株式会社落雷抑制システムズ

雷ブログ

憲法学者など信用しない

2015年07月31日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。
「憲法」+「学者」。如何にも偉そうなこの二つの言葉が並べば、この方々のご意見は、ひれ伏して「ハハーッ」と聞いてしまう人が多いかと思いますが、3.11 の後に出てきた色々な「専門家」と同じ類で私は、全く信用しません。 全員が一致して安保法制が「憲法違反」などと言うのは更に怪しい。日本人は全員一致が好きですが、全一致では議決をしないという国もある位、「全員一致」と言うのは怪しいのです。

 憲法解釈と言う軸の上で、これらの先生の説は正しいでしょうが、そもそも現状の憲法自体が、その生い立ち、アジア情勢の変化などから見れば、国を健全に運営するための本来の軸からずれているのですから、ずれた軸上での判断はいくら正しと言っても、正しくは無いのです。

これらの先生からすれば、全ての前提として現行憲法があり、そこを基準として全ての出発点なのですから、世界の現状に照らし合わせて、現状の憲法が不適切であると言うような話しは絶対に出てきません。 小さな「憲法」と言う世界がいつも世の中のまん中の基準にあるとは限らず、端の方に寄っていても、その中にいる人は自分は常に世の中心にいると思いこんでの発言なのです。

憲法も国があってのことで、変化する国際情勢の中で、憲法が常に正しくあるように変更/改定を研究すべきが憲法学者本来のお仕事のハズですが、この方たちの第一は、古くカビの生えた憲法を守り抜くことであり、時の情勢にしたがって憲法を改定することなど眼中にないようです。 それどころか、最近の世界の状況の変化など、眼中にないからこそこの小さな「日本国憲法」の宇宙に閉じこもっておられるのでしょう。 このような方々の意見を聞くことは無用なことです。 専門バカの意見が常に正しくは無いことは既に学んでいます。

かの国の異常な軍拡の裏にある野望を理解すべきです。 安保法制に対し「戦争反対」などと叫んでいることは、かの国を喜ばせるだけです。 誰でも戦争は反対です。 その戦争を起こさないためには、かの国の野望を挫く事が必要で、そのためには、日本の軍拡が必要なのです。 隣国との友好関係は表面上だけでよいのです。その裏ではシッカリとした軍備の裏ずけが必要です。 かの国は日本を侵略する事を公言しているのですから、その様な国とまともに付き合うことなどできません。それを知ってか知らずか、能天気な人が単純に「戦争反対」と叫んでいることは残念なことです。 子供以上に単純な反応です。

日本語の特質  議論に向いていない  

2015年07月30日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

日本語を守ることは大事なのですが、言葉を生みだした文化の違いで、英語と日本語には大きな違いがあり、例えば、フランスでの報告ですが、日本語を習うようになってから性格や行動が温和になったというのです。 日本語は気持ちを分かりあうような優しい人間関係で成立する言語で、世界で必要な「戦い合う言葉」としては不適切なツールの様です。 戦う言葉には論理が必要ですが、それを扱うには適した言語ではない、と言うより、日本の文化自体が戦う事、対立する事をを忌避した柔らかな文化なのです。 しかし、その優しさは、必ずしも報われません。 悪人の多い世界では、戦う事を忌避していても「平和主義」との尊敬は受けず、単なる「お人好し」としてカモられる事の方が多いのです。

西部邁氏の「知性の構造」では次の様に述べられています。
 「広場にせよ酒場にせよ、職場にせよ家庭にせよ、日本人の群れの集うところに静寂があるというのではない。むしろ逆で、日本人の集団はいつでもどこでも、騒がしいのだ。しかし、そこに言葉は飛び交わってはいない。 いや正確には、言葉もたくさん吐かれてはいるのだが、耳をじっと傾けて聴いていると、それらはおよそ感情吐露としての言葉にすぎないのだと分かる。言説の始点をなす前提は何なのか、言説の中途にどんな推論が組み立てられているのか、言説の終点で如何なる結論が導かれたのか、全て感情の霧に包まれた曖昧模糊としている。」 これは、おおむねその通りで、我々の日常会話は論理からかけ離れた場合が多いのは事実です。

仕事でスペイン語のメールがたまに来ます。これを機械翻訳にかけると、日本語への翻訳では訳が分かりませんが、英語への翻訳であればソコソコ意味が通じます。 同様にスペイン語にする場合、日本語からではなく、英語からの方がまともなスペイン語になっているようです。 日本語としてはシックリしなくても、常に主語を最初に加え、動詞も意識し、だからどうした。。をハッキリと意識しながら原文の日本語を書きかえると機械翻訳もソコソコ機能します。 逆に言えば、日本語は、「誰が」「何を」と言うことを明確にしないでも通じてしまうイイカゲンな言葉なのです。 日本語による議論は、議論として成立しにくいのです。 ですから国会での議論などまるで空回りばかりです。

食堂に入り注文する時に「私はラーメン」と言うのは、日本語では通じるが、英語にしたらトンデモナイ論理に欠ける表現であることを理解し、日本語であっても論理的に表現することを意識すべきですが、日本では、それをすると煩がられてしまうのです。 そして日本には感情的/感覚的な訴えばかりが目につくようになります。国会前で「戦争反対」と叫ぶデモ隊。 感情だけで全く論理がありません。 大学生も多いそうですが、勉強不足の大学生ばかりのようです。 安保法制自体よりも日本の知的レベルの衰退が心配です。

モッキンバードの住む町  森 禮子  新潮社  

2015年07月29日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

1980年 第82回の芥川賞作品です。 昨日のブログで英語に付いて書きましたが、英語を話す事を余儀なくされた日本人と言うとこの小説を思いだし、読んだのは30年以上も前ですからとうに紛失していましたが、懐かしくなり、古本を探して買い求めました。 本は紛失しても、感銘を受けた記憶は30年を経ても残っています。

戦争花嫁【死語に近い言葉ですが、戦後、米兵と結婚した日本女性。終戦後は生活も苦しく、男性人口も少なかったので仕方のない選択でした】で米国に渡った日本女性が、戦後はミサイル基地に隣接する小さな町の郊外の住宅に住み、米国の中の小さな日本人社会をテーマにした小説です。 異国での生活に苦労は無くてもふと湧き出る望郷の念。 自分の子供にJAPと口答えされ、折檻が行き過ぎて殺人犯になってしまった友人など、重い話しなのですが、外国の中で日本との関係を断絶して生きる辛さが描かれています。

米空軍のミサイル基地は、米国の中でも僻地の中の僻地にあり、国土も基地も物理的には広い空間ですが、日常生活の空間は一般社会とはほぼ断絶した中で、狭い小さな社会なのです。その中で敗戦国から結婚して米国に来たマイノリティですから、白人社会の中に溶け込めているようであっても、見えない壁があります。 その中で戦争花嫁であった数人のこれまた狭い日本人社会の中での葛藤があります。暑くカラカラに乾燥した自然の中ですが、エアコンだけはガンガンに効かせた人工空間の中で、そういった情景は米国の中で思い出がありますので、とても身近に感じました。

若い頃、出張で行ったペンシルベニアの田舎町に戦争花嫁の方がレストランで働いていました。日本の観光客など来ない所ですから、日本人と見るや懐かしさで話をしに来て、食事中、身の上話であるとか最近の日本の様子などを知りたがり、食事が終わると今度はいつ来るかまで尋ねられた事があります。 この小説の中に出てくる戦争花嫁とこの方とを重ねました。外国で何年暮らしても日本人であることから脱却することは困難なのです。

タイトルのモッキンバードと言うのは、人真似をする鳥で、英語を人まねで話さねばなない日本人を比喩するものです。 若い頃、英語を勉強する中で心に引っかかっていたのは、まさしく、自分はモッキンバードであるということです。 得意になって英語を話す日本人を見るといつも思いだすのは「モッキンバード」。 日本人が母国語でない英語を話す裏には、モッキンバードの悲しさもあります。 日本語を大事に残し続けなければ日本は終わってしまいます。 日本国と言う生きる場があり、日本語と言う言葉がある事は幸せな事なのです。 英語なんぞより日本語を大事にしましょう。

英語化は愚民化 施 光恒  集英社新書、  英語の害毒 永井忠孝  新潮社  

2015年07月28日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

政治学(施)と言語学(永井)の両先生がそれぞれの観点から、従来の英語教育から新たに一歩踏み出して、日本の公用語を英語にしていこうと言う動きに警鐘を鳴らされています。 日本語が主で英語は従という垣根を越え、英語を主にしていこうと言う動きがあるのです。裏にあるのは経済だけでないグローバル化、欧米の支配主義とそれに同調して一儲けしようとする反日日本人です。 社内公用語を英語にし、さも、先進的な事をしているかのように錯覚している大会社もありますが、何とそそっかしい事をしているのでしょう。それに政府まで巻き込んで、低年齢からの英語教育、大学での講義を英語で行う大学には多額の補助金を付けて、英語化へ邁進しています。

今更、英語不要論を持ち出すつもりは毛頭なく、共通言語としての英語の役割は認めますが、日本の津々浦々で日本人全員が英語を話す事など目指してはなりません。 国家を守るのは、国境と言語なのです。 私の大学時代までなど英語教育は実用に使える英語とは程遠く、英語は大学を出てから独力で学び、TOEICで900点近くまでなりましたから、一応、英語には不自由しませんし、英語を学ぶ中で色々体験しました。その体験からハッキリと言えるのは、大人になってからの外国語学習を支えるのは母国語の力です。バイリンガルにあこがれる方は多いのですが、6歳までに母国語と外国語の環境で育たなければ完全なバイリンガルにはならないとの研究もあり、日本で生活しながら、低学年から英語を学ばせたところでバイリンガルになどならないのです。また、バイリンガルになどなる必要は全くありません。日本語の鍛錬の方がよほど重要です。

言葉というのは表現のための道具であり、その道具をっもって何を表現するのか?  表現したい基の考えがなければ表層を作ろうだけの軽い会話しかできません。言語能力には、会話言語と学習言語という区分ができ、日常的な挨拶とかTVの番組の話などありきたりの会話をする会話言語の能力と抽象的な内容を理解し伝達する学習言語の能力に分かれるそうです。 学校教育で教えられるのはせいぜい会話能力。 物事を深く考え議論し、伝達するには高度の学習言語能力が重要で、学校教育だけで、この学習言語の能力まで鍛えられるものではありません。 

その学習言語まで日本語を放棄して、英語に乗り換えるとしたら、日本人の力は地に落ちてしまう。日本人を愚民化して英語人種の支配に置こうとする企てなのです。 それを軽薄にも英語を話す事がカッコイイとか、英語を話せれば仕事があるとか、それはまさしく植民地的な考えです。

日本には古い伝統と文化があり、もちろん、言葉も大和言葉からは大きく変化していますが、日本の風土の中での変化です。 外来種に日本の固有種がやられてしまう例はよくあります。 外国語を学ぶことは悪いことではありませんが、その意味や限度についても深く考えるべきです。 外国語は純粋な言語として学べばよいのであって、言語と一体ではありますが、文化は学んでも取り入れるべきではありません。 日本人は日本語を話すと言う文化を守り抜くべきです。

夏場の「フェス」での落雷対策  

2015年07月27日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 「BBQ inつま恋」「私のドリカム The Live in 万博公園」「ももいろクローバZ 桃神祭 in エコパ」「長渕剛 10万人オールナイトライブ」など、昨年まではこのようなイベントには無縁であった私ですが、今年は、この他に花火大会であるとか、屋外イベントでの落雷対策に使用される例が急増してきました。 いずれも、高所作業車や仮設櫓【ヤグラ】の上に取付けるのですが、「必要な場所に 必要な時だけ 落雷対策をレンタルで」と言うキャッチ・コピーが現実となってきました。 

下の写真は「つま恋」での様子です。  会場の中央に高所作業車で高く持ち上げられているのがPDCEです。 今までに無かった事を新しく掘り起こしたのですから、関係各位のご協力には感謝いたします。 PDCE避雷針は、レンタル会社「エイトレント」さんから高所作業車、取り付け工事まで含めて、必要な場所に必要な期間だけレンタル可能です。 
詳細は、エイトレント

消防艇の放水銃  

2015年07月24日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

夏休みで山下公園に来た人たちに向けて海保の消防艇「ひりゅう」による放水のデモの光景です。
「ひりゅう」は全長35mなので、この放水銃による放水の到達距離は約100m程度です。 その程度まで届いた海水はバラけてしまいます。 「ひりゅう」の放水銃は強力な部類で一般の巡視船に付いている程度の放水銃では50~60m程度でしょうか?  

相手が火事だけでなく、放水銃は非殺傷性の武器としても使用され、例えばかの国の漁船が日本の領海に侵入し、警告しても退かない場合であるとか、捕鯨反対で妨害行為をしてくる団体に対しても使用される事があります。 その光景を見て残念なのが、海水はバラケて相手の船を濡らすだけの効果しかないようです。

そこで、私が考案したのは、放水銃の先に取付けるアタッチメントで、軸方向に十字の仕切りで4部屋に分かれ、そのそれぞれで 1)高分子水吸収材【オムツに使用されるもの】 2)粉末の糊  3)着色料【黄色と茶色】 4)スカトール【ウンxの臭いの元】を高速の海水の流れにベンチュリー効果で吸わせ、海水にこれらの4種類を混ぜると、海水はジェリー状になり、バラケることなく遠距離にまで飛び、妨害を仕掛けてくる船舶のブリッジの窓や、船員にビチャリと付着します。 すると視界も遮られ、何より「うんx」のようなものがベッタリと体に付けば戦意も喪失する事でしょう。

昔の城攻めでは、防衛側は攻めてくる相手に投石や糞尿をを撒く事で対抗しました。 それを連続プロセスで行うのがこのアタッチメントです。 何をフザケタ事をと御思いになるかもしれませんが、真剣な話でして、非殺傷性の武器というのは、強力な音波を当てたり(LRAD)、高周波の電波(電子レンジと同じ)を照射したり、レーザー光で一時的に視力を無くしたり、相手に致命的な損傷を負わせることなく痛めつけることが必要な場合に用いられます。 ソマリア沖での海賊対策に派遣されている海上自衛隊の護衛艦も強力スピーカ LRAD を装備していたと思います。 接近してくる小型ボートは自爆テロかもしれませんので、最初は音声で警告し、それでも接近したら、不快音響を当て、それでも接近してきたら銃撃という段階を踏むために非殺傷性は、大事なのです。 私の考案したこの放水銃への付加装置ですが、日本国内での特許も取得していますが、残念ながら実用化には至っていません。

全日本学生フォーミュラ  

2015年07月23日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

「F1]と言った方が有名かもしれませんが、「フォーミュラ」というのは車の仕様が公式の様に規程された中で車作りを競うもので、世界中から81の大学が参加し、9月の初旬に静岡県のエコパで開催されます。 タイヤとエンジン以外は殆ど手作りで、シャーシも毎年新しいものを作らねばならず、使い回しができないため、参加校は毎年新しいもので挑戦しなければなりません。大きさはゴーカートより少し大きめで、これだけのものを毎年作ると言うのはかなりの労力です。

全日本学生フォーミュラ これに関わっている学生さんと話をしましたが、会社での開発プロジェクトとほぼ同様の体験をし、これは授業以上に実践的な経験になっている事を感じました。

人(組織)という点では、上級生が率いるチームの方針がありますから、自分の考えとチーム方針が異なる場合の葛藤。 初めて車の設計に携わる訳で知らない事をしなければならない自分自身やメンバーのスキルについての不安がある中、チーム運営の中での自己主張の加減なども学んでいるようです。
 物(車の開発)という点では、物を作る際の哲学、あるいは覚悟、方針など、それなりの見識が無ければ、凡庸なものしか作れません。 そしてその方針を支える理論、理屈についても深い理解と見識が求められ、組立の際の溶接の技術まで必要です。そして、ただ車を作るだけでなく、車の開発の思想から量産した場合のコスト計算から数百ページに及ぶ書類まで提出しなければならないそうです。

金という点では。材料を購入したり、部品を外注で作ってもらったり、走行試験の会場に行くまでのレンタカーの代金まで、やりくりせねばなりません。 お金を集め、予算、支払い管理していくのも勉強になります。

このような体験を通じて、相手は大学2年生でしたが車の理論から人間関係論、組織論まで、偏屈なエンジニア崩れの私とでも堂々と議論できる良い体験をしていまして、若い内の素晴らしい経験をしていると思いました。 大学生って遊び回っているだけではなく、この時期は毎晩9時過ぎまでこの活動をしているそうで、機械工学などは、教室の教科書よりも自分の責任で物を作るとなると一生懸命勉強しているようです。  好きな事を通じての勉強が一番、身に付きます。

しかし、心配の種はこの学生さん、凡庸なものを作るのが嫌で新しいものに挑戦すべきという気持ちが強く、将来は、よほどうまく会社を選ばないと大組織の中では苦労するであろうなと変人の大先輩の私の目には映りました。 本当は新しいものに挑戦し続けねばならないのですが、組織はある程度大きくなると保身に重点を置き、異端の様な新しいものを軽んじる傾向があります。 成功例に溺れ、新しいものへの挑戦を忘れ、それが災いし新技術に乗り遅れるケースを多く見ながら、自分の事になると気が付かない場合が多いのです。 ただ、これからの時代、ありふれた凡庸なものでなく、エッジの効いた個性の強いものが歓迎される傾向は強くなるでしょうから、個性の強いエンジニアを上手く活用できる組織が増える事を期待せずにはいられません。

自動車運搬船が大桟橋に停泊していました  

2015年07月22日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

珍しく、日本郵船の自動車運搬船「APHRODITE LEADER 」が大桟橋に停泊しています。 日本郵船の自動車運搬船は、「 xx LEADER」と名前が統一されています。 このクラスの運搬船で乗用車を6000~7000台は運べます。 乗組員は20人もいないでしょうから、一人で約300台以上を運ぶ事になります。 米国中部のデトロイトから西海岸までトラックで運ぶと運転手一人で約10台程度しか運べないのに比べ、自動車運搬船では一人当たり300台以上ですから、太平洋を横断しても日本から運ぶ方が安くつくと言う話を聞いた時には驚きました。 地図の上での「地理上の距離」と「経済的な距離」とは別の話なのです。

今日は「海の日」なので、子供たちに船内見学のイベントでも企画しているのでしょう。 手前は先週、入港し出港してから再度入港してきた「飛鳥 II」です。
このブログ、用意したのは7月20日【海の日】で掲載予定日が7月22日です。

 明日から展示会「気象・環境テクノロジー」が始まります  東京ビッグサイト

2015年07月21日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

展示会の主催者は、その時々に合った話題の展示会を企画しますが、この展示会と同時に「猛暑対策展」なる展示会も同じ場所で開催され、とうとう気温や天候が展示会を開催できるレベルの話になってきたようです。

私の子供の頃の夏休みは、最高気温はせいぜい31℃程度であった記憶がありますが、昨今は確実に7~8℃程度上がっているようです。 商業的な展示会では、その暑さに対する個人での対処療法は展示できても抜本的な対策と言えば全地球的な方策が必要でしょうから、まあ、このような展示会をいくら催しても何の役にも立つ訳ではありませんが、落雷対策も天候の異変で成り立つ様な商売なので、どの様な動きがあるのか、その中に入ってみようとこの展示会に出展します。

気象関連のビジネスも、TVの天気予報よりも地域に密着した細かな天気予報や屋外イベントでの雷雨接近警報など、より細かな情報の提供が可能になり、それぞれ伸びているようです。弊社も落雷情報は、気象会社様から入手してビジネスに活用しています。 すなわち、落雷対策をするのに、ただ落雷が恐いからというだけでは企業の中では通用しません。 会社の場所を中心とした5km四方で過去3年間の月別の落雷数を調べてその客観的なデータを基に落雷対策をすべきかどうかを判断して頂いています。 ただ、過去のデータで将来が予測できるものでも無いのですが、目安にはなります。

また、この落雷データは特定の日時に限定すると、ある地点を中心とした落雷場所も大雑把【誤差500m】で分かるのですが、誤差500mというのはあまりに大雑把でどこぞの国のミサイルの命中精度のようなものです。

ミサイルの着弾精度についてはCEP【Circular Erroe Probability】という概念があります。目標に打ち込んだ半数以上のミサイルの着弾分布が何メートル以内であったかという数字で、米軍では今や50mを切っているようです。 すなわち、10発撃てば5発以上が目標の50m以内に着弾するのです。  これで言うと、半径500mというのは誤差が大きすぎる部類なのですが、仕方ありません。

PDCEを付けた Before/After での効果を表す数字を求めるお客様もおられますが、施設所有者は落雷があったか否か御自分で分かりますが、落雷データによって、施設所有者以外の第三者が特定場所への落雷があったかどうかは誤差が大きすぎて分からないのです。これが判定できるようになるともっとビジネスもし易くなりますので観測精度の向上を期待しています。

2015年07月17日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 「出船」で入港してきました。 今日は台風の影響で風も強く、側面積の大きな客船はサイドスラスターだけでは動かないのでしょうか、前後の2隻のタグボートが押していましたが、時間がかかりました。最近の客船は殆ど自力で接岸していますから、タグボートの光景は珍しいのですが、時間がかかってイライラします。 

まあ、ユッタリを楽しむクル-ザの旅ですから、乗っておられる方は、少しくらい時間がかかってもユッタリの接岸を楽しんでいるのでしょうが、仕事中にその光景をみている私は、それほどジックリ見てもいられません。 こんな事でイライラしては、クルーザの旅を楽しむ資格は無いようです。
喫水線の上がかなり汚れていて船旅が長かったことを思わせます。 この後、台風対策でしょうか、大桟橋の反対側に移動しました。タグボートが押しているということはタグボートのいる側は風下側で、桟橋の反対側が風上側、台風では風向きは変化しますが、風上側に停泊した方が安全です。風下で停泊し、もし、もやい綱が緩んだら、流されてしまいます。停泊して一度エンジンを停めてしまった大型船が風で流されたらもう間に合いません。 対岸へ流され、座礁してしまうことでしょう。 小型のヨットでしたら、桟橋では風下に付けます。もやいを解けば、そのまま桟橋から離れるので楽に離岸できます。 風の強い一日でした。

雑兵たちの戦場  朝日新書  藤木久志  

2015年07月16日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

昔の戦(イクサ)を扱う時代劇では、ほぼ大将かその周辺の参謀の物語であり、馬に乗り戦場を駆け巡るカッコイイ役どころしか見ることはできません。 しかし、大将がいくら強くても一人で勝敗を決めてしまうようなシーンを見る度に違和感を覚えていまして、戦いの主役は大将で無く雑兵【ぞうひょう】であったであろうと思っていましたが、本書は雑兵に光を当てて古文書を解析しながら昔の戦の様子を解説しています。

農機具/種子/農薬/灌漑設備、全ての分野で現在の農業のレベルにまでは発展していなかった時代ですから農業の生産性は低く、収穫も安定せず、多くの農民は農作業の収穫よりも手軽に「物」を手に入れることのできる戦いの場に好んで出かけ、略奪、暴行、手当たり次第の乱暴狼藉【濫妨狼藉】が行われたそうで、戦いの最中にも戦いよりも略奪に走ってしまう雑兵が多かったようです。

この略奪は農作物や金品のみならず女子供まで奴隷として奪ってしまい、それらの奴隷は市で売買されたそうです。時代劇は、その様な暗部には触れませんが恐ろしい時代であったようです。 ポルトガル船はそういう日本人奴隷をアジアで売りさばき、海を渡って売られた日本人奴隷は10万人を超えていたであろうと言うのですから驚きです。 奴隷と言えば、白人が黒人を奴隷としただけでなく、日本では日本人の間で負けた者を奴隷にしてしまうのですから、日本人は意外と怖い人種のようで、その時代に生まれなかった幸せを感じます。この時代、日本国という概念は未だ無く、自分の集落こそが自分の世界で、よその集落は外国も同じあったのだから仕方ありません。

また、傭兵といえばフランスの外人部隊を思いだしますが、(イギリス・オランダ)VS(スペイン・ポルトガル)のアジアでの戦いに日本人傭兵も駆り出されたというのですからこれまた驚きです。 武将だけの戦でなく、主役は雑兵達という観点で歴史を見直すと知らないことばかりでした。 歴史は面白い!

憲法改正を実現する1000万人のネットワーク  

2015年07月15日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

先日、新宿で街頭署名の活動をされているのを見かけ、署名しました。 憲法の第9条は変更すべきです。 今回の安倍さんの安保法制も正攻法で行けば憲法改正なのですが、少し飛ばしすぎたかもしれません。 文面で軍隊を保有しないと言う事になっているこの憲法を「平和憲法」と呼び自画自賛している方達もいますが、では自衛隊の立場をどうお考えなのでしょう? 自衛隊は明らかに軍隊です。 軍隊を備えることはどの国も当り前の事なのです。 安保法制で自衛隊員のリスクが高まらないか? などと如何にも自衛隊を気遣うような質問をしていた野党ですが、そもそも軍隊というのはリスクの高い仕事なのです。 それを承知で志願された崇高な仕事であるからこそ憲法でキチンと認め無ければならないのです。日陰に置いたままで、そのリスクを案ずるなど下手な芝居です。 その様な心配をする前に憲法改正に協力するのが筋道です。 「できちゃった婚」の様に憲法の後で作られた自衛隊ですが、その必要性は明らかです。

「戦力は保持しない。 交戦権はこれを認めない。」 これを「平和憲法」などと呼ぶのは現実から逃避しているか、現実を見極められない病気の一種としか思えません。 争いの無い世界は理想でしょうが、その様なものはありません。 第二時大戦の後もひたすら領土拡大を目的としている隣国があるのです。 軍隊も持たずに丸裸になれば相手を喜ばせるだけなのです。 本当に軍備が不要と思われるなら、自分の家の鍵も掛けずに生活してみるべきです。 我々の日常は、警察、海保、自衛隊など直接にその活動を目にすることは無くても、国家の治安維持を通じて犯罪の少ない社会が保たれているのです。

学校、会社、社会、何処に行っても、いつの時代でも「イジメ」はあります。人間が活動する集団の中から「イジメ」をなくそうとする努力は無駄な事です。イジメを肯定する訳ではありませんが、人間のみならず、動物の世界でも争いの無い社会など無いのです。 国際社会も同じ事です。 その中でイジメを受けないためには相手と同等以上の強さを備えるしかありません。 そのバランスの取れないことこそ戦争を誘発するのです。 この憲法で自縄自縛となっている状態こそ、野心を持った隣国からは歓迎されるのです。 日本は何の手出しもできないからこそ、日本の海岸から日本人を拉致して海外に連れ去り、竹島を占領し、次は沖縄までも支配すると堂々と公言している国々に利するような行動を取るのが日本人の正しい選択なのでしょうか?

日本はこちらから戦争を仕掛ける国になってはいけませんが、最低限「戦争のできる国」となり、日本に手を出したら噛みつかれる緊張感を相手に与えなければ、なめ切った行動を仕掛けてくるのが世界の常識なのです。 自分は善人のつもりであって、相手は善人とは限らないのです。 「平和憲法」という看板に騙されることなく、平和を守るために何が必要なのか? 逃げていてはダメです。 自衛隊をキチンと憲法で認める事が第一歩です。 この署名活動ですが、戦争放棄をする第9条第1項はそのまま残し、第2項で自衛のための戦力保持を明記しようと言う、過激でも何でもなく、実に当り前の要求なのです。

SMBCをかたる偽メール  

2015年07月14日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

最近、受取ったSMBCの名をかたる偽メールです。  こんな稚拙な日本語で日本人を騙せると思っているのは、甘いというか日本人を舐めきっているようです。

SMBC 三井住友銀行
 本社 : 1-1-2,
 Marunouchi
 Chiyoda-ku, 東京
2015-07-09

親愛なる顧客、

私達のカスタマー・サービス部門は、セキュリティ理由 日本のすべての銀行 のためにどの成功なしで今週あなたを数回呼んだことがないそれらのオンライン・バンキングシステムをアップグレードするために、政府によって指示されなさい。私達は、このアップグレードを実行するあなた、することの失敗を呼んだ
 これをしなさい あなたのオンライン・バンキングサービスを妨げることを引き起こし、説明できる 。

どうぞ、下のリンクをクリックし、手順に従ってください。48時間以内にあなたには私達のカスタマー・サービス部門が連絡する手続を完成するために。

あなたの協力への感謝

見る、
SMBCを取引するインターネット
東京

インターネット上でで毎日行きかうメールの恐らく9割以上はこうしたガラクタの類でしょう。 今のうちは笑っていられますが、日本語を洗練して進化してきたら騙される人も出てくるかもしれません。 しかし、このメール、日本の文化を全く理解していません。 言葉の習得よりも文化の理解が大事という所に気が付いていないようです。


WGIP  War Guilt Information Program  

2015年07月13日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

戦後、米国の占領政策の中で日本人に戦争責任の贖罪を負わせようとした多くの計画が明らかになってきました。 米国の偉いところは、このような謀略についての情報もキチンと文書化し、ある年数がたつとそれを検索させる懐の深さです。このタイトル、直訳すれば「戦争犯罪情報計画」でしょうが、意訳すれば「日本人に戦争犯罪の意識を刷り込む計画」で、その内容を端的に言えば、「戦前の日本は全て悪く、広島/長崎/東京大空襲も自業自得、靖国神社などもっての他で、米国の作った憲法にしたがって精神的に去勢された日本人を作り上げる」というものです。 言う事を聞く「日本政府」を作り上げ、それを裏で操作するものでした。

敗戦から1カ月後の昭和20年9月10日に「新聞報道取り締まり方針」を発表し、9月19日には30項目からなるプレス・コードを詳細に決め、言論の自由を確立するという歌い文句の基に言論の自由を枠にはめ込みました。禁止事項を30もズラリと並べたその中の最初の3つは、

① 連合国軍最高司令官もしくは総司令部に対する批判
② 極東国際軍事裁判に対する批判
③ GHQが日本国憲法を起草する事に対する批判

と、まあ、これから占領政策を実施するに当たってはとにかく国民に文句を言わせないということは、立場を変えれば分からないこともありません。人口が1億もいる大国を占領し、敗戦の混乱の中で安定を築くには必要な事であった事と理解します。 しかし、流石、米国と思うのは全てキチンと文書化して残している点です。これは「アッパレ」なことです。

問題は、戦後70年を経ても、一部の日本人の中に未だにこの洗脳政策が浸み残っている点です。 もちろん、今更、過去の戦争を正当化したり、美化したりしても、これは世界の中で受け入れられない事で、修正主義とのレッテルが貼られるだけですから、それは心の中に押し留めても、世の中の争いというのは一方的に片方が悪いなどということはあり得ず、我々のジイちゃんの世代だけが侵略者であったなどという戯言は信じてはいけません。

真珠湾攻撃でさえ、日本の一方的な奇襲作戦というのはでっち上げでして、あの攻撃が行われた12月7日午前7時55分の一時間前に、米国海軍は既に日本の小型潜水艦を攻撃して沈没させているのです。 また、米国が中国から日本本土を奇襲爆撃する計画さえあり、当時は両国ともに臨戦状態にはなっていたのです。

70年が経過し、我々のすべきことは当時から今日に至る情勢を客観的に判断することです。 白色人種が優勢な世界の秩序を黄色人種のJAPが変えようとしたことに白色人種の危機感があったのです。 日本は戦争には負けましたが、欧米の列強に植民地支配されたアジアの国々は開放されました。 そしてそれを感謝しているアジアの国々も多いのです。「アジアの諸国に多大な迷惑をかけた」などと言うのは、まさしくWGIIPの結果なのです。

憲法について言えば、現在の憲法は「戦勝国は敗戦国の憲法を変えてはならない」とするハーグ陸戦条約に明白に違反した非合法なものなのです。 この様な憲法を大事そうろうに「護憲」だなどと主張したり、安保法制を違憲だ合憲だと騒ぐ事が意味が無いのです。 WGIPなるものがあった事を理解し、そこから目覚める事が大事です。


2015年07月10日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

ギリシアのチプロス首相、あの図々しさを日本人は学ぶべきです。借金をしていながら、実にふてぶてしく、己の非などミジンも出さず、自己責任などという言葉は彼の辞書に無いように他人への責任に転嫁する。 居直りの名人技は、お見事です。
 
直ぐに過大な自己責任へと陥ってしまう日本人には、あの図々しさの爪の垢などを頂いた方が良いかもしれません。

ソクラテスの時代から「言葉」を戦わす事に長けてきた国民ですから、あの言葉の裏には色々な策略が張り巡らされているのでしょう。  日本人の言葉の裏はほとんどが単純な感情ですが、島国の日本と異なり、地続きのヨーロッパで他国との関係でバランスを取りながら生きながらえてきた国民ですから、自己主張の強さは生き延びるための執着心でもあり、その強さは学ぶべき点が多々あります。

自分勝手が何処まで許されるか。これも見ものです。 中国の埋め立てもしかり。 主張の正当性などお構いなしに、とにかく大声で出張することのできる人、羨ましい限りです。 結局、世界はそういう人達にかき回されてしまうのです。

集団的自衛権は、合憲か違憲なのか?

2015年07月09日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

このブログ、一年前のものです。 この議論、もう一年もしているのです。 未だに、自らの不勉強を棚に上げ、安倍さんが説明不足などといっている方が多いことに呆れます。 一年も議論すれば充分です。

集団的自衛権と言う言葉自体がそもそも誤りなのです。あれは「集団的的攻撃権」なのですが、「攻撃」と負う言葉では強すぎるので、「自衛」と言う言い換えているだけなのです。しかし、私は反対ではありません。

もし、集団での自衛を他国と共同で進めることにNOと言うなら、日本単独で日本国への侵略を防止できるかと言えば、不可能です。もし、集団を嫌うなら、単独で国防が可能なレベルに軍事力を増強する覚悟があるのでしょうか? それも、NOなのです。世界のどの国も個別自衛では守りきれないし、各国がそれを進めれば各国の軍備拡大競争になってしまいます。 ですから集団自衛と言うのは、世界の当然の流れなのです。

平和憲法と言っていれば国連が守ってくれるなどとオメデタイことを信じているのでしょうか? もはやウソの固まりになってしまった第9条をそのままにしておく事に違和感はないのでしょうか? 自衛隊の存在、必要性と現実離れした第9条のどちらを優先させるべきでしょう? 現実無視のこの憲法を世界に誇る「平和憲法」などというのは、現実を理解できない子供と同じです。 

争いや軍備も無い世界は理想ですが、現実は理想とは大きくかけ離れています。国連は世界平和を守るための機関ではなく、第二次大戦の敗戦国を管理するための機関です。拒否権を行使できる国が支配する国連など何の役にも立ちません。

日本国内の身の回りにも悪人がいなくならないように、隣国から領土拡大の意図もなくなりません。領土拡大の野望が現実となった時にだれが日本を守ってくれるというのでしょう? 自分自身しかいないのです。国防の無い国などおとぎ話の世界です。国防力を保持しながら、自縄自縛で戦えない状態にしていては気の毒なのは自衛隊員です。相手が攻撃してくるまで何もできないというのは「死ね」と言うのと同じことなのです。例えば、第二次大戦の時代では初弾から命中することはあり得なく、4-5発撃つ中で徐々に着弾範囲を収束させて敵に当てたのですが、今では最初の弾丸から確実に命中する時代になり、それを待てというのは「死ね」と同じなのです。こういう馬鹿げた状態の源が第9条であり、本来はこれを変更すべきなのです。然しそれが無理なら、解釈を変える事が現実的です。戦える軍隊こそが抑止力になるのです。

他国の利益のために発言する反日日本人ばかりが、マスコミではしゃいでいます。平和が一番だから平和憲法と言うのはまるで幼稚園児のような短絡です。今回の集団的自衛権の件で戦争反対と唱えることがトンチンカンなのです。誰も戦争など望みません。その戦争を防止するには、抑止力を機能させる、そのためには集団で自衛するなどあたりまえ。自衛するということは、集団で攻撃するという事も当たり前なのです。 世界は善人だけの集まりではないのです。

これが合憲か違憲かは、あまり重要ではありません。 なぜなら、それは壊れた体重計の上で体重が増えたか減ったかを議論しているようなものだからです。 議論自体にあまり意味がありません。 法律関係者は生真面目ですから、立憲主義云々を問題にしますが、視野が狭すぎます。 終戦直後、法律で禁止されたヤミ米に手を出さず餓死された方を思いだします。 世の中、意味の無い決まりごとは多々あります。 決まり事ですから、無視はできませんが、ほどほどにでちょうど良いのです。 憲法などあてにしても誰も助けてなどくれません。


本日から展示会「ライブ&イベント産業展」が始まります  

2015年07月08日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

昨年に続いて2回目の出展です。 今回は規模が2倍になって幕張に会場を移しています。 今まで出展してきた、危機管理、電気、教育関連などの展示会に比べると明らかな差があるのが来場される方の雰囲気です。 服装も自由度が大きく、目立つ方が多いのが特長です。 一言で言えば、華やかな業界です。

それが、落雷と何の関係があるのか? 弊社は、屋外イベントでの落雷対策を訴えています。 これから夏には屋外イベントが多く開かれます。 その会場周辺で落雷による事故が無いように落雷対策を紹介しています。 屋外イベントでは、雷雨が発生した時に避難する金属製の屋根の建物、コンクリート作りの建物などのない広い公園で行われます。 弊社のPDCE避雷針が付いている場所は、絶対安全であるので演奏を続けて良いということではなく、何も無いよりは安全性が高まると言う程度ではありますが、事故の無い楽しいイベントを支えたいと思っています。

卒業  

2015年07月07日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

新幹線で関西に向かう時、豊橋を過ぎると間もなく、私の息子のお世話になった学校が進行方向の左側に数秒間見えます。中学と高校の6年間、息子はこの学校の寮で生活し、私も授業参観や運動会、文化祭、長期休暇の時は送り迎え【高校生になると一人で帰省】と豊橋にはよく通いました。出張で関西に向かう新幹線では、いつもA側の席に座り、今頃、息子は何をしている事かと数秒間しか見えない学校をジット見つめていました。6年間ですから、何十回と乗った新幹線。行きも帰りも豊橋近辺になるとソワソワしていました。

この学校を卒業し、息子は今はそこにいないことが分かっていても6年間の習性で豊橋付近になると学校の様子を眺めるクセが付いていましたが、先日、読書をしていて豊橋を通り過ぎ、この学校を見るのを忘れました。それに気が付いた時、長い間の呪縛が解けたような気がしました。 息子が卒業してから2年目で私もようやく学校を見つめる習性から卒業したようです。

不勉強な営業さん  

2015年07月06日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。


先日、資料請求をした会社の営業さんから電話がありました。声の調子からすると経験2~3年の方でしょう。 弊社に来て説明したいとの事で来週の予定を聞かれましたが、営業としては全くの準備不足です。 弊社の予定は、HPの「展示会の予定」を見て見れば、今月は8~10日【幕張】と22~23日【ビッグサイト】の2回の展示会があるのですから、その間の週も既に予定は詰まっています。 電話をする前に、その会社の様子などHPを見れば分かる事で、それくらいの手間もかけずにただ電話してくると言うのは営業としては未熟というか、手抜き工事とでもいうか、その程度の配慮もしない営業さんから聞きたい話などありません。

という辛口の意見を、相手は私の娘程度の若い女性ですから、ストレートにピシャリとは言わずにヤンワリと諭してあげましたが、社員研修の難しさも同時に感じました。 こういうことは、営業研修で教えているのでしょうが、営業は「相手を知り、己を知り、百戦危うしからず」の言葉があるように、お客の事を調べることから始まります。 それも、お金を使って興信所を使う訳ではなく、ネットでHPを検索するだけの手間でよいのですから、それ位をしないで電話をしてくるのはあまりに無防備。 

指導料として有料にしても良い位の話をタダでしてさし上げているのですから、イヤミなオヤジと思わずに素直に聞き取っていただければ、今後は成長される事でしょう。

マスコミはそんなに偉いのか?  

2015年07月03日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

自分で考えるよりマスコミの言う事を鵜呑みにする国民が多い中、日本の会社でありながら反日的で偏った報道ばかりするマスコミがいるのは事実です。 国家と国民の関係をいつも支配者と従属者という構造からだけしか考えられないマスコミです。 支配者のすることには文句しか言わないのです。 そうしたマスコミに異議を唱えることは国会議員としては当り前のことです。 選挙方法は同じでも市会議員ではなく国会議員なのですから国全体の視点から発言するのは当然です。遅すぎた位です。「マスコミ批判」自体が悪いことであるかのようになると、マスコミは独裁者と同じ事になってしまいます。 

従軍慰安婦でインチキ報道をしてきた大新聞社まであり、マスコミが常に厳正中、誤りなどミジンもない。。。という訳ではないのですから、そのあり方に批判を受けるのは当然のこと。今までインチキ報道を続けた新聞社とその関連の報道番組までが「マスコミ批判」に対する批判に悪乗りするのは如何なものでしょう? 

国会対策でなるべく波風を立てたくない事情も理解しますが、マスコミもピンキリ。それをまとめて相手にして謝ってしまうとは如何にも日本的な解決に走りましたが、これではマスコミが調子づくだけです。 勉強会で、議論する話題に制約など無いはずです。 話題にするだけでもイケナイようなタブーを設けるべきではありません。



「あきづき」「さわぎり」 海賊対策でアデン湾へ  

2015年07月02日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

海上自衛隊の発表によりますと、「あきづき」「さわぎり」の2隻の護衛艦がソマリア海賊対策で日本を離れ、これから約1年間、日本を留守にします。 出港は5日で見送りには参加できませんが、その前に佐世保に行き撮影してきました。 
この写真は防衛省の撮影で、少し古いのでまだPDCE避雷針は取付けされていません。

軍事研究 7月号 ロシア対独戦勝記念日に初登場 T-14

2015年07月01日 
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

久々のロシア軍の新型戦車が、対独戦勝記念日に登場したとのことで、詳しい解説がされていますが、この戦車、車高が高く、側面席も大きく、どこからでも対戦車ミサイルを撃ち込まれそうな、最新型というよりどこかレトロな雰囲気が漂います。 外観と異なり、同じシリーズで歩兵郵送車のT15までシリース化し、無人化砲塔を載せた無人戦車への発展も発展も可能性のあるポテンシャルの高いベース車両だそうです【写真は Wikipedia からです】。

乗員3名はそれぞれカプセルの中で安全に隔離されているそうですが、見栄えやカッコ良さなど全く気にしない、如何にもロシアの戦車、それも古い時代のを彷彿とさせます。これを年間500台。2020年までに2300台を揃えるとのことで、他国の事ながら、金も無いのに新兵器の開発だけは次から次に途切れる事なく続けています。 日本の国会は、集団的だ個別的だと、アホな内向きな議論に明けくれています。違憲か合憲か? かなりクサイですが、どうでも良いのです。大筋としては安倍さんが日本の自縄自縛を少しでも解こうとする方針は支持できます。 

日本が内なるゴタゴタをしているうちに周囲の国は新兵器だけでなく、新型の安全な原子炉まで、手広く国益を確保する手段を充実させています。尖閣どころか沖縄まで、既に中国では自国の「琉球省」として日本からの独立を援助しようとする役所が始まっているのです。日本人の能天気は、沖縄を失うまで気がつくことは無いのでしょうね。 国会の議論は内向きすぎです。 日本人だけが気にすることなどどうでもいいのです。世界は陣取りゲームを続けています。 そのようなゲームに参加する意思が無くても、確実にその対象になっているのです。

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