません。 領土拡大の野心での戦争はしないが、現状を変更するような侵略には断固戦うと言っておかなければ、戦わない相手と甘く見て侵略してくるだけなのです。 相手を自分と同じ善良な国と見てはならないのです。 まあ、安倍さんのお手並み拝見ですね。。

「おおなみ」「たかなみ」 エアアジア機の捜索に参加

2015年01月9日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

昨年7月に横須賀からソマリアの海賊対策に向かった「おおなみ」「たかなみ」の2隻の護衛艦は来週17日の横須賀に帰国する予定でしたが帰り道のインドネシアで先日墜落したエアアジア機の捜索に参加することになり、帰国が延期になりました。 これは出港の時の写真です。 見送りをしたのですから、出迎えにも行こうと思っていましたがもう一仕事ご苦労様です。17日の帰国を期待されていた乗組員のご家族の方はガッカリされた事でしょう。



お正月も家族と離れ離れで、任務を終え、帰り道での捜索活動、ご苦労な事です。 派手に報道される事もありませんが、海上自衛隊は、これだけ国際的な協力をしています。この地道な活動が日本の評判を支えているのです。 この自衛隊が、憲法でキチンと認められず、宙ぶらりんの形になっている事はおかしなことです。憲法は即刻、改正し自衛隊を軍隊として認めるべきです。

ホームページ(HP)とベンチャー・ビジネス

2015年01月8日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

弊社のホームページですが、昨年一年間の総訪問者数では8万、20万4千ページをご覧いただき、81Gバイトもダウンロードされました。 ニュースについては、ほぼ毎月更新しているものの、大部分はもう5年もそのままですから、今年は大幅に改訂する予定です。

HPを見る側の環境がこの5年で大きく変わったのは、スマホやタブレットでHPを見る方が増えた事です。しかし、弊社のHPはスマホ対応していませんので文字ばかりでスマホでは利用し難い状態かと思います。スマホからの閲覧に対しては、ビジュアルにしたいと思います。5年前ですから、HPを見る大半は Windows系と想定していましたので、動きをFlash というソフトで見せていましたが、Apple系のスマホやタブレットでは、Flash では見る事ができません。 これも改良の余地があります。

これを改良するためにいくつかの業者さんに声をかけました。しかし、この業界が未成熟な業界であると思ったのは、いくつもHPを手掛けていると言いながら、仕様書も無しに見積もりだけ出してくる業者さんがいたり、仕様書を要求すると不愉快な顔をされる方がいたり、HPの制作は一人でもできる作業なので芸術家に近いのか、私が今までの経験で理解する制作の請負とはかなり離れた会社でした。仕様書のない見積は、何を基準に積算しているのかが不明です。こういうものを平気で出してくる神経が理解できません。 この業界では、一人でもできるということで、ベンチャー・ビジネスとして始める方も多いようで、そういう若い方を応援したいのですが残念でした。

制作を依頼する側としては、どのようなものを作るから費用がいくらかかかる、という「どのようなものを作る」を文書にした仕様書は絶対に必要です。設計図も無しに仕事を進めている業界は、ものを制作する立場としては未成熟としか言えません。ベンチャーで若い方に起業を促すのは良いのですが、仕事の進め方の基本を経験しないうちに独り立ちしてしまい、飲食店の小さなHPを作っている位であれば仕様書なしでも済むかもしれませんが、弊社のHPは内容がかなりありますので、設計図無しに着工することは無謀なのです。残念ながら、今回話をしたお若い制作者の方々はそれをご存じありませんでした。小さな仕事でしたらそれでも間に合うでしょうが、大きなものに取り組むためには必要なブレクスルーです。ベンチャーと浮かれる前に組織でのある程度の修行を重ねることは大事です。 若いうちは、会社で鍛えてもらいながら給料までもらえるのです。仕事を嫌なもの辛いものと捉えずに、自分を鍛える試練の場と思えば、色々な体験をさせてもらえながら給料までもらえるありがたい機会なのです。 独立するのはそこで十分な力を付けてからでも間に合います。

改善提案なのか ただの文句なのか

2015年01月07日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

自分の欠点は棚に上げ、人様の欠点をあれこれ言うのはジジイの証拠かもしれませんが、物事を「改善」という視点で見るクセをつけると、改善すべき点が多々見つかり、これを他山の石とするためにも、他人様の行動は観察することは役に立ちます。例えば、

1)私の住んでいる所から出ている某代議士さんですが、駅前で良く演説をされています。ところがこの方、時に空を見上げ、地を見つめ、通行人には眼を合わさずに一心に自分の演説に酔いしれている「演説ナルシスト」なのです。そもそも街頭演説の目的からすれば、通行人とのアイコンタクト、軽く会釈でもして目の前を通行する人と交流してこそ話を聞いてもらえるのであって、一人自分の演説に陶酔していてもその演説は雑音にしか聞こえません。私が、選挙コンサルタントであれば、一番に改善を促したい所です。

2)年末に仕事関係の方と3人で入った少し高級なレストランですが、御座敷もあるせいか、仲井さんが脱いたり、履いたりし易いスリッパで歩いているため、ペタペタと足音が煩く、せっかくのお店の雰囲気を壊していました。 これもこのお店のコンサルでもしていれば、一番に改善させたい事でした。履物を変えて歩き方に注意すれば良いだけのことです。

3)このお店でシャブシャブ3人前を頼むとお肉を大皿に3人分持ってきました。4人掛けのテーブルに3名が座っていますから、当然、この大皿は、一人で座った方の横に置かれる。するとこの方が、お肉係をしなかればなりません。家族でなら構いませんが、お肉係になった方は食事を楽しむことはできなくなります。 それで、一皿に盛った3人分の肉を3つに分けて持って来るように頼みました。 これも、お客第一で考えれば、最初にどのように持ってくるかを尋ねるべきで、改善の余地オオアリでした。

改善コンサルをしている訳ではありませんし、自分の不利益になる事以外はいちいち指摘しませんが、息子が未だ小学校に行く前でしたが、「お父さん、人に文句を言うの上手だね」と言われてハットしました。息子の心に残る父親像は「文句だれ」であったようです。幼少の息子は、私の発言が「ただの文句」か「建設的な改善案」なのかまでは理解できなかったのですが、反省しました。しかし、私のその反省が長くは続かず今日に至っています。

やっと年末年始の休暇が終わりました

2015年01月6日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

仕事をしているのが一番楽しい私は、年末年始の休みが苦手です。休みで誰もいないオフィスは静かで、計画を立てたりするのにぴったりで、結局いつも31日まで出勤し、正月は1日と親戚の集まる2日は休みますが、3日からは出勤してしまいます。

子供の頃は親に連れられ初詣でなるものもしましたが、普段、御参りもしない者がお正月だけ神や仏に何を祈っても意味がないと、この50年以上、初詣でなどにも行ったことはありません。願望の成就など神仏頼みでかなうものではありません。プロ野球のチームが、その年のキャンプを始める前に必ずお参りに行きますが、シーズンが終われば、優勝できるのは1チームだけで後は見事に順位(序列)がキチンと付きます。御参りの効果を得て願望を成し遂げることのできるのは1チームだけです。勝負の世界ですから全員が勝者にはなれません。 まあ、誰も本気で祈って勝てるなど信じてはいない事でしょうが。。神仏に関しては、私は、毎日朝晩、家の仏壇には手を合わせていますから、それで十分と思います。

また、特定の年齢に対し厄年なるものもがあるのですが、今まで「厄払い」などした事はありません。体に不調をきたす年齢があるとすれば、国や人種の壁を越えて全世界の人類という生物に同様に発生するハズです。それが特定の国だけで言われていると言う事は生物学的な事実ではなく、文化的な事実というだけの事ですから、体の変調をきたす事があればそれは年齢ではなく別の理由です。言わば「文化的風土病」です。それが「厄払い」という事で沢山の人が御参りに行く国ですから、放射線が危険だなどという事は、線量の基準を疑う事も無くただただ危険と思い込むことも仕方ないことなのかもしれません。

外資系にいた時に戸惑ったのはクリスマスです。誰彼かまわず「Marry Christmas」とたくさんのクリスマス・カードが届くのですが、クリスチャンでもない自分に一方的に送りつけられるクリスマス・カードと言うのは迷惑でした。まあ、クリスマスと言うのは、純粋に宗教的なものでも無く、商業習慣の意味合いも強いので、ムキニなる事はありませんが。。。私も子供がプレゼントをサンタからと喜んでいた頃は、子供の喜ぶ顔見たさにそれなりに楽しみました。。。

明けましておめでとうございます。  危機管理学と軍事学

2015年01月5日
明けましておめでとうございます。

某大学の学生課さんから「危機管理」を専門とする学科についてのアンケートをいただきました。その様な専門学科の必要性やその卒業生を社会がどの程度求めているかなどのアンケートです。自然界の動きもマイルドな天候からハードな天候が増える方向であり、人間界も「テロ」なる言葉は普通になってきて、危機管理に対する意識は誰もが高めなければならない時代に向かっていることは明白です。

ただ、危機管理を一部の専門家任せにするのでは効果がありません。 専門家はもちろん大事ですが、一般国民の意識や知識として高める事が最も必要です。ですから、大学での専門課程も必要でしょうが、一般の大学での教養課目として、「危機管理」、そしてできれば「軍事学」まで教えるべきです。大学で軍事学などと言えば、すぐに大戦中の「学徒動員」など連想し、大学で軍事とは何事であると反応する方々もおられるでしょうが、これは世界の常識の一部です。兵士を育成するための科目では無く、世界情勢、軍事情勢、地政学、兵器の種類や用法、など軍事についてのリテラシーを高めるための講座です。海外では普通の大学に普通にあります。教員は自衛隊に幾らでもいます。

現在の政策は、科学技術の動向や軍事技術の常識無しに語ることはできませ。それらを知らずに、外交や経済を語る事はあまりに無防備でして、平和を願う事とは矛盾しない、むしろ平和を守るために必要な事項なのです。軍事や危機管理の基礎知識無くして国際関係も経済も、そして政治も語る事はできないのです。軍事を毛嫌いする政党や政治家が能天気な発言をしているのは情けない事なのです。それを他人任せにするのでは無く、自ら学ぶことのできる場を提供するべきです。

雑草を生えさせない努力だけでなく、雑草が茂れば力で取り払うことも必要な事なのです。

新年から固い話しではありますが、今年は世界中が激動することでしょう。 危機管理、軍事学、などの重要性を事態が発生してからでなく、事前に予防的に認知度を高めて行きたいものです。
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