株式会社落雷抑制システムズ

雷ブログ

あなたの体は9割が細菌 アランナ・コリン  矢野真千子訳  河出書房新社

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

昨日に続いて腸内細菌についてですが、この本では、腸内細菌の数は100兆個、昨日の1000兆個の1/10 ですが、それでも、体を構成する細胞より腸内細菌の方が多いという点では同じなのです。 腸内細菌の本当の数など、どうやって調べるのでしょう? 国による差、都市/農村の差/年齢差/性別などで万遍なくサンプルを集めれば、10倍程度の差があってもおかしくはないでしょうから100兆でも1000兆でも問題なし、誤差の範囲内ということにします。 本書は、著者のアランナ・コリンさんの情熱を感じる300ページを超える大作なのです。

食品添加物が無害か有害か? それは体細胞を対象とした議論ばかりなのですが、食物を摂取するのは自分自身の体だけでなく、腸内細菌も同じことで、むしろ腸内細菌が食べたもので体が出来上がっている、ということで、太る原因として 

(過剰な摂取エネルギー)-(体に必要なエネルギー)=(余剰で太る原因となるエネルギー)

という考えは、時代遅れと指摘しています。腸内細菌にも、肥満型、ヤセ型で腸内細菌の種類がちがうとのことで、デブ型細菌とヤセ型細菌の腸内細菌も関係していて単純なカロリー計算ではないそうです。 腸内細菌の作り出すものは、脳にまで影響し、食の大事さを再認識しました。

像やチンパンジーなど、糞を食することがあるようで、それを見て動物のすることは汚らしいと単純に理解しては間違いなのが、塩分補給のために塩分の多い土を食するのと同じで、自分の腸にない別の種類の腸内細菌を取り入れるための行動の様で、人間においても人様の排せつ物を自分の腸内に取り入れる治療方法も確立されているそうです。 もちろん、口から食するのではなく、肛門から水溶液を取り入れるのですが、自分の腸の中には無い別種の腸内細菌を取り入れることで改善する症状が多いとのことです。 気持ち悪い? 腸というのは体の中であっても、外の様なもので、口から肛門までは、ただのパイプの内側ですから、そこに他人の糞を入れる方が、輸血して他人様の血液を完全に体内に取り入れるよりは軽度であると思います。 韓国には「トンスル」という人糞から作ったお酒があるとのことで、それを知った時には信じられない驚きでしたが、昔から行われていることの中には案外、医学的に意味のあるものもあるようです。 

食べ物だけではありません。人類25万年の歴史の中で、石鹸で毎日体を洗うなどということは、この20~30年の突然の変化で、体など年に数回洗えばたくさん、という説もあるそうです。微生物と人間との関わりは複雑で、食べ物だけの話ではなく、誕生の時から、母親の産道を通過してくる中で母から子に必要な細菌が伝授されるのを手術で取り上げると免疫に問題が生じるとか、幅広く人間と細菌の共生について解説されています。

抗菌グッズを使い、なんでも殺菌してしまうというのは人間の思い上がりで、本当は有用菌に支えられた体であり、健康なのです。 昨日の藤田先生の言う相互共存、コリンさんの警鐘も根本は同じものでした。 科学、とり分け医学も進んでいるように見えても、我々の知識レベルでは、まだまだ分からないことだらけの世界で暮らしている、いや、生かされているということを痛感します。  

この本を読んで損をした気分には絶対にならないでしょう。 幅の広さと奥の深さでは、脱帽で、今年読んだ中では、One of Best です。 久々に出合えた、2000円の定価が安く思える、アッパレ本です。

「腸内細菌が家出する日」 藤田絋一郎 三五館 

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

本書は、腸内細菌についてですが、藤田先生は寄生虫の研究では有名な方で、トキソプラズマの研究でこの道に入り、自分のお腹の中で寄生虫「サナダムシ」を飼っていたこともあり、寄生虫や腸内細菌との共生についての研究では第一人者です。 人の体が37兆個の細胞でできているとのことですが、腸内細菌の数はそれよりはるかに多い1000兆。体を構成する細胞より腸内細菌の方が多いという点で、食事は自分のために食べるのではなく、腸内細菌の喜ぶエサを選んで食べるというのが健康を保つキーのようです。 脳の無い生物はいても、腸のない生物はいなく、腸内に細菌を持たない生物もいない。「うつ病」の原因としてセラトニンという物質の不足が言われますが、体の中で脳に存在するセラトニンはたったの2%、残りの98%は腸にあるそうです。ということで、世間は「脳」を偏重していますが、脳よりも腸が大事であるとの説です。

人のDNAは、99.9%以上が全人類で共通だそうで、にもかかわらず人の個性は非常に多様で、この違いを作り出しているのは腸内細菌の作用もあるのかも知れないそうです。双生児でも親子でも、同じ食事をしていても腸内細菌は人それぞれバラバラだそうです。 私の子供時代には、お腹の中に寄生虫がいるのは普通の事で、学校で検便をして「虫下し」なる薬を飲んで駆除したのですが、世の中がキレイになり児童の寄生虫感染率が5%台に低下したのは、1965年、これをさかいにアトピーとか花粉症の患者が急増し始めたというのは、寄生虫の感染率が低下すると腸内細菌の数が減少し、これが人の免疫にも作用するそうです。 人間は、腸内細菌と共に生きる、共生しているというのが実情のようで、 抗菌グッズを使い、なんでも殺菌してしまうというのは人間の思い上がりで、本当は有用菌に支えられた体と健康なのです。

難しいのは、数ある細菌の中で、どれが人間にとっての有用菌、どれが殺菌すべきバイキン、判断つきませんね。 実際、細菌や寄生虫による健康被害も多く、人にとっての敵味方識別が必要です。 藤田先生、「インタービーイング」という言葉を提唱されています。「ビー」は、Be同士のビーで「相互共存」と訳しています。 本を構成する神1枚の中にも、紙の原料たる植物から、製造に関わった人達、更にはその人達の食料から、水や空気、ありとあらゆるものが関わってこの紙1枚を構成している。 科学も突き詰めるといささか宗教っぽい話になりますが、人間が自然界に君臨しているのではなく、全てのものが共存している世界の中で自分が生かされているれている事を忘れてはいけないというのは事実なのです。


体の中から健康になる長寿の秘密 / 医学常識はウソだらけ / 脳細胞は蘇る  三石巌

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

分子生物学に基礎を置いた「分子栄養学」により健康問題を解説する三石先生は95歳までお元気に活躍したそうで、一般的な常識からすると「??」と思われるでしょうが、三石理論の私自身に都合の良い所だけを集めてみると、

1.ジョギングも散歩も不要
2.すべてのスポーツは体に悪い
3.オリゴ糖を摂取すれば野菜は必要ない
4.ダイエットは寿命を縮める
5.砂糖は頭に良い
6.一日30品目など不要
7.小太りの方が長生きする

などなど、私には好都合な事ばかりで、私のために弁護していただいているような内容です。 健康についてのお話は私にはハードルの高い事ばかり、実践するのは難しい事が多かったのですが、初めて味方に出会えたような気がしました。

高タンパク、高ビタミン、スカベンジャーの3つが大切ということで、これについては、意識して摂取することを実践しています。 (注:スカベンジャー:体内の不要物質や毒性物質を処理する物質など)

健康についての説は、多々あり、色々です。 信ずる者は救われる。 私は三石説を信じていこうと思いますが、上記の1~7は断片的に自分に都合の良い部分だけを抜き出したので、全体の中での意味合いとは異なる事もありえますので、ご自分で調べてからご判断ください。


水陸両用バス

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

最近、みなとみらい地区で見かけるようになったのが、水陸両用バスです。 知人は、このバスを見るなり、「船なんだか、バスなんだかハッキリしろ!」と言っていましたが、素人の発想は時として非常にシャープです。「専用に勝る汎用無し」という言葉がありますが、喫水が浅く、水上からの高さが高く、水上を走る乗り物としては全く安定感に欠ける外観です。 しかし、この辺りは、大岡川が一番最後に横浜港に流れ込む場所で水は綺麗とは言えませんが、波はなく穏やかですから、このような乗り物でも目新しさを好む観光客には受ける事でしょう。  

ランドマーク・タワーの近所にスロープがあり、ここから川に出入りしています。 大桟橋に客船が停泊していると、その近辺まで行くようです。 夏の風は、弱いので大きな波もなく問題ありませんが、冬は大桟橋まで出ていけばソコソコ風も波もあり、このようなバスは受風面積も大きいですから冬はどうでしょう? 夏の暑い日は水上では爽快感があるかも知れませんが、冬場の海は寒いだけですから乗る人も夏ほどはいないかもしれません。


山口に行ってきました

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

山口大学の先生と話をするために日帰りで行ってきました。 宇部には以前、新幹線で行ったことがありますが、今回は飛行機にしました。 地方に行くと、空港での帰りの飛行機の待ち時間が長いんです。 今回も空港での待ち時間、4時間で、観光をするほどユックリはできないし、空港のレストランでご当地物を食べて、すっかり、山口ファンになりました。 3方が海に囲まれた山口は海のものが美味しいですね。 フクの一夜干し、ハモの湯引き、ハモのかば焼き、クジラの刺身、などなど、空港内のレストランですから、特別に上等ではなく、ごく普通のレストランでしたが、満足でした。

ところが、金曜の夜は羽田も混雑し、離陸時間の調整が入り、搭乗してから離陸までさらに30分待ち。 飛行時間は80分なのに家に付いたら23時でして、これなら新幹線の方が早かったはずですが、空港での美味しい食事がありましたから、文句はありません。 お酒も山口といえば「獺祭」でしょうが、これは有名になり過ぎて価格が高いんです。 もっと安くておいしいのを見つけました。「貴」と言うのですが、夏場にぴったりの水のような爽やかな飲み口で、水のつもりで飲んでいると、足腰立たなくなる危険なお酒です。


大江戸御家相続 山本博文  朝日新書

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

秀吉の甥の秀次は、関白職であたったのに、淀殿との間に秀頼が誕生したため、秀吉と不仲になり、結局、自害し、その家族まで三条河原で切り捨てられた事で、その後、秀次の宿老たちは、尾張と美濃で関東に移った家康を見張る役目であったのに、逆に家康の味方となったため、家康は易々と関東から関が原にまでたどり着き、西軍の敗北の原因の一つともなっているのは、人の恨みを買えば、因果応報、どこかで帳尻合わせは発生し、ツケを支払うことになる良い見本です。

本書は、その豊臣の末期と家康が生まれて徳川が終るまでの相続問題について解説しています。 戦国時代は終了しましたが、今度は徳川家一門で相続問題という戦いになるのですが、御家を護るという事の重さをズッシリト感じる内容です。徳川15代の系図を見ながら宗家嫡流【4代家綱まで】、宗家傍流【5代綱吉から7代家継まで】、紀州家【8代吉宗から10代家治まで】は、分かり易いのですが、その後11代家斎から13代の家定は紀州家の傍流、14代家茂は紀州家、最後の慶喜は水戸家、とやはり跡目相続が宗家だけで順当にできなくなると統制も崩れてきます。

養子縁組も良く行われたようで、生物学的な血縁が無理であれば、形式的な籍を大事にする実利的な考え、一族の誰かにバトンタッチをと、尾張/水戸/紀州の御三家、清水/田安/一ツ橋の御三卿のバックアップ体制を築く周到な準備、これはまさに「戦い」のレベルです。 一夫多妻で子供はいくらでも生まれそうですが、乳児死亡率の高い時代であったので、富と権力があってもままならないことがある。。というのは、数百年の長いレンジで見れば、世の中は、ある程度の公平さをもって動いているような気もします。 逆境にあっても自分の不運を嘆く事はありません。 長いスパンで見れば、人一人の浮沈みなど些細な事です。

徳川家の終わりが外国勢力からの影響という時代背景もありますが、そういう外部的な要因だけでなく、内部の後継問題も乱れもあります。 歴史の話では、意味のない「たられば」ですが、宗家一筋で続いていたなら結果は異なったかも知れません。 核家族、高齢単身者などの事情で、御家相続は、より困難な時代を迎えています。

「フリーセックス」と「バリアフリー」

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

私の先輩で、若い頃にスウェーデンで暮らした方がいまして、その方がかの地に渡った動機の一つにその頃、スウェーデンといえば「フリーセックス」の国ということが有名で、血気盛んな青年時代ですから、そういう不純な動機もあったそうですが、ところが、行ってみると期待したようなフシダラな事はなく、「フリー・セックス」という言い方が本当は、「バリア・フリー」あるいは「トール・フリー」と同じように「セックス・フリー」という意味で、社会的に性差別が無い事を目指したものであったそうです。 欧州では人口の少ない国が多く、北欧では、人口が1千万人を超える国はありません。 そういう国では労働人口が少ないために、男だ女だ、ツベコベいう余裕もなく性差別のない全員参加の掛け声が「フリー・セックス」であったのです。

それから遅れる事30年で、やっと日本でも男女雇用機会均等法や、最近では一定割合でに女性を管理職に付けなければいけないことになり、これはある種の逆差別となっているようです。 差別を無くすことを目的に少数派を優遇すると、多数派に対して逆差別的になる事は良くある話で、米国でも黒人差別を是正したハズが、一部白人への逆差別になっている例は多々あります。 米国のトランプ人気も、逆差別された白人による影響が強いようです。

もともと、日本では労働人口が不足していても欧州ほどではないので、表面だけの真似で後追いする日本の改革は必ずしもうまくいきません。 働く女性の割合も低く、その中から管理職に相応しい人を見出すのは困難なのです。 働く動機からして、短時間の労働で、補助的な仕事を好み、家族と分かれる転勤などはできないという前提の中から、男性に匹敵する処遇だからと言って女性に男性と同じことを求めるのは無理があります。 これらを経験したからこそ、最近は「フリー・セックス」なる言葉を聞かないのは、もうそのような政策は止めたからだそうです。 掛け声が無くても定着したからでしょうか。

本日のタイトルで「フリーセックス」という文字に期待をした方に、そういう話ではなかったので、口直しに、海外で人種を比較するために良く言われる少し色っぽいジョークを紹介します。 これは、国民性を端的に表しています。

無人島に二人の男と一人の美女が流されて、その結果どうなったか?

アメリカ人の場合  一人の男が美人と結婚し、もう一人は牧師になる
フランス人ぼ場合  一人の男が結婚し、もう一人の男は美人と不倫する
イタリア人の場合  何の問題もなく二人の男が一人の美人と愛し合う
スペイン人の場合  二人の男が決闘し、勝った男が美女と結婚する
ドイツ人の場合   一人の男が美人と結婚し、もう一人は戸籍係になって記録を残す

このジョークに日本人は登場しないので、私が加えますと、これは年代により異なるでしょうが、私の年代ですと

日本人の場合    二人の男は、互いに遠慮し合いどちらの男も結婚しないまま歳をとる

同時通訳者の頭の中  関谷恵理子  祥伝社黄金文庫

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

若かりし頃、英会話のクラスが物足りなくなり、同時通訳のクラスに通ったことがありました。 顔さえ見なければ、外国人であろうと思えるほどの発音の美しい帰国子女に混ざり、社会人になってから英語を勉強し始めたオッサンが、どうにかついていけたのは、話題が政治、科学、経済、外交問題、歴史、軍事など多岐に渡ってもソコソコの雑学で一応カバーできたからで、発音などは帰国子女にの足元にも及ばない落ちこぼれ生徒でした。 英語から日本語への通訳では、頭の中では理解している事柄が日本語になって出てこないもどかしさを感じましたが、これは、国語力の欠如。 外国語を習得するということは日本語を磨くことと理解しました。 録音した自分の和訳を聞くと、半分以上はただの唸り声で、同時通訳者への夢は諦めました。

しかし、同時通訳への興味は尽きず、その後も関連の本はよく読みますが、この関谷さん、感心するのはプロの通訳者というのは毎日の研鑽を欠かさないということです。 一応、専門分野、得意分野はあるでしょうが、どのような話題が出ても一応知らなければ通訳は務まりませんし、専門分野だけでなく、表現の文化的/歴史的背景も理解するとなると、毎日の研鑽は欠かせないのです。 同時通訳というのは知的ゲームとしては最高です。

本書は、関谷さんの続けている勉強の方法やコツなどについて、英語の勉強をしている肩には、参考になるような事柄で溢れていす。 関谷さんは、NHKラジオでのビジネス英語も担当されていて、このCDを通勤の車の中で聞いています。 現在、仕事の上で英語は必要なくなりまして、趣味の一つになりました。

普通のサラリーマンで、自分のためにどれだけ勉強しているか? 今までの経験からすれば、あまり多くはいません。 仕事をしながらの勉強は楽な事ではありません。 仕事の事さえ勉強しない人も多いのです。そういう中でマジメなのはやはり女性です。 私の身の回りでも、社会保険労務士の資格を取った方、最近では、オフィスの賃貸契約が来年満了するのですが、その再契約の説明に見えた不動産管理会社の若い女性も、一年前は土地建物取引士資格を持った課長さんが説明されましたが、今回はその彼女が資格証明をテーブルの上において説明されました。 自分の仕事もキッチリしながらの資格取得は立派なものです。こういう勉強をコツコツと重ねるのは女性の方が向いているようにも思えます。


横綱と大関のそろい踏み  飛鳥II とダイアモンド・プリンセス 

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

手前が「飛鳥II」(50,000トン)、奥が「Diamond Princes](115,000トン)で横綱と大関のそろい踏みみのような光景です。 共に生まれは三菱重工長崎造船所。 「飛鳥II」の船籍は、ここ横浜港。「Diamond Princes」 は英国籍です。 横浜港大桟橋に大型客船が来る風景、いいですね。 これは横浜の誇りの一つです。 

ただ残念なのは、後ろに見える横浜ベイブリッジの海面からの高さは55mなので、海面から55mを超える超大型客船は橋をくぐってこの大桟橋に入って来られないのです。 ダイアモンド・プリンセスは海面から54mですから、この船が橋をくぐれる限界です。 ただ、世界の客船は大型化し、20万トン、高さ60mを超えるものもあり、その場合、ベイブリッジをくぐれないので、橋の外側の大黒ふ頭を使います。 干潮時を狙って高さ56mのクイーン・エリザベスが通過したこともありますが、干潮の時間や天気などに左右されるため、前回は大桟橋でなく、大黒ふ頭でした。 横浜市は、それでも「横浜港」としてQE2が横浜に来たことを宣伝していますが、大桟橋でなければ横浜港とは認めがたい。

この大桟橋からは、横浜ランドマークタワーを中心とした「みなとみらい」を望む、一番、横浜らしい風景なのですが、大桟橋でなければ、それを見ることはできません。 大黒ふ頭は交通アクセスも悪く、旅客のためのふ頭ではないので殺風景で、多くのお客様を迎えるには横浜らしさが全く欠ける場所で、ここに観光客を迎えるのは横浜市民としては残念です。

船が通れないというと橋の設計に文句が言われますが、橋の側からすれば、この湾岸線は重い大型トレーラの通行が多く、橋の両側のアクセス道の勾配も大きくできないでしょうから、橋とその両端も数キロ先からかさ上げしなければならず、建設費も高くなりますし、橋という構造物は100年は使うでしょうが、100年先の船の大きさまで想定するのは無理な事です。エアバスA380は、2階建ての旅客機ですが、これは世界の空港の現状の施設をそのまま使えることを前提に大型化しました。 船の設計者もやたらに大きくすればよいというものでもなく、高さは54m級の超大型船で横浜大桟橋に入れる船を設計していただきたいものですが、横浜のためにだけというのは無理な話です。 浜っ子としては、横浜自慢をしたいのですが、ベイブリッジの高さは横浜のアキレス腱、横浜でチョット残念な事の一つです。 撮影は、2116年8月15日午前中でしたが、並んでいたのはほんの数時間。 夕方には大桟橋は空になりました。

主語の不要な言葉を使用している弊害

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

日本語では、自分を表に出さない表現をするのが普通で、ことさら「私は」を前面に出すような物言いはしません。 主語を意識しない生活の中で、その弊害なのでしょう、主語が何であるのかを全く間違えた理解をしていることが多くあります。「誰が」を常に意識して理解せねばなりません。

例えば、古い話ですが、ポツダム宣言。 全面降伏を求められたのは「日本政府」ではなく「日本軍」なのです。 これをズルイ、占領国が拡大解釈で「日本軍」だけでなく「日本政府」にまで広げて解釈し、敗戦国の憲法まで変更するというのは、ハーグ陸戦条約第43条「占領地の現行法律の尊重」に違反した占領軍による「戦争犯罪」なのです。 このような戦争犯罪により制定された憲法をありがたがり、改定してはイケナイと絶対視するのは、オツムの程度がよほど悪いとしか思えません。 

最近の話ですと、国債の残高。 政府の借金なのですが、主語が「政府」から「国民一人当たり」にすり替えられても、それを大人しく認めてしまう。 800万円もの借金をした覚えはないのに、人口当たりの割り算というナンセンスで借金をした人の主語が「政府」から「国民」にすり替えられても、「主語不感症」の国民はそれを認めてしまう。 何故、このようなウソがまかり通るのか?  

日常生活のウソはまだあります。 円高で経済が苦しくなる。 それは某自動車会社のような輸出の割合が大きな会社に当てはまる事で、一方、輸入の側を考えれば、石油も食料も海外からは廉価で購入できるし、海外旅行だってお土産をたくさん買えます。悪い事ばかりではないのです。 通貨価値げ変動すれば、日本国内にいる買う側と売る側では反対の作用がありますが、そこで儲けることのできる人は声をひそめ、マスコミは、悲観的な話が好きで、損をする側だけの話を大げさに報道します。 これも「誰が?」に対して、無頓着な言葉を使う影響でしょう。

だからと言って、日本語を使うなというのではありません。言葉と領土こそが国の根幹で、日本語を大事にしなければならないのですが、言葉も道具でして、道具の良し悪し、特性をよく理解したうえで使うことが大事なのです。我が子に、幼少期から英語を習わす親御さんも多いのですが、失礼ながら、ほとんどの場合、ご自分では英語は不得手で、その反動で我が子に習わせている場合が多いように見受けます。 自分のできなかったことを子供に押し付けるべきではありません。 日本の子供に大事な事は日本語をシッカリと習わせることなのです。日本語の基礎がしっかりとできていれば、英語など大人になってからでも十分間に合いますし、英語が苦手という方の多くは日本語もダメなのです。 日本人であれば日本語は話せるでしょうが、単におしゃべりをする能力と言語力は異なります。逆に言えば、英語を話す程度の事は、言語能力に関わらず英語圏で生活していれば子供でもできることなのですから、日本に暮らしながら幼少期から教えるほどのことではないのです。 言葉についての見識が無いからこそ、子供に英語を習わせるという軽率な事をするのです。子供に英語を習わせる前に自分自身が良く勉強し、親御さんが、言語についての見識を持つ事の方が重要です。

最近、駅で見かける光景で不安に思うのは中学生のグループがゲームで対戦しているのでしょうか、少しの会話もないままゲーム機に夢中な「沈黙のグループ」を見かけることです。 反射神経と指の運動機能は高まるかもしれませんが、人との対話、議論の中で言語能力も発達する大事な時期に、全員が押し黙って、ゲーム機に夢中になっている。。日本の将来が心配な光景です。

憲法第9条が平和憲法の理由にはならない理由

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

世の中には、大嘘がまかり通っています。 その筆頭は、憲法第9条が平和憲法という大嘘です。 2日、連続しての憲法論になりますが。。。

「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または行使は、国際紛争を解決する手段としてとしては、永久にこれを放棄する」 ここまでは立派ななのですが、次の第2項「陸海空軍その他戦力は、これを保持しない。 国の交戦件はこれを認めない」というのは、前文で「近隣諸国は平和を愛し公正と信義に基づいて戦争を仕掛けてこないという」という前提が正しければ良いのですが、現実はそうではないのです。  前提が間違っているのです。

憲法第9条は、日本から戦争へと進むことを禁止していますが、戦争というのは相手のある事で、いくらこちらから仕掛けなくとも、相手の国が侵略してくることまでは防ぎきれないのです。 この憲法、自分を抑えるだけで、外国からの侵略に対しては全く無頓着で、交戦権まで否定しては外国から侵略された時に戦ってはイケナイということで、抵抗すらできない。 と、言うことであれば、国民の「生命」や「財産」はどのように守っていただけるのでしょうか? 無抵抗主義で侵略した相手をそのまま無抵抗で受入れれば、戦いは無いでしょうが、国の「主権」や「基本的人権」までも冒されるのです。それでも戦いはイケナイ事なのでしょうか? 国民を守れない、このような憲法のどこが「平和主義」なのでしょう?

日本国内にまで来て暴力的に日本人を連れ去った拉致は戦争行為ですし、竹島も無抵抗のまま占領されてしまいました。 次は、尖閣どころか中国は、勝手に沖縄独立会議まで北京で開催しているのです。これは、沖縄を日本から奪い取ると公言しているのも同じです。 これが、「平和を愛し公正と信義」を信頼するとしている近隣諸国の実態なのです。 このような国々を相手に戦いは「イケナイ事」と何もできないで拉致被害家族は待たされたままなのです。 国民を護らない国が「国」と言えるのでしょうか? 今の日本が平和でしょうか?  拉致被害家族が何もしてもらえないこの状態でも、自分に関わりなければ平和であると目を閉じているだけではないでしょうか?

お気の毒なのは、自衛隊員です。 射撃標準レーダーを照射されても、自ら対応することは禁じられているのです。 これでは「死ね」と言われているのに等しいのです。この憲法を、このままにしておけというのは、日本に攻め込む事を狙っている勢力からすれば大歓迎です。 勝手に「平和憲法」と呼び、これを改訂することは戦争につながるというのは、全くの大嘘です。  このままの状態にしておくことこそ日本を狙う勢力にとっては好都合で、日本の政党が、そういう勢力の手先になっているのはおかしなことです。 日本の状況を正常にしようとする事に反対する政党は、日本人による日本の政党なのか疑ってしまいます。 国会内にまで、中国共産党 日本支部の勢力は入り込んでいるように見えます。

中国が戦争を仕掛けないようにするには、中国の経済を潰すしかありません。 最初は子犬と思ってエサをあげていた状態が、今や飼育係よりも大きく、凶暴で手の付けられない大型犬へと成長してしまいました。 この犬から噛みつかれないようにするには、エサを絶ち、この犬とは関わらないようにするべきです。 こちらから片思いの友好など意味ありません。 経済界は一刻も早く悪友とは手を切る算段をすべきです。

日本国憲法【漢方第9条】をノーベル平和賞にとは恥ずかしい

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

第9条があるから日本の憲法は「平和憲法」で、これをノーベル平和賞にと主張している方がおられるようですが、それは世界に恥ずべき行為です。 

憲法の中で侵略戦争を否定しているのは、日本だけではありません。 韓国、フィリピン、ドイツ、イタリアでも憲法で侵略戦争は憲法で禁止しています。 だからと言って、軍隊を保持しないとは言わず、立派な軍隊を保持するどころか、ドイツの戦車は世界中に輸出され、ほぼ「世界標準」に近い戦車です。ドイツ、イタリアはNATOという集団的安全保障体制の中核ですし、米国との「核シェアリング」で、いざという時には米国から核兵器を借りて自分で爆撃に行ける様に日夜、訓練しているのです。 侵略戦争を放棄するという事と戦わないということは同じではないのです。 むしろ、戦わない姿勢は相手の野心をくすぐるだけで、常に戦える姿勢こそが相手の侵略を抑止するのです。 そのためには他の国と協調して同盟関係で互いに助け合うのは当然のことです。

韓国も憲法では侵略戦争をしないと言いながら、竹島を占拠しています。 トランプさんの「アメリカ ファースト」【米国が一番大事】とあからさまにいう事で世界がショックを受けましたが、自国が第一というのは本音ではどこの国もみな同じ。 自分の領土を奪い返すのは「侵略」ではなく、よその国の領土でも自分の国の領土と言い張れば、「侵略戦争」をしないという憲法などあってもなくても同じこと。 憲法とはその程度の物なのです。

尖閣に押し寄せる中国漁船と中国海警の巡視船、日本の海保の巡視船がいなければ、これ幸いに尖閣に上陸することでしょう。 海保とその後ろで海上自衛隊がいるからこそ、今の程度で収まっているのですが、これとていつ何時均衡が失われるかも分かりません。 日本国内で憲法擁護、集団安全保障への反対をしている方たちは、実は中国/北朝鮮/韓国といった近隣の侵略国を擁護をしているだけの反日日本人なのです。 憲法の前文からして間違えているのは、「平和を愛する(近隣)諸国民の公正と信義に信頼して」とありますが、これが甘いのです。 国防は「近隣諸国は盗人ばかり」を前提にしなければいけないのです。 日本の近隣諸国は、日本人の拉致/竹島/尖閣と好き勝手な事をする「侵略国」ばかりではないですか?

戦争をしないと言うのは立派な事ですが、相手のある事で自分から仕掛けなくても既に尖閣で仕掛けられています。 このような現状をどう認識されているのでしょう? 、軍備もするな、兵器も売るな、自国だけで守り切れないから集団安全体制を取ろうとすると他国の戦争に巻き込まれるという身勝手な事をいう。 他国の戦争に巻き込まれるのは、自国の戦争に同盟国を巻き込むことと一体で仕方ない事なのです。 こんな自分勝手な事ばかり言っているのは能天気なのは日本だけです。 

軍備も保有しないと憲法で規定しているのに、文面以上に勝手に解釈して自衛隊という立派な軍隊を保有してる。 これで、ノーベル平和賞をとはよくも厚かましく言えるもので、同じ日本人として恥ずかしくなります。 憲法の文面と自衛隊という軍隊がある現実との乖離をどのように説明されるのでしょうか? まあ、相手のノーベル平和賞というのも、口先だけのオバマ大統領の核廃棄演説に騙される程度の甘い団体ですが、自衛隊は軍隊ではありませんとの言い訳を認めるほどはアホではないでしょう。。。

非接触充電ステーション

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

バッテリー駆動の機械が、電池が無くなりかけると自分で充電ステーションに行って、そこで充電を受ける。 まるで、お腹がすいた家畜が自分でエサを求めて帰って来るようなもので、そこで充電用にコードの接続をしなくても所定の場所に留まると、充電が受けられる仕組みです。EVを駐車場の特定の場所に駐車するだけで充電が受けられたり、家庭用のロボット掃除機も自分で充電ステーションに戻ってくるものもあります。

現在、進行中なのが、海底での非接触充電ステーションで、海中を自律的に航行する自律型無人探査機に海底で充電するものです。 これがスゴイのは、自律型で自分の判断で動くものの電池の容量で行動範囲が規定され、電池が無くなれば浮上し母船上に引き上げてから充電していたものが、勝手に海底に設置された充電ステーションに行って充電を受けるのですから、まるで原子力推進になったかのように、一年中でも海に潜っていられるのです。 海底の設置された充電ステーション自体には地上からケーブルで給電されますが、非接触式であるので、無人探査機自体に海中で電源コードを接続する必要はありません。 

陸上から遠く離れてケーブルが敷設するのが困難な場所でしたら、大容量の電池と共に予め沈めておき、無人探査機はそこで新たな電力を補給できれば、無人探査機の航続距離が、ほぼ無限大に近い位、大きくなるということで、遠く離れた外国の沿岸にまで無人探査機が行ける様になります。この軍事的価値は非常に大なるものがあります。現在は、学術研究用ですが、軍事用に転換すれば、海自の潜水艦が危険を冒すことなく適用範囲が広がります。 勝手に埋め立てをして軍事基地を増やすなら、その周囲に機雷を敷設してやれば港としての価値はなくなります。 3千トン近い潜水艦でその近海まで行くと浅い海で見つかってしまう可能性もありますが、小型の無人探査機であればその心配もありません。 

高速道路でのEVへの非接触充電も試験的に行われ、ただ走行するだけでなく、走行中に車載の蓄電池にまでも充電できるのです。 こうなると、電気自動車の航続距離の問題は一挙に解決します。高速に乗るまでと、降りた後の心配をするだけで非接触充電設備のある高速道路でしたら日本中、航続距離の制限はほぼなくなります。EVと水素燃料電池の比較で言えば、日本中に水素ステーションを作るのと、高速道路に給電設備を作るのとどちらが経済的なのか? 技術が解決できる社会問題は沢山あります。 面白い時代になってきたものです。

大間違いのアメリカ合衆国  倉田 満   KK ベストセラーズ

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

日本の明治からの外国との関係は、課せられた不平等な条約を乗り越え、途中の数度の戦争は当時の流れとしては至極当然で、昭和初期から大東亜戦争に至るまでも、日本の近代史は帝国主義の日本が悪いことになっていますが、この時代の帝国主義は日本だけではなく、我々のご先祖様たちは至極まっとうな方々で、これをハメテいった世界の国々、とりわけ米国の挑発についても勝てば官軍、負けた側が悪者になるのは仕方ないことです。 

戦後の教育では、悪いのは全て日本という洗脳が行き届き、米国の顔色をうかがいながら生きるのが当り前のようになってしまった今、今度は毛色の変わった大統領候補がこれまた、別の意味でのまっとうな「自分の国は自分で守れ」と言い出すと、居心地の良いぬるま湯に浸かっていたのに、明日から風呂の温度が変わりそうという心配の種が大きくなってきました。

本書は、アメリカの生い立ちに戻って、米国という国にがどんな国で、大統領選挙のルールから始まり、日米関係に関わってきた150年の中での大統領がどんな人物でどのような貢献をしてきたのかを採点する、この米国の歴史を理解すれば、並みの米国人よりも米国通になれそうな内容です。 

米国の文化は自滅へとたどる文化です。広い国土で働かせる安い労働力、奴隷として連れてきた人たちの子孫が増え、今では主客逆転の傾向の中で、国民は融和しませんから差別問題が大きくなりますが、これは自業自得なのです。黒人のみならず、最近はイスラム教徒の増加により、祝祭日にイスラムの祝祭日加えるようにとの要求に、全ての祝祭日をカレンダーから消してしまった学校もあるそうで、差別をなくすと文化も消えてしまいます。まあ、見方を変えれば、新しいものを生み出すには伝統にとらわれることのない方が良いかもしれませんが、国全体が根無し草、何処に向かうのか不安定な国になります。 米国は今や白人の国ではなく、奴隷の子孫と移民がマジョリティの国になりつつあります。

倉山さんは、米国を刀狩りもしていない信長時代の国であると指摘していますが、そこは違和感を感じます。元々、マニフェスト・ディスティニーなどと自分勝手な理屈でネィティブの人達を銃で暴力的に追い払い国土を拡大しましたが、その銃により拡大した国土であるからこそ銃を持つことが権利であり、その副作用で差別問題により乱射事件など発生してもこれも自業自得なのです。 どこの国にも社会と同調できない人々はいるもので、差別によりそういう層を広げてきました。 その方々が銃を乱射すると銃規制の話があがりますが、悪いのは銃というハードウェアではありません。たとえ銃を規制しても、社会に適合できない不満を待つ人は一定数がいます。 銃のない日本においても、包丁とナイフで19人も殺傷する社会不適合人種ガでましたし、こういう人は何処にでもいるものです。 銃や刃物の規制で解決できる問題ではありません。

今まで米国と日本の関係は主従関係で、日本は独立など許されない子分であったわけですが、トランプさんは、少なくとも「自分の国は自分で守れ」と独立を許す発言をしています。 日本と米国の関係、これは大事にしなければならないのですが、日本が少し大人になるのには良いキッカケで、そういう意味でトランプさんの出現は日本のとっても良い刺激です。


世界の終わりの歩き方  松田 元   双葉社

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

世界中が色々な局面でもう終末ではないかと思えるような様相を呈しています。 時代の大きなウネリは、今までの「まともな(あるいは古典的)価値観」で見たら正に末期現象とも言えるような事が起きていて、それを

1.政治の終わり
グローバリゼーションという世界金融に経済が支配され、その経済に支配された死に体の政治

2.国家の終わり
国が人を管理する時代のオワリ  国家が国家として成立する時代のオワリ

3.経済の終わり
貧困、格差  世界経済が破綻してもどこかで誰かが笑っている

4.平和の終わり
平和は世界中に張り巡らされた利権ネットワークの敵! だから世界が平和になることはありえない

5.労働の終わり
AIとIoTで労働はなくなり、そして人々は自殺を選ぶ

6.家族の終わり
血縁が前提の「家族」という驚異導体は、既に過去のファンタジー

7.論理の終わり
正義なき時代に正義を振りかざすバカの価値観は無視して生きる

8.SEXの終り
LGBTが認められ、もはや人間は、これまでの「男女」では分けられない

9.人の終わり
ヒトによる「人型生命体」の登場によってヒトがヒトたりうる時代が終わる

という9つの観点から解説しているのですが、斜に構えていますが冷静な観察で、内容には90%異議なしなのですが、残念なのは、我々は傍観者ではなくてその終わりゆく社会の中で流される側の主役なのです。 コーヒーのCMのようですが、ロクデモナイ社会でも素晴らしい社会と錯誤して生きて行生かねばならない点です。 政治や経済の仕組み、その限界についても理解している人には無用ですが、少しでも希望を持っている方には、その希望をなくすか、希望を強化するか、お勧めです。

見世物オリンピック vs 清々しい高校野球

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

前回の東京オリンピックの入場式は、各国きちんと整列してオリンピック・マーチで行進して入場しました。 その後の、ロスアンゼルス位からでしょうか? ダラダラと写真を撮りながらの入場となり、開会式はただのアトラクションと化してしまいました。 スポーツの祭典にこのようなケジメの無い派手な演出が必要でしょうか? まあ、毎年、カーニバルをするだけのことはあって上手で見応えはありましたが。。。

それに比べると高校野球の入場式と選手宣誓は清々しい。 高校野球がオリンピックの開会式のようなイベントになってしまったら高校野球の魅力も半減します。 オリンピック開会式も奇をてらった演出などせずに、オリンピック・マーチで整然と入場行進をしていただきたいものです。無駄な費用をかけずにコンパクトなオリンピック/パラリンピックをめざすなら、過度な演出をせずに、高校野球のような質素な、しかし清々しい入場行進をする開会式は、リオを「コッテリ系のフルコースの食事」とするとまるで「お茶漬け」のような質素さですが、もはや、フルコースの食事にあこがれる時代ではありません。 好みの問題ですが、コッテリの演出過多は食傷義気でサッパリしたお茶漬けのほうが好印象でした。

今回、選手各位にはスマホが配布されたとのことで、各国の選手は写真撮影しながらの観光旅行といった風情でしたが、だらけた感じですね。 スポーツのイベントなのですから、入場行進する選手諸氏は、カメラやスマホによる撮影は禁止。 見つけた場合には即、没収という位、キッチリやって欲しい。 スポーツはルールの上に成立しているのですから、ルールを守れない場合に没収というペナルティがあるのは当然です。 

と言うと時代錯誤の暴言と思われるでしょうね。 十二分に承知しています。 これからの時代は生まれた時からスマホのある世代が主流となり、私などは「ダラダラスマホ」に嫌悪を覚える最後の世代で、今後は、「ダラダラスマホ」が世の常識になりますから、今後の世代に最後の範を示すべくスマホ禁止の大会にするのです。 今や世界中が「ながらスマホ中毒」ですから、これを禁止などといえば反論が大きいことでしょう。 しかし、ケジメという模範を示すのも「おもてなし」以上に大事です。 「おもてなし」というのは、何でも相手の希望することを叶えて差し上げるのとは違います。 規制があっても悪いことではありません。

話は飛びますが、領海侵犯を故意に繰り返すかの国の公船ですが、これもミサイルの一発も喰らわせて「ケジメ」という概念を教えてさしあげなければ、何でも自分の思うようになるという大国の思い上がりは収まらない事でしょう。 武装漁船を200隻も伴い、漁民が尖閣に上陸するかもしれませんが、躊躇することなく、即、反撃しなければなりません。 漁船であれば民間人、民間人であれば日本は武力行使できないと思っているのでしょうが、実際は平服を着た軍人ですから遠慮はいりません。 米国や国連に頼らず、自分で排除せねばなりません。 オリンピックだ3000本安打だというスキを狙って来るのはまるでゴキブリです。

今年の夏も屋外イベントで活躍しています  屋外イベントでの必需品 PDCE避雷針

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

横浜赤レンガ倉庫に高所作業車がPDCE避雷針を高く掲げています。 高所作業車の一番上で白っぽく見えるのがPDCE避雷針です。 最近は、屋外イベントに人を集めたら落雷対策をするのが、イベント業界の常識になりました。 今までに不幸な事故を経験し、これにより意識レベルが向上し、落雷対策をしておくイベント主催者様が増えてきたのは嬉しい限りです。 

ここ、みなとみらい地区では、ひと月前の7月4日夕方に23分間で300発を超える大落雷があったばかりです。 そんな場合には建物に逃げ込むのが一番です。 雨宿りできそうな大きな木もたくさんありますが、木の下での雨宿りは危険ですので絶対にしないでください。

  世界を変えた素人発明家   志村幸雄  日経プレミアム

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

時折、元気を出すために読み返すのが、この「世界を変えた素人発明家」です。 私も遅咲きの発明家で7年前にこの会社を始めて以来、出願した特許は27件、3件は途中で放棄し、17件が成立し、今も7件が審査中です(共願で名前だけの物もいくつかはありますが)。 弊社、PDCE避雷針だけではないのです。

若い頃もアイデアは豊富でしたが、大きな会社組織では営業職が特許だなどと新しいアイデアをだしても、研究職の側から嫌がられ、また、営業職の上司からも「特許だなどと、余計なことをしていないで注文をとってこい!」という職制の壁がありました。研究開発の専門職ではなく営業職であっても仕事の分野での発明は職務発明ということで、会社の許可がないと出願さえできないのです。ところが、自分で会社を始めたために、開発予算として特許出願も自由にできるようになったことと、良き特許事務所(みなとみらい特許事務所)に出会えたために、この歳になって発明に目覚めることができました。  

本当の専門職として、研究開発をしてきた私の尊敬する先輩は、化学の専門家で200件近い特許をお持ちで、この先輩曰く、「松本さん、特許というのはもっとキチンと研究した結果で作り上げるものだよ」とお叱りを受ける位、私の発明は研究に研究をを重ねてというのではなく単なる思い付きのアイデアばかりなのです。

そんな私が勇気を得る事のできるのが、昔の発明家の伝記です。 最近の研究者は、専門教育を受けて研究者になられた方ばかりで、ド素人の思い付きでは対抗できない高度に専門された分野が活躍の場となりました。私は、経営者であり、営業部長であり、総務部長でもあり、経理部長も兼務であり、研究一筋という訳にはいかないのです。 しかし、この多方面での仕事というのがインスピレーションの源にもなるのです。

昔は、現代と異なり、社会全体に教育が行き渡ってはいませんでしたから、教育の成果物としての発明というのは余りありません。そういう意味では、現代人は教育の受けすぎ、考える前に覚えよという教育が過剰のようなきがします。 パスカルなど、学校教育など受けたことがないのにトンデモナイ発明をいくつもしているのです。 当時は皆、素人化学者、素人発明家だったのです。そんな例が、パスカルだけでなく、蒸気機関のワット、紡績機械のアークライト、避雷針のベンジャミン・フランクリン、電気のファラデー、エジソン、ベル、ライト兄弟、無線のマルコーニと偉大な発明家の逸話を読むと元気が出ます。 エジソンも不登校児童で、母親が家で教えたそうです。 こういう天才たちには教育は無用のようです。

私の特許の中でが実用化に漕ぎつけたい発明は、

1)高層ビルの高さを利用した風力発電 
2)落雷し難い「風力発電用ブレード」
3)落雷し難い「架空地線」
4)落雷し難い「棟上げ導体」
5)海底から浮かび上がる「潜水式防波堤」

などがありますが、いずれも弊社の事業規模では単独での実用化は無理で、どこかの大企業との協業が必要です。 まあ、焦っても仕方ありませんので、2020年を目指して実用化を達成できたらと思います。 何年かかるか分かりませんが、そういえば、昔、そんな話を聞いたことがあると思い出していただけるようになれればいいのですが。。。

  製品のネーミング    PDCEは、落雷バリアではありません

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

分かり易い製品名は大事です。 「名は体を表す」という言葉のように、商品名を聞けばそれがどのようなものか直ぐに見当が付く名前は大事です。 しかし、実態よりも大げさな名前は誤解を生みますので注意せねばなりません。 昨日のブログと重なる部分があるのですが、弊社のPDCE避雷針に「落雷バリア」なる名称を付けたいとの相談があり、それはお断りしました。 名前が実際と異なるからです。

「バリア」が張られていると聞けば、どのような印象を受けるか? 映画で言えば、巨大なUFOが地球侵略にあらわれ、これを向け撃つ戦闘機から発射されたミサイルが、UFOの張ったバリアに触れると次々に爆発し、1発もUFOの本体に命中しない。 そんな強力なバリアを張るにはどれだけ巨大なエネルギーを必要とすることやら。 落雷を、もし、ハネ返すとしたらとてつもないエネルギーが必要になります。 落雷は数だけでなく1発当たりも強力なものが含まれることがあり、例えば600クーロン級の落雷であれば、100万トン級のタンカー数隻分の重さにも相当しますので、これをバリアなど張って跳ね返すことなど到底不可能なのです。

その不可能な事をできるが如く錯覚するような名称を用いるのは「誇大広告」のようなもので、そのような名称を付けるべきではありません。 世の中には、科学を語った「エセ科学」というようなものも多くあります。 そういうものと混同されないためにも、名前には分かり易さだけでなく、シッカリと説明できる根拠も必要です。 ということで、「落雷バリア」なる名称は、実際の機能を遥かに超える「誇大名称」でそのような名前を見たら「ウソ」と思った方が良いでしょう。

弊社製品の販売が広がると、弊社の手の届かない所で独自の解釈による説明がされたり、独自の名称が使用されたりすることのないように気を付けてはいますが100%、コントロールできません。 販売員の中には、「絶対に落ちない」と言い切ってしまう方もたまにはおられ、販売網の広がりと同時に「質の確保」も大事な局面になってきています。

 製品への自信と不安

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

昨日は、明け方、地響きを伴う落雷の轟音で目を覚ましました。 すると、何処からか電子音の音楽が鳴り始めました。 明け方の3時ですが仕方ないので、明かりをつけて音の源を探しました。 固定電話からでした。 この電話、墓石や墓地の勧誘ばかりで知り合いは皆、携帯に電話してきますから、固定電話などこの数年使用したことはありませんので、この電話にこのような機能があるとは知りませんでした。  電力の瞬停があったようです。 この雷、朝、7時頃まで雷鳴が聞こえていました。 家の近所では、暫くなかった強力な落雷でした。

雷の雷鳴、怖いもの見たさですが大好きです。 最初の高音の「バリッ」から少し間をおいて「ドカドカドカン」と低音に移る音の幅の広さと力強い音が好きです。 子供のころ、目の前の電信柱に落雷を下のを目の前で見たという知り合いは、その時の怖さがいまだにトラウマになっているとのことです。 安心と分かっている場所から前もて知った雷を見るのと、フイをつかれたのでは印象が大きく異なる事でしょう。

あの音を聞くと、音だけでも相当のエネルギーですから、本当にあのようなエネルギーを防ぐことができるのか? と考えると不安になりますが、あの音は落雷として成立した後に発生するもので、弊社のPDCEは、あの轟音を伴って落ちてくる雷を防ぐのではなく、その現象が発生する前の段階で、発生しないように機能しているのです。 あの落雷が発生してしまったあとでは、それをハネ返すことなどできません。

と、理屈では理解していても、常に100%、防げるわけでもなく、日本中で1000台も使用されていれば、そのうちの数台に落雷が発生しても仕方ありません。 お客様には、常に100%ではないと説明し、そのご理解の上でお使いいただいているものの、やはり落雷があれば御客様は Happy ではありませんから、雷雨があれば落雷事故のないように、息子たち【PDCE】がキチンと働いているかどうかは一番の心配事です。 大丈夫との自信と不安が交錯し、雷雨があると身が引き締まりまります【体重は変わらないのですが】。。。

同一労働同一賃金??

2016年8月2日


こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

政治家の方が安易に「同一労働同一賃金」を約束していますが、これは安直な平等論のように思います。 

例えば、コンビニやスーパーで、仏頂面でレジを叩いている方と、単純な仕事であっても創意工夫をして笑顔で応対する人をこれは同じ仕事であるから同じ賃金であるというのはプロ精神を認めない愚策と思います。 高度な専門性を必要としない単純作業などみな同じと思うのが間違いであり、人から見れば単純と思える作業の中に如何に創意工夫を入れられるかというのは人それぞれなのです。 古くは、冬、主君の草履を懐で温めて出世の機会を得た木下藤吉郎の話もあるように、仕事に取組む姿勢の違いこそが大事で、当たり障りなく時間だけこなせば、皆、同じ賃金であるというのは昔の共産主義そのもので、総理大臣が「同一労働同一賃金」と言い出すとは日本はいつから共産国家になったのかと耳を疑いました。

最近は、マックにはほとんど行きませんが、注文時に笑顔でもう一品勧めたり、レストランでも、客への気遣いなど細やかな接客態度など素晴らしい人は本当に見事なのです。以前、よく通ったレストランで聞きましたが、大皿から取り分ける時にフォークとスプーンを片手で箸のように使えるスキルがあると時給が高いレストランで働けるとのことでした。ウェートレスと一言で言っても、そのスキルはピンキリなのです。 同じ仕事をしている限り、全くの新人さんも、10年選手で仕事の隅々まで熟知した、気の利く人と同じというのは悪平等です。しかし一方、10年もやっているのに新人よりデキが悪いという方がいるのも事実です。同じ仕事をしていても差が出るのは世の常ですが、何を基準に賃金を決めるかは難しい問題ではあります。 

社員が自分の成果を仲間にアピールし、社員同士で給料を決める会社があり、そらは上手く機能しているそうです。 仲間内の評価というのは、案外正しいかと思います。 人間は自分自身よりも他人の観察が好きで、己の自己評価よりは他人の評価の方が上手な人が多いのです。 今回は、非正規社員が正規社員より低賃金でコキ使われることを防ぐためなのでしょうが、単純、安直に過ぎるように思えます。 賃金の不満というより、制度の透明性の問題もあります。 賃金を決めるルールが明確で公開されていれば、納得できるものでも、非正規というだけで差別されるのは不愉快と思われるのも理解しますが、雇用形態が軽い、非正規を好む方もいたり、働き方の多様化もあり、複雑な問題であるのですが、「同一労働同一賃金」という単純な掛け声でプロフェッショナルな方の賃金が下げられないことを願っています。 

資本主義の下では、経済性が第一で立場が異なれば利益も異なり、どちらか片方の意見が正しいという「正解」はありません。 巨人軍だけでなく、不条理、不公平は永久に不滅なのです。 選挙では、それを正すという公約をよく目にしますが、所詮、無理な事でそれを約束するのが嘘つきなのです。 政治が介入して解決できる問題でもありません。

東京が「非核宣言」?

2016年8月1日


 こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

 まだ都知事の選挙中ですが、このブログが公開されるときには都知事が決まっています。 東京を「非核都市宣言」するとか「原発」を廃止するとか、お決まりの左巻きの主張ですが、このような方が都知事にはなれないことを祈っています。 まあ、都政と直接関係のないこのようなことを争点に持ち出して選挙に勝てるわけはないと思いますが。。

北朝鮮の核兵器は実用化に向かって進歩し、中国の軍拡も進んでいる中、米国の大統領がどちらになっても日本の軍事面での独り立ちの要求は高まります。ロシアのプーチンも核の使用を厭わない姿勢を認めましたし、「核のない世界」などは幻想であり、反対に核の時代に向かっています。 一人偽善の「核のない世界」など、日本の平和のためには何の役にもたたないどころか、日本を弱体化させたい勢力を喜ばせるだけです。 日本は唯一の被爆国、であれば、核兵器の兵器としての素晴らしさを認めるのが第一で、痛い目に遭ったから、もう使うのは止めてくださいと世界にお願いしても、核兵器の威力を知れば、自分の国も核武装しようとるるのが普通なのです。痛い目に遭ってシッポを巻いて背中を見せるのはまさしく負け犬根性です。 核兵器を二度と使用させないためには、核兵器を無くすのではなくて、核兵器による報復体制を確立し、自分は使えば相手も使うという理解の下で相互に核の使用を抑制する以外に道はありません。 日本を敵視する近隣諸国が核武装を進めているのですから、それと同等以上の軍備を整えるのが当然であるのに、何を能天気に核兵器に反対しているのか? そのような主張をするのは、近隣諸国からの回し者としか思えません。 防衛問題は国策でして、一地方自治体が決めることではありません。

東京という過密都市を支えてきたのは、福島と新潟の原発です。 この運転を止めていることで、どれだけ膨大な化石燃料を燃やして温暖化ガスを出しているか? 東京都として、エネルギー政策をどう転換し、それに東京都がどのように貢献できるのかということなしに、ただ、原発を止めろとは、フランスの原発からの電気で支えられながら原発反対と言っているドイツの様なもので、無責任極まる発言です。 日立/東芝/三菱といった原子力産業は日本の宝なのです。 重厚長大のこの産業は一朝一夕にまねのできるものではなく、また、その技術を温存し、継承していくためにも原子力産業は必要で、その中で長期的な課題として、廃炉技術、廃棄物処理技術を確立させ、安全・安心な原発へと方向転換させるには都知事の任期ではたりません。 これは国策であって東京都が口を出す問題ではありません。

このような都政と関係のないことを都知事選挙の争点にすること自体、都民を馬鹿にしていて、取り巻きの政治団体も勘の悪さを示しています。 選挙中なのでコメントは控えていましたが、すべては明日の選挙できまります。 この候補が当選することはないと思っていますが、あの歳で、新しいことに挑戦する元気なお姿を示していただいたことはご立派です。あの元気さは、私の次の10年の目標になります。

PAGE TOP