株式会社落雷抑制システムズ

雷ブログ

私の誇り  お客様

2015年12日25日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 PDCEの納入台数が700台を超え、来年は1000台を超えるのが確実になりました。 これらを設置してくださったお客様は私の誇りです。 私は、重要施設の保護に「落雷させてその雷電流をバイパスすることで保護する」という順番に違和感を感じます。 まずは「落とさないようにする」。それでも落ちてしまった場合には、今までのようにその雷電流をバイパスする。。。というのが物事の順序というものです。

そのようなオイルランプ時代を継承する方法でなく、世の中に広く認められるようになっていなくても、どうあるべきかでPDCEを選択していただきました。

その中でも電鉄会社様は特に大きな誇りです。 毎日、当たり前のように通勤/通学に利用している電車ですが、朝夕のラッシュ時に電車を数分間隔で運転するのは組織として非常にレベルの高いことです。電車、線路、信号、通信設備、電力供給の保守、駅の運用、このチームワークにより、首都圏では、毎日、各電鉄会社で百万人単位の乗客が安全に移動しているのですから、人類の作り上げた社会システムの中でもこの鉄道システムは高く評価されるべきものです。 弊社も、この重要な仕事のほんの一部にですがその一端に加えていただけたことは大変、名誉なことです。

 今年のブログは、これで終わりとします。 ジジイの戯言にお付き合い頂きありがとうございました。 来年も続けますのでよろしくお願いいたします。  それでは、良いお年をお迎えください!!

謝り続ける愚  

2015年12日24日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 戦争の後始末は講和条約の締結で済ませると言うのは長い間戦争を繰り返してきた人類の知恵です。 日本は、中華民国の時代には「日華平和条約」、相手が中華人民共和国に代わってからは「日中平和友好条約」によって最終決着を付けています。韓国とは戦争ではありませんが「日韓条約」で決着しています。 お互いに恨みをいつまでも引きずらないように、賠償を含めて講和条約で終わらせているのです。 これこそ、対立を終わらせるために歴史から生まれた人類の知恵なのです。

 決着がついた事を蒸し返し、「1000年経っても忘れない」などと感情をむき出しにし、国民を感情の世界に誘い込み、感情を絶対化しようとするのは極めて低次元な考えです。 講和条約で決着しても個人の恨みは別だと言い出したらきりがありません。 ましてや、個人的な感情を国家レベルの問題と紛れ込ませては講和条約を結ぶ意味や精神が台無しになってしまいます。 感情の世界から脱しようとしない相手に同調し、いつまでも誤り続けるのは良心的どころか、人類の知恵を無視して前近代に逆行する考え方です。 感情から離れた所で処理するのが大人の態度なのです。 教育というのはそのための練習なのです。

 世界で活躍する、中国や韓国のビジネスマンであれば、他社と契約した内容を反故にするような行為が世界では認められない事を十分に承知しているハズです。 にも関わらず、政府レベルでしてくるこのような「蒸し返し論」に謝ってはいけません。 これは一種の戦争、「歴史戦争」なのです。 国民の一人一人が、過去をキチンと理解し、どの様な言いがかりを付けられようともキチンと反論する。 これが大事です。

 「史実を世界に発信する会」 茂木弘道さんの「戦争を仕掛けた中国になぜ誤りつづけなければならないのだ!」 自由社ブックレット  は、90ページの薄い本ですが、中身の濃い内容です。

君が代を歌う羽生選手の立派な姿  

2015年12日22日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 世界最高得点を記録した羽生選手、表彰される際の国旗掲揚でキチンと「君が代」を歌っていると知人が感心していました。 フィギュアの技術だけでなく、日本人として基本が分かっている立派な行いです。 外国生まれが多い日本のラグビー・チーム、外国生まれであれば国旗や国歌の意味も素直に理解し、日本代表チームの一員になれば、キチンと君が代を歌っているそうです。 これはアホな日本の選手よりも立派です。 日本では国家や国旗におかしな偏見がリンクしている場合もあり、教育機関の公式行事にさえ国家・国旗に反抗するアホがいるのは嘆かわしい事ですが、羽入さんは、技術のみならず日本人としての立ち振る舞い、全てが立派です。

 今まで見た中で残念なのがサッカーの日本代表チームでした。 これはその時々で選手が変わりますが、大きな口を開けて歌っている選手はほとんどいませんでした。 一度、それを見てからサッカーはほとんど応援しなくなりました。 君が代を歌わない輩は私は日本人とは認めませんので、日本チームと言えども日本を代表しているとは思いませんので、応援しません。 サッカーが上手なだけ、ボクシングが強いだけではダメなんです。 君が代を歌うべき場で堂々と歌えなければダメなんです。

この知人、欧州で10年以上生活し、偏見や差別の中で自然と日本人としての自覚が芽生え、育ったとの事です。 世界中の往来がどんなに進んでも、グローバル社会等という掛け声がどんなに強くなっても、個人がどこかの国に属すると言う事は変わらず、帰属する集団同士の偏見や対立などは無くなることはありません。 自分の属する国家のアイデンテティの一つである国歌を堂々と大きな声で歌えることこそ国際社会の中で活躍する条件の一つです。 グローバル化とは国籍を忘れることではなく、国籍をシッカリと自覚して外国と関わる事です。

 以前、技能五輪の国際大会に関わりましたが、日本代表の「日の丸」を付けた作業着、眩しい位でした。 作業着でも「日の丸」を付ければ重みが全然違うんです。 スポーツでも技能競技でも日の丸を背負っての重圧に挑戦する選手、堂々と国歌を大きな声で歌って欲しいものです。

 「ちきゅう」が出港しました

2015年12日21日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

8月31日に横浜へ戻ってから、約4ケ月、「ちきゅう」が真っ白に綺麗になって出港しました。 東京湾を南下する船体は、西に傾きかけた午後の光の中で、ピカピカに輝いていました。

 次は何処にむかうのやら、もうお正月ですから、もう少し日本にユックリしてからと思いますが、あれだけの大型船ですから、港に泊めておくだけで大変な経費でしょう。 LCCの価格が安いのも、地上に停めている時間を短縮して稼働率を向上させているからこそで、「ちきゅう」の活躍は日本の活躍ですから、動き回ってもらわねばなりません。 Bon Bourige!!

夫婦同姓では不便であるとの主張って本当?  

2015年12日18日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 若い世代では夫婦別姓を支持する人が多く、私のようなジジイ世代では同姓を支持する方が多いようですが、婚姻後の姓名の変更がを女性の社会進出を阻むものであるとの主張は本当でしょうか? 私は姓名を変えた体験がないままの意見ですから実態は想像するだけですが、元々の姓名の方が仕事上の都合がよいのであれば、新しい戸籍上の名前でなく、仕事上は旧姓を使い続ければ良いだけの話しではないのでしょうか?

 例えば、芸能人のほとんどは芸名で仕事をしていますが、収入など金銭に関わる部分は本名での手続でしょうし、仕事上は芸名と完璧に使い分けています。 この方たちから芸名と本名の二つでは不便だなどとの声はあるのでしょうか?

 仕事で付き合いのあったあるレンタル会社様では、仕事の上での名前は本名ではなく、仕事の上のヒーローになりきった源氏名を使用しています。 例えば、私でしたら「落雷太郎」のような仕事に関連したユーモラスな名前で名刺を作り、社内だけでなく社外の仕事の上でもその源氏名を使っています。 愉快な会社があるものです。 給与関連、健康保険関連ではもちろん、戸籍上の本名でしょう。 一つの実体に複数の名称がつくことなど珍しくもなく、それを不便であると出張するのはいささか狭量に過ぎるのではないでしょうか?

ラジオでのコメンテータさんは、日本のやり方はが国際的な流れから言えば、遅れていると主張していましたが、この方たち、日本が遅れているとケチをつけることで自分の先進性を訴えたいのかもしれませんが、日本の文化を他国と比較して、遅れているなどと卑下する必要は全くありません。 知合いのインド出身の米国人ですが、留学で米国に行きまして、入国審査で文句を言われたのは、このインドの方の出身地方では姓名はなく、自分の氏名だけでパスポートにも名前は一つだけ。 すると「姓名」「氏名」の最低2つが無いとダメと言われ、とっさに自分の父の名前と組み合わせ、それ以来(父の名前、自分の名前)をあたかも、(姓名+氏名)のように使用し、その後取得した米国のパスートにもその名前を使用しているとの事でした。

 姓名、氏名の二つの名前が無ければダメと言った入国審査は、如何にも米国らしい他国の文化を認めない態度。ナント、横暴なのでしょう。 しかし、その場で名前を作り上げれば通してくれる米国のユルサ、鷹揚な態度は流石に米国です。 このような横暴がまかり通る国際社会が進んでいて、夫婦同姓でなければならない日本が後進的だなどと言えるのでしょうか? 「世界は正しく、日本が間違っている」という呪縛から解放されるべきです。 これは、単なる文化の「違い」であって、どちらが「正しい」「間違っている」という尺度の問題ではないのです。 旧姓か新しい姓名か? どちらか一つでなく、[「仕事で通用している名前」と「戸籍上の名前」の両方を使い続ければ良いだけの話しではないのでしょうか? どちらか一つに拘るのは日本人らしい生真面目さのせいでしょう。  まあ、そこに一番こだわっているのは、民法そのものではありますが。。。

本日は年に一度の販売店会議を開催します  

2015年12日17日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 昨年と同じ12月17日、年末も押し迫って忙しい時に申し訳ないのですが、全国の販売店様にお集まりいただき、販売店会議を開催します。 販売成績が優秀であった販売店様の表彰、今年のハイライト、来年度の制度変更、来年のチャレンジなどについて話をし、その後は懇親会です。 このランドマークタワーの中の会議室、25Fが全て貸し会議室になっているのですが、集まる人数にちょうど良い部屋があいにく空いていなく、30人定員の部屋に40名近くを押し込めて申し訳ないのですが、こういう会議には当日のキャンセルが出るのが普通ですから何とかなるであろうと楽天的な見通しで望みます。

この会議室ではケータリングもお願いできますので、会議終了後は隣の部屋で懇親会を開きます。 この一年、御苦労さまでしたと言う事で、これが終わると今年の終わりを実感します。 しかし、会社はまだまだ終わりではなく、私は31日まで出勤の予定です。

ケチくさい 「津波避難タワー」  

2015年12日16日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 海岸線に近く、近所に高台がない地域では、避難場所として「津波避難タワー」なる盆踊りのヤグラを大型化したようなものが建設されています。 想定する津波の高さが高くなったと言う事で、建て直しもあるようです。 しかし、この津波避難タワー、ケチくさい作りです。 せいぜい、10分程度しか滞在しない展望台であればこれで良いのですが、もし、津波で避難したとすると水が引けて流されてきた物を片づけて、ここから降りられるまでは最低3~4日は必要でしょう。 その間に雨風の日があるかもしれない事を想定していないようです。

 津波避難タワーの最上階は、露天の鉄板床なのです。真夏であれば、太陽を遮るものもない鉄板の上に一日居れば脱水症や日射病になるでしょうし、厳冬の頃であれば、雨にぬれて吹きさらしの鉄板の上に一日居れば、肺炎にでもなり津波による水死は逃れても津波タワーの上で生き長らえる事ができるのでしょうか? トイレも屋根もないケチな作りなのです。

どうせ作るなら、壁/屋根のある小屋にして、トイレや横になって休めるための畳、飲料水/食糧まで備蓄しておくべきです。 まるで展望台の様な避難場所としては中途半端なものしか作らないのは何故なのでしょう? それは自分がそこに逃げる真剣さをもって計画していないからです。 とりあえず、津波の水から逃れられれば良いと言うだけで、その後に引き続く事態についての想像力が働かないのでしょう。 見るだけでも腹が立つ、この不完全な避難タワーを競って作るメーカが多数あります。 しかし、これはメーカの責任ではありません。 メーカとしては、屋根/壁は要求されていないから作らないだけで、建設をする地元の自治体の考えが甘いのです。

この津波避難タワーに落雷対策でPDCE避雷針を付けたいとの話もたまに来るのですが、落雷対策よりも屋根/壁を作る方が先決なのです。 その上での落雷対策なのです。 このような中途半端なものを作るのは税金の無駄使いではないでしょうか? 限られた予算の中でできる限り多くの避難タワーを作るためには仕方ないといういい訳は分かり切っていますが。。。。

ビックリしました金沢駅西口  

2015年12日15日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 先日、金沢駅の西口に行きました。 今までは小松空港からの高速バスが到着するガランとした空き地であった場所が、新幹線と同時に整備されたのでしょうか立派な駅前に生まれ変わっていました。 ホテルも整備され駐車場も気軽に停めておける十分な広さがあり、新幹線を挟んだ駅の両側のバランスの良さは、わが新横浜とは比べものにならないお見事さでした。 西口へ通じる道路でも外車の販売店の新築が進んでいたり、地元経済は好調と見受けました。 新幹線の波及効果はスゴイものがあります。

ただ、東海道に比べると新幹線自体のいい加減さが気になります。 どこかの駅を通過する時、東海道新幹線では「ただ今、xx駅を通過中」という表示が本当にその駅を通過している時に表示されますが、東北/山形/北陸の新幹線では駅を通過してしまった後に「xx駅 付近を通過」と表示されます。「付近」であることに間違いはないのですが、もっと正確に表示して欲しいものです。 JR東海でしている事を何故、JR東日本ではできないのか? JRの東と西は、JR東海への対抗策として、グリーン車の上のクラスのグランクラスという一等車を付ける事で張り合っていますが、グランクラスの前に普通車やグリーン車でも東海道新幹線並みの事を先に実践していただきたいものです。

学校教育の退化なのか? 無償化が進む時代の価値観  

2015年12日14日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 横浜市内の高校に写真ニュースを毎月掲示する掲示板を寄贈してくれないかと、ある新聞社から依頼があり近所の高校に寄贈しました。 毎月何枚かの写真ニュースが1年間、掲示されるのですが、年間で約8万円ほどの費用がかかります。 その更新で、来年分の依頼が来ましたが、来年分はお断りしました。

これは写真ニュースを売り込みたい新聞社だけが頑張っているようで、寄贈された高校側は、このようなものが寄贈されてもありがたくもなんともないのでしょう。 寄贈しても、「ありがとう」の一言もないのです。 御礼を言われたくて寄贈した訳ではありませんが、この世の中は何をするにも費用は必要で、その費用は誰かが負担している訳で、自分はタダでも誰かが負担しているのです。

それについては、一言「ありがとうございました」というのが筋であり、御礼の言葉などいくら発してもタダ、費用はかからないのです。 であれば、世の中の潤滑剤としてお礼の言葉は、ドンドン発せよと生徒を教育し、自らもそれを実践すべきが高校の役割かと思いますが、恐らく、誰も見ないのでしょうね。。この写真ニュース。

スマホが普及し、誰でも写真/映像が簡単に見られる時代になると、月に数度だけ更新される写真ニュースというのは、いくらカメラマンの腕が良くても古いニュースとしか認識されないのでしょう。 それ故、その存在すら興味ない生徒さんも、管理側の先生もおられることでしょう。 世の中スポンサーに支えられた無償のものも多々あり、タダが普通、となるとそのタダを支えていること自体が営利目的であり、ありがたがるほどの事でも無いとの認識も進みます。

ストレージもWiFi接続も無償が当り前のこととなると、いちいち、感謝などしていられないというのも事実ですし、便利にはなっても、殺伐とした時代になってきます。 学校自体でも教科書の無償化であるとか、そもそも義務教育も無償であり、無償が標準では感謝の念などどこかにぶっ飛んだままです。 それを嘆くこと自体、時代遅れの兆候かもしれません。  しかしです。 世の中にタダのものなど存在しません。 見かけはタダでも、「タダより高いものはない」という事、無償の功罪をキチンと考えるべきです。

本日は金沢に来ています。  

2015年12日11日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 雷関連の事業を始めると言った時に、夏だけの季節商売は難しいと忠告をくれた方がいましたが、この方が雷は夏だけと思っていたのは関東地方で育ち、住み続けたからです。 日本海側には冬にも落雷が多いのです。 秋田音頭の一節に出てくる「ハタハタ」と言う魚、漢字書くと「魚へんに雷」。 冬の魚ですが、ハタハタの時期と雷が重なるのでこのような漢字になったのでしょう。

 年間の雷日数で言うと金沢は日本一だそうです。 今までは羽田から小松空港、そして高速バスで金沢入りしていましたが、今回は新幹線です。  この新幹線、東海道のようには便数が無く、東京駅での待ち時間が長いのは仕方ありませんが、飛行機のように予約してからではないと乗れないよりは気楽です。 計画性が無いと言われればその通りかもしれませんが、ブラリと行って、そのまま乗れるのは魅力です。

 今日の金沢はあいにくの雨。 でも、雪よりはいいですね。

誰が敵で、誰が見方なのか分かり難い世界  

2015年12日10日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

オーストラリアの北部に「ダーウィン」と言う町があり、雷の名所で雷観測のチームが多数訪れます。 オーストラリアは、英連邦の一部で英国、米国と軍事同盟を結んでいますが、このダーウィンをナント! 中国に99年の租借契約をしたそうです。 オーストラリアは、人口が少なく、シドニーやメルボルンに人はいても、ダーウィンになどあまり人がいませんから、そこを中国が開発をしてくれれば良いだけなのでしょうが、中国からすれば本土から離れたダーウィンは太平洋への進出の大きな足掛かりになります。 租借したのは民間企業ですが、かの国の事ですから民間企業の皮を被った人民解放軍と言う事もありえます。 オーストラリアは、ナント余計な事をしてくれるのでしょう。

 最近、オーストラリアには、欧州と日本から潜水艦の売込みが行われています。 武器輸出には賛成ですが、中国に利する事をするような国には、大事な潜水艦など売ってはなりません。 習近平が訪問した時の英国のバカ騒ぎ。 英国はナント原発まで中国から購入するそうですが、英国も地に落ちたものです。 よりによって、中国の原子炉とはいつか本物の「チャイナ・シンドローム」となるでしょう。 その英国の一部の様なオーストラリアですから、女王陛下からの助言などあったのでしょうか? 中国がいくら暴れても、欧州の英国にまでは噛みつかないであろうということで甘い顔をしていますが、それが大きな誤りです。

 中国は、オーストラリアで何をするかが問題なのです。 ここ、ダーウィンは大東亜戦争の時に日本軍が爆撃しました。 中国はオーストラリアでの反日感情を煽るために、このダーウィンに「日本軍爆撃記念施設」を3Dのシアターで作るそうで、自国の中に歴史記念館を作るのは仕方ありませんが、外国にまで進出し、今更、70年以上の前の事をことさら掘り返す中国。  自国の売春婦像を慰安婦像と言って米国に広めている韓国と同じ事をオーストラリアでするのです。 この3Dの映像施設は韓国製だそうで、中韓は日本の評判を何とか悪くしたいということに懸命の様です。 こういう国々は本当に日本と友好関係を築きたいのでしょうか? 陰で悪口を言いふらす中国と韓国。 私は日本がお友達とすべき国とは思いません。 賢明なるアーストラリアの方々が、このような扇動に乗らない事を期待したいのですが、何処が味方で、何処が敵か? だんだんと見分けがつき難い世界になってきました。

週間ダイヤモンド  暴れる地球  気候変動の脅威  

2015年12日09日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 週刊ダイヤモンドの最新号、タイムリーな企画です。 温暖化の諸問題を議論している「COP21」に合わせて、気候変動で起こり得る諸問題を詳しく解説しています。
 流石、経済誌ですから、ただ「困ったね」ではなくて、産業界への影響、とりわけ「気候変動は金になる」と言う事で、一例として、温暖化により日本が熱帯化すれば、感染症を媒介する蚊を退治するための殺虫剤、虫よけ、熱さに強い植物への品種改良などで薬品メーカから種苗メーカまで、例として会社名まで挙げて解説しています。 何かが変化する時は、儲けのチャンスでもあると言うンビジネスの金言そのままに具体的な会社の具体的なサービス、製品名まで網羅しているのは経済誌の記者さん、感心します。

もう一つ、好感が持てるのは対立するいくつかの意見もキチンと掲載している事です。 二酸化炭素が増えているのは事実であっても、それゆえの温暖化と言う事には反対意見もあるのです。 主として、天文学者、太陽の黒点活動の不活発化から言うと温暖化どころか氷河期になると言う説もある位、科学の世界と言えども、色々な思惑が働き、必ずしも客観的な議論だけが行われているのではなく、要するに本当の真実は分からないのです。 分からないことを分かっていると思いこんで国際会議が動いてしまうのも恐ろしいことです。

 自分の身の回りの現象面から物事を判断しがちですが、大雨が降ると地球の反対側では干ばつになっていたり、先進国の情報は報道されても、後進国の事情は報道されません。 我々が理解している「現実」と言うのは広い現実のごく一部なのです。 殆ど、身のまわり半径10mの範囲です。 ニュースを聞いたら、反対側の事実もあることを常に心にとめることが必要です。 また、身のまわりの半径も1000kmの日本規模か、6370kmの地球規模か、レンジを変えて考えることも大事です。

 弊社は、ここに社名こそ出てはいませんが、ここで述べられている問題の一部の解決に役に立てそうなことは武者震いしそうです。

特許ビジネス  

2015年12日08日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 弊社、PDCE避雷針の開発/製造/販売で事業を始めましたが、数年前に定款を改訂し、自然エネルギーの活用や防衛機器の開発まで業務を広げました。 実態のないままに広げた訳ではなく、PDCE関連の特許11件に迫る8件の特許をPDCE以外で取得しました。

このうちの1件が実用化の検討に入りました。 初めての特許実施権の譲渡となりました。 まだ、実用化できるかどうかの調査段階なのですが、実用化できると軽く100億円以上の市場になりますので、この調査が完了する数カ月後が楽しみです。

 弊社の特許は、弊社の企業規模ではどうにもならない規模の大きな物ばかりなのですが、その第2発目も近々、某企業様との共同開発になれそうと期待しています。 これは、発電装置に関するものです。 弊社単独ではどうにもならないので、特許でのビジネスになります。

その後の3発目も、日本のエネルギー問題に少しは役に立てるものと思っています。 これも発電関連なのですが、高層ビルの高さを用いて自家発電するもので、ビル内部の電気需要をすべて満たすことは無理ですが、夏場のピークをカットするくらいの発電は可能です。 エネルギーの地産地消を目指したものです。 緊急用の非常発電装置はどこのビルにもありますが、非常発電でなく定常的に発電しようと言うものです。

これらが日常使用されれば、社会のために役立っているという感じは、今にもまして強くなります。 まあ、今でも700ヶ所、来年になると1000ケ所で落雷事故の低減に役立っているのですが。。。

見ぬもの潔し  3題  

2015年12日07日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

ケース1
お昼に「カキフライ定食」を食べました。タルタル・ソースがたっぷりかかり美味しく食べていたその時、目の前のカウンターにいる調理人、タルタルを作るために業務用の大きな容器のマヨネーズを絞り出し、これがペチャンコになるとナント、口元に容器を近付け、自分の息を吹き込んだのです。 残りのマヨネーズが出やすいように容器を膨らませ、逆さにしました。 目の前でそれを見て、カキフライをのどに詰まらせそうになりました。 この程度の衛生観念で昼食を提供しているのです。 客の前でこのような事をするという事は、客に見えないところでは何をしているのか? もう、この店にはもう行きません。

ケース2
 店員を信用していないのか防犯上の理由か、カウンターのレジには1万円札を置かず一万円での支払いが入ると奥の店長が両替する丼屋さんで、店員さんに両替した千円札を渡す時に、手元が狂って大きな鍋に千円札が落ちました。 店長、動ずることもなく平然と別の千円札で両替をし、その後、千円札を拾い上げ、同じお玉で丼に盛り続けました。 その動じない様子からすると、日常的に鍋にお札を落とし慣れているのでは? という疑惑が生じました。 丼に「お札の味」はしませんでしたが。。。。

ケース3
 夏場のビアガーデンでバイトした友人、大ジョッキの3杯目、4杯目となると飲み残す客も多く、その場合はジョッキの中に、たばこの吸い殻、割りばし、枝豆の殻などない事を確認してタンクに戻すように指導されたそうです。 昔は今に比べれば物が豊かではなかった時代であったからでしょうか? それとも季節商売で短期間で利益を上げる為でしょうか? これは、昔話で今はそのようなことはしないことを願うばかりです。

 食べ物屋さんでは、床に食材を落としても3秒ルールとかで、3秒以内に拾い上げればそのまま使用するとか、食材の容器にゴキブリが入っていても、そのまま使うとか、その手の話はいくらでもあります。 疑いだしたら何も食べられなくなり、手弁当しかなくなります。営業で出歩くことも多く、「孤独のグルメ」としてはお店に頼るしかありません。 しかし、日本にもかの大国を笑えない現実があります。 見ない、知らない、これであれば全て清潔の世界なのですが。。

1票の格差などあって当然  

2015年12日04日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 最高裁で1票の格差が問題であるとの判決がおりましたが、全くのナンセンスです。 最高裁は優秀な裁判官を揃えているのでしょうが、この程度の判決しかできないのは残念なことです。

 問題は、都会と地方の人口のアンバランスで、これを地方の小さなマスに合わせて都会の議員と選んだら、不必要な議員ばかり増えてしまいます。 反対に都会の大きなマスで計れば地方は消えてしまいます。 これを厳密に同じレベルにすることなど不可能です。 ただ、政策で格差を付けたのではなく、無策のままにこうなってしまった。。。というのは問題かもしれません。 地方振興の政策の一環でとして堂々とやってくれればよいのです。

 生活に便利な都会に住む人は、自然の厳しい地方に住む方の苦労が分かりません。 これからの季節、毎朝、雪かきで始まる生活で、平らな所さえ歩くのが大変なお年寄りまで屋根の雪かきをせざるを得ないうような環境なのです。 しかし、国土の保全のために、誰かが地方にも住まなければ日本の国土は荒れ放題になってしまいます。

 生活の厳しい地方にお住まいの方には、何がしかの特典があっても良いのです。 選挙の票など、1人1票の基本が確保されていれば、後は地方手当として、2票でも3票でも多くあって何が悪いのでしょう? 都会の楽な生活をしながら、1票の格差などと文句があるなら、「地方に住んでみろ!」 と言いたいですね。   私、子供の頃から都会っ子なのですが。。。。

明朝体の活字  

2015年12日03日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 私の小学生時代、漢字書き取りの宿題を素早く片付ける「発明」というか方法を編み出しました。 後に、それは明の時代(1300 - 1600 )、出版物が増えるようになって、木版印刷の原版を彫る作業が分業化され、複数の職人が1枚の原版を作る流れ作業と同じ事であることを知りました。 600年前の人と同じ事を考えただけで、言い換えれば、600年前と同じ思考レベルであると言うだけのことですが。。。

この時代の活字は明朝体と呼ばれ、直線成分の多い書体です。 それまでは曲線で描かれていた文字が初めて直線成分を持つ様になったのです。 これは流れ作業で、一つの文字の横(水平)成分だけを担当とする人、縦(垂直)成分だけを担当する人、ハネなどの装飾的な部分を担当する人の3人組がそれぞれ、担当の部分だけを1ページに渡って文字の内自分の担当分だけ、例えば横成分を彫り、次の人が縦成分を彫り、と言うような分業なのです。

 私も、子供の頃、漢字の書き取り帳の各マス目に、1文字づつ書き入れるのではなく、最初は文字の横成分だけを機械的に引き、1ページのマス目全てに横成分だけ書き込み、次はノート横にしてまた縦成分の画だけ線を横に引き、機械的に線を引く作業に単純化して漢字の書き取りこなしていました。 そのお陰で、文字の書き順はデタラメ、文字としてのまとまりなどありませんから、乱筆ですが、とにかく、ノートのマス目は縦線と横線と斜め線で構成される文字らしきものがマス目に短時間で並びます。 漢字の書き取りの宿題に対し、文字を覚える「学習」と言う認識はなく、1ページに文字(らしきもの)で埋める「作業」としてとらえていたのです。

こんないい加減な事をしていても、当時は1クラスの生徒数も多く、先生からは何のおとがめもなく小学校の漢字書き取りを終えてしまいました。 お陰さまで手書き文字の書き順はデタラメ、下手さは天下一品です。 こんなブログを書き続けられるのはキーボードのお陰であり、手書きでは到底続きません。何のための書き取り練習かと言う事を理解していませんでしたが、しかし、生産性を上げると言う観点は子供の頃から意識していたようです。

 明朝の活字に直線成分が多いのは、この分業のせいと知った時にはビックリでした。 それって、私は自分が編み出した方法と思っていましたから。。。

大事な事に向き合おうとしない日本  

2015年12日02日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 非核三原則、核兵器を「持たない」「作らない」「持ち込まない」という三原則ですが、三番目の「持ち込まない」については、日本にある米軍基地や米軍艦船に核兵器が無いなどということはあり得ない事ですし、実際、米軍の高官も持ち込みを認めています。 このような実態とかけ離れた「原則」を信じ込んで、いや、信じていなくても波風を起こさないようにと議論をさけているのはおかしなことです。 現実を見つめ修正すべきです。

 被爆国として核兵器の惨禍は知っていますが、それだからこそ、核兵器の有用性について理解すべきです。 イージス艦やペトリオットで日本に向けられた、あるいは米国に向けられたミサイルを撃ち落とすのは、技術的に可能であっても、数発であれば可能ですが、何百発と打ちこまれたら対処のしようがありません。 それよりの現実的な対処は、「やられたら、やりかえす」ということを相手に理解させることなのです。 相手国と同等の武力を備え、「相互確証破壊」、自分が核を使用すれば相手も同じような破壊行為に及ぶ、と言う事が核兵器の使用を抑制しているのです。 弱さを見せれば、それが戦争のタネになるのです。

 核兵器を「悪」に仕立てることは間違いです。「核兵器」=「悪」というのであれば、では、通常兵器であればドンドンお使い下さい。。と言うのと裏腹です。使用するののが核兵器であれ、通常兵器であれ、戦争自体が本来は望ましい事ではありませんが、しかし、これを避ける事ができないと言うのも事実でして、世の中に犯罪と戦争は無くならないのです。

 現在は平和な日本も戦国時代と言う戦いの時代では隣村であっても、戦となれば殺し合い、奪い合っていました。 世界の文明の時間の流れ方は同じではなく、日本の戦国時代をいまだに過ごしている国々も沢山あります。 これらはお気の毒ですが、戦いぬいて決着するまでどうにもなりません。 戦争難民だなどと国を捨てることなく、どちらの側かに立って決着するまで戦い抜くべきなのです。 内戦は悲惨ですが、難民も自国の重大事を捨てて逃げ出したのですから、厳しい状況に遭遇するのも当然です。 戦いを忌避し、逃げまどっていてはいつまでも「難民」から脱することはできません。

 自国の労働力不足の解決に人道主義と言う化面で化粧し、難民を受け入れる国もありますが、本来は国に戻って戦えと言うべきなのです。世間の「知識人」と言われる方々はTVで偉そうに難民受け入れを主張されますが、気の毒ではありますが、日本は難民を受け入れるべきではありません。 国を捨てた難民と関わることはありません。数の少ないうちは問題なくても、数が増えれば問題が起きるのは目に見えています。観光客の受け入れは結構ですが、グローバルなどと言ういい加減な言葉に踊らされてはなりません。 国内に混乱を招いてまで受け入れる何の義理もないのです。

お母さん方の中には、「誰の子供も殺さない」などと叫んでいる団体もありますが、この平和な日本の中だけであればゴモットモにも聞こえますが、戦場では戯言以下です。 残念ながら、日本だけで鎖国の様な状態も作れず、否応なしに世界のレベルに引きずり込まれます。 その時、世界のアマちゃんにならないよう、厳しい見方で歴史、人間、将来を展望することが必要です。

QWERTYキーボード  

2015年12日01日
こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 QWERTYと言う会社の方がお見えになりました。 社名がキーボードに由来していることは御存知でしたが、その歴史までは御存知なく、久しぶりにキーボードの話をしました。

 QWERTYキーボードですが、これは合理的でないものでも慣れ親しんでしまうと換えようがない、人間は合理的な判断だけで動くものではない事の証明の様なキーボードなのです。キーボードのキー配列は、各文字の使用頻度と指の運動機能から決めるべきもので、英文の出版物を多数サンプリングし、アルファベット26文字の各文字の出現頻度が調査されています。 その出現頻度の多い文字は、運動機能の高い人差し指が受け持つ、即ちキーボードの中央付近に配置すべきなのです。 ところが、昔の手動機械式、タイプバーによるタイプライターでは、あまり高速に次から次にキーを叩くと、タイプバーがホームポジションに戻る時間が無くなり、複数のタイプバーがもつれてしまうのです。 そこで、タイプのキーを叩く速度に制限するために、使用頻度の高い「a」「s」などの文字を左の小指と言う最も力の入り難い、運動機能の弱い指の担当にしたのです。

 電動タイプの時代になり、キーボードの文字配列を人間工学的に改善しようとする動きがあり、何種類もの新型キーボードが現れました。 しかし、慣れと言うのは恐ろしいもので、不合理なキーボードではあっても普及ししてしまうと中々変わらないもので、新しい試みは成功しませんでした。 日本語入力でも、ローマ字で入力する場合の子音と母音を分けたり、色々な試みがありましたが、日本語だけでなく、英文も入力する時の事もあり、やはり変革はかないませんでした。

 昔はその当時の事情から最善の策であった物が、技術的な背景、社会的な背景の変化により必ずしも時代に合ったものではなくなることは良くあります。 それでも、昔を引きずってしまうものです。

 落雷対策も同じです。 通常の避雷針が発明されたのはエジソンが生まれる100年ほど前の事。 この時代には電気はまだ使用されなく、オイルランプの時代でした。 ですから、雷電流が何処をどう流れようと何の影響もない時代でした。 電気が実用化されるようになったのは避雷針誕生から130年ほど後の事です。 今や電気は、エネルギーの主力となり、電気の無い生活など考えられません。 その電気に依存した生活でありながら、オイルランプ時代と同じように避雷針に雷電流を集めようとしているのです。 雷電流と言うのは強力な電流で、電気製品に悪影響を与えます。 雷電流を集めようとすること自体、電気に依存した生活とは合わないのです。  しかし、そこに気を遣わない、気が付いていない人も沢山おられ、ワザワザ、被害を招く「被雷針」を使い続けている場合が多いのです。

 弊社は、QWERTYキーボードの変革がならなかったのと同じ難しさに避雷針の分野で挑戦しています。 日本における累積の設置数も700を越え、来年は1000を越えるでしょうが、ゴールはまだまだ先にあります。
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