株式会社落雷抑制システムズ

雷ブログ

ドイツの海洋調査船 SONNE

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

一目でドイツと分かるストライプ。 おしゃれな塗装です。 大桟橋の山下公園側に停泊しているので、ランドマークからは大桟橋の陰に隠れて良く見えないので大桟橋まで行って写真を撮ってきました。 南海トラフ、日本海溝の調査のためにはるばるドイツからやって来たそうです。

大きさとしては5千トン程度で、海洋研究開発機構の「かいれい」と同じくらいと思いましたが、船首が高く、荒海に強そうです。しかし後部甲板は海面に近く、潜水艇の上げ下ろし、海面活動に便利そうでした。 後半後部はコンテナが多数並べてあり、米国の沿海域戦闘艦のように任務に応じたコンテナを用意できる多用途性と見受けました。 いかにもドイツらしい強そうなクレーンが何でこんなにクレーンばかりが?? と思うほど船体中央、船尾についていました。 「かいれい」は、全体的に均整がとれていますが、SONNEは船首ばかりが大きく、船体後部は切り取られてしまったような、フロントヘビーな姿です。 船首だけ見れば、5千トン以上の船のように見えました。


横浜ランドマークタワー vs  アベノハルカス

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

大阪から、弊社のあるランドマークタワーに来られる方は、アベノハルカスの近所は少し歩くとラブホしかない。 しかし、「みなとみらい」はこの地域の面的な広がり、ランドマークタワーだけではなく、高級ホテル、国際会議場、展示会場、遊園地、観覧車、美術館、ショッピングモール、映画館など面的な広がり。 これが、ただの高層ビルのアベノハルカスよりも充実しているとよく言われます。

しかし、そのアベノハルカス、行って見るとエレベータは荷物用のように広く、壁面はガラスで明るく、ランドマークタワーに比べるとコンセプトの新しさ感じます。 ニューヨークのエンパイアステートビルに初めて行ったとき、重厚な雰囲気に圧倒されましたが、やはり「古い」という感じは否めませんでした。 アベノハルカスからランドマークに戻ると、初めてエンパイアステートビルを見た時と同じような印象を受けました。 ただし、重厚さはなく、ただ「古い」というだけですが。。。 

まあ、20年も違えば異なるのは当たり前ですが、高層ビルの技術、素材、コンセプト、変わるものです。 立地している地域はともかく、ビル自体は非常に印象的な建物でした。

集団的自衛権は保険です

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

安保法制から一年ということで、相変わらず反対デモしている方もいるようですが、この方たちは保険に入ってはおられないのでしょうか? 多くの方が、火災保険/自動車保険/生命保険など、何種類もの保険に入っていますが、「他人様が不注意でしでかした事故や火災、病気に何で自分の支払った保険金が払われるのだ?」などというアホな質問をすることはなく、まさかの時に支え合う保険についての仕組みは多くの方が理解していることと思います。

軍事同盟、集団的自衛も同じことなのです。 自国に降りかかる戦争という災難の場合には、他国を巻き込んで集団的に戦う。 その代償として相手の戦争には自分も加担する。 保険金の受取だけ期待して、保険料の支払いはしたくない。 そのような事が許されるハズはありません。 いい大人が何故、このような理屈が分からないのでしょうか? 政府もキチンと言うべきは、自衛隊も他国の戦争に加担するのですからリスクは増えるのです。 そのようなリスクの高い、しかし国を守るという崇高な仕事をしていただいているのですから、きちんと憲法で認めるべきなのです。 世界から、領土、資源、覇権の争奪戦は永久に無くならないというとこから出発しなければならないのです。「世界平和」などは、ありもしないことを理想のように錯覚させる言葉の詐欺の様なものです。 

ついでに言えば、日本は米国との安全保障条約だけでなく、NATOにも参加すべきです。 そんな離れた欧州の?? というのは偏狭な考えでして、第一次大戦では、日本も連合国側で戦い、地中海にまで日本海軍を派遣したのです。 その当時、日本海軍の勇敢な戦いぶりは欧州でも称賛されました。 当時は、被災した船の乗組員は見殺しが普通であったそうです。 救助になど関わりあったら次は自分が攻撃対象になってしまうとの恐れからです。 ところが、日本海軍は当時の欧州の常識を破り、自らの危険を顧みずに救難活動を行ったそうで、輸送艦隊の保護では日本海軍に護ってもらいたいと願う輸送船が続出したそうです。これを称えた記念碑がマルタ島にあります。 これは、我々がご先祖様を誇りに思うべきことなのです。 その当時からすると、現在の日本の精神構造はまさにデフレです。 何を縮こまった話ばかりしているのか、ご先祖様から「喝!」を喰らいそうです。

北方領土の返還交渉にあたっても、返還しないなら日本はNATOに参加するとロシアを脅してやるのです。 日本がNATOに加入すれば、欧州と極東の2方面を抑えられるロシアは、日本のNATO加入には激しく反対するでしょうから、それが日本の強力なカードになります。 中国も嫌がる事でしょう。 敵の嫌がる事をするというのは、戦いの第一歩です。 米国という保険だけでなく、欧州とも保険をかける。 それは、日本がNATOに加入することです。

戦争はイケナイ事であり、ひたすら「平和」という念仏だけを唱えろとは、日本の台頭を恐れた米国が戦後、日本人を精神的に去勢して二度と米国に立ち向かう事の無いように仕組んだ構造なのです。 米国に立ち向かう事を無くすと言う点では成功しましたが、今、この構造を中国、韓国、北朝鮮が利用しているのです。 戦争はイケナイ事ではなく、どこの国にも【北朝鮮にも】認められた国を守る最後の手段なのです。 それを否定するということは、自らの存在をも否定するのと同じ事です。 戦争は、なるべくしない方が良いに決まっています。 「戦争をしない」という表向きの言葉を掲げながら、実際には戦争のための準備を怠らない、という2面性が大事なのです。


新説 ミッドウェ―海戦  中村秀樹  光人社

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

元海上自衛隊の潜水艦艦長であった中村さんによる、現代の潜水艦がタイムスリップでミッドウェー海戦に巻き込まれる空想話ですが、日本海軍、というか当時の潜水艦のみならず海上艦艇の対戦能力は、現在のレベルと比べれば70年も前の事ですから力の差は月にスッポンで、米国艦隊を殲滅するという痛快なストーリは、海自の潜水艦が一隻あれば当時のアメリカ艦隊などいとも簡単に始末できてしまう、艦船の性能や装備など、軍事技術の優劣が一国の将来を決めてしまうという軍事技術の格差論でもあります。

北朝鮮は自分なりに国防の観点から核兵器とミサイルの開発に力を入れていますが、これを非難しても何の役にも立ちません。 自国を防衛するというのはどの国にとっても当たり前のことで、その方法論について他国が文句を言ってみてもそれで方針を変更することなど在り得ません。 また、敵対していない国々は、自国は攻撃対象ではありませんから、他国の関係などどうでも良い事なのです。

米国も爆撃機 2機ばかりを韓国に派遣しても何の解決にもなりません。 その程度の脅しで屈服しないのは敵ながらアッパレな北朝鮮で、彼らの脅威を解決するには、先制攻撃で北の軍事施設と首都を壊滅させるしかありません。 これは後になるほど困難で、悪い芽は早い時期に摘まねばなりません。 そこまでの覚悟もないまま爆撃機など派遣してもただのポーズだけ。何もしないオバマさんのいつものカッコだけであるのは見飽きた光景です。

情けないのは日本です。 国防技術の研究を怠っておきながら、相手が核兵器を配備しそうになってキャンキャンと負け犬の如く国連で演説などしても、今回ばかりは安倍さん、アホか? と言いたくなりました。 国連など何の頼りにもならず、国連でで問題が解決できるなら、世界からとっくに戦争は無くなっていることでしょう。 実効的な意味は無くても、格好だけ付けるというのが国連ですから、いい加減に国連頼みの夢は捨てられた方が現実的です。

まあ、お気の毒なのは、戦いはイケナイ事、平和を唱えていれば平和になるかのようなオトギ話を信じ込み、度を通り越した超善良な平和ボケ国民が多い中、攻撃兵器ではなく防御兵器であっても中国に加勢する反日日本人により、防衛技術の研究を国策の第一目標にするのは困難なことでしょう。 しかし、今、北朝鮮の前に丸腰になってしまいます。 戦後70年、馬鹿の一つ覚えで「平和」「平和」と叫んで、戦うことを忌避し、近隣諸国の動きに注意を払わなかった代償です。イスラエルであれば、相手が核配配備をする前にとっくに先制攻撃をして潰していたことでしょう。 国防についての真剣さに欠け、自分で自国を守る術のないアホな国の運命は、残念ながらアホな国民と共に消えゆくのみです。


誰に謝るべきか?

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

先日、会話の中で、業界人であれば当然知っていなければならない業界の事を御存じなかったので、それを指摘すると「不勉強で申し訳ありません」との言葉が返ってきましたが、大きな違和感を感じました。 

己の不勉強というのは他人に謝るようなものではなく、謝るのは自分自身に対してです。 その不勉強により今までにどれだけ自分のチャンスを逃したことか、不勉強の結果の不利益を被るのは本人であり、私ではないのです。 ですから、私に謝るのではなく、自分自身に謝るというのが筋なのです。 この場合の不勉強というのは、単にある事柄について知識が「ある/ない」というだけの話だけでなく、物事がどうあるべきかという「理屈」についての思考も停止してしまっているように見えました。 毎日、惰性で仕事をしていてはいけないのです。

先日紹介しました、「言葉にできるは武器になる」この中には、参考になる言葉が沢山ありますが、その中で一番、共感できるのは「自分の可能性を狭めているのはいつだって自分である」でした。 

「自分丸」という船が、安全な航海ができるように万全の準備を行い、新航路の発見を目指すのは船長たる自分の責任なのです。 今の世の中、何も努力などせずとも適当に安逸な暮らしも可能なのですが、それは身の回り半径10mの範囲内の話です。 世界的に見れば、欧州、米国、中国という不安定な要素の中で北朝鮮のような国もあり、経済/国防などの近未来はイバラの道です。 国民一人一人のレベルの低い国は存続できなくなるでしょう。 

世界で何が起きているかシッカリ目を見開かねばなりません。 ポケモンGOのレアキャラなどを探し求めて徘徊するのはせいぜい中学生まで。 いい歳をした大人があのようなものに夢中になるというのは、アホ・レベルメータなるものがあれば最大値、あるいは針が振り切れることでしょう(アナログですね!)。 陰謀説で言えば、民衆の話題を低次元のところに引き付けておく愚民化であるとも言えます。 生活年齢は大人でありながら知的レベルは中学生と自分で表明しているようなものです。 「恥を知れ!」と言いたいところですが、大人としての自覚や恥は絶滅危惧種のようになってしまいました。


台風の中での出張

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

台風16号の中、広島に日帰り出張をしてきました。雨が降ろうと、槍が降ろうと御客様とのアポ優先です。 台風に向かう行きの飛行機は、広島に着陸できなければ羽田に戻るという条件付き、台風を追いかける帰りは羽田に着陸できなければ広島に引き返すという条件付きでした。 揺れる飛行機、大好きなのですが、残念ながらそれほど大きな揺れもなく無事に終わりました。 いくら揺れても墜落する事はないと信じていますので、揺れても怖いことなどありません。 それよりは70トンもある機体を揺らす自然の力に驚きます。

空から見ていつも思うのは、日本には開けた広い土地が少ないことです。山間の川沿いであるとか、川の先端の扇状地であるとか、川の水位が上がったら危険そうな場所、山が崩れたら危なそうな場所、そういうところしか建物を建てる場所がないのですから、今回も被害に遭われた方にはお気の毒です。

墜落ということでいえば、出張中の墜落事故というのは最期の迎え方としては最上であると思っています。 墜落であれば、痛みを感じるのは短時間です。 自分の生命保険の他に職務中ですし、航空会社からの補償もあります。 しかし、最近は航空事故は少なくなり、墜落事故など宝くじの1等よりも確率は低いことでしょう。 まあ、それ位の覚悟がなければ出張などしていられません。

広島空港は広島市ではなく三原市にあります。 空港でお好み焼きを御馳走になりながら、広島カープの優勝について三原市民も広島市民と同じような歓喜の中にあるのかを訪ねてみると、これは個人の差もあるでしょうが、かなり醒めたご意見でした。 やはり、そういう人もいるはずです。 私も横浜市民は長いのですが、ベイスターズにはなんの関心もありません。 広島市の隣の三原市ですから、関心の低めの人がいるのも、これは健全な事です。 全員がすべて同じように熱狂的であったら、その方が気持ちが悪いことです。

「言葉にできるは武器になる」  梅田悟司  日本経済新聞出版 

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

広告会社でコピーライターとして「言葉」の扱いを生業としている著者が言葉について語っています。すべての職業人は、自らの生業としている分野のプロであるべきで、「言葉」についてこれだけを語れるのはさすがに一流のコピーライターとお見受けします。 世の風潮として、「外に向かう言葉」の比重が高く扱われる心の中の「内なる言葉」が大切さを説いています。

私も「内なる言葉」の存在を意識するようになったのは英語の勉強でした。外国語をそのまま理解しろとは外国語学習ではよく強調されるのですが、単純な文でしたらそのまま理解できますが、少しこみいった長めの文章の外国語を通訳する時、それは整った日本語で理解しているのではなく、日本語と英語、それに言葉にならない「中間言語」のような形で外国語を理解し、次にそれを日本語に組み立てるという作業をしているのです。 単純な会話であれば、その中間言語と感情で反応するだけで、日本語を元に意見を組み立てる訳ではありません。

文章の中の単語の意味が一つ二つ分からなくても、メッセージとしては5W1Hの要素は把握した「内なる言語」で理解しているのですが、直ぐに「外に向かう言葉【日本語】」にならないのです。 以来、「内なる言語」については意識していたものの外国語と日本語の間の内なる中間言語としての認識しかありませんでした。 しかし、ここでいう、「内なる言葉」は、外国語/母国語の間の Internal Language のようにフニャットした存在ではなく、自分との対話を行うキチンとした日本語です。

外国語と関係なく、日本語での「外に向かう言葉」を磨くには、「内なる言葉」の存在に意識を向けて「内なる言葉」を磨く鍛錬の重要さと、後半では具体的な方法論を解説しています。 自分の考えをキチンと「内なる言葉」で整理する。 議論の中の流れで「外に向かう言葉」だけで進んでしまうように見える場合でも、心の中に整理された「内なる言葉」により、議論の事柄についての情報や自分の立ち位置がハッキリしているかいないかは重要なことです。

人は考えているようで、思い出している。 との言葉もドキットとさせられます。 「下手な考え休むに似たり」ということわざの如く、考えているようで、過去の経験の周辺を堂々巡りしているだけの事はよくある事で、全ての自分の常識は単なる「先入観」として客観的に「内なる言葉」を意識して整理するというのは大事な事です。 これは自分を見つめる手段としての言葉を強調していますが、自分を見つめるという点では「内観法」にも通じるものがあります。

反省するのは、職場において、同僚と言葉を交わしますが薄っぺらな報告を聞いているだけで、本質に迫るような議論をする機会はないのです。 言葉のコミュニケーションが大事なのは言うまでもありませんが、その言葉の意味やツールとして見た時の「使い方」、単なる言葉ジリの話ではなく、モノを考えるとはどういう作業であるのか、言葉自体や自分の考えをまとめあげるための方法論、これを振り返るには絶好の一冊です。 この梅田さん、議論の相手としては手強いでしょうね。

自然災害の克服    防霜ファン

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

茶どころに行くと茶畑に扇風機が見られます。 これは、「防霜ファン(ぼうそうファン)」と言って、霜を防ぐためのものだそうで、全国60%のシェアを誇るフルタ電機による商品名だそうです。

冬、日中は地表近辺の気温が高く、明け方はこれが逆転し、地上5~6mの気温は5℃くらいあっても、お茶の葉の周囲は0℃となり、お茶の芽の周囲が凍結して生育に悪影響が出るのを防ぐために、上空の温かい空気をお茶の葉に吹き付けて霜が降りるのを防ぐそうです。 

屋外の施設ですから、このモータも防水対策になっているでしょうし、住宅地の近所ばかりではありませんから、電線を畑の中まで引き込んでの工事も必要です。防霜ファンもかなりの密度で設置されていますから、結構な設備費用がかかることでしょう。

自然災害の前で人間の存在は余りに弱く、堤防があってもそれが崩壊したり、橋も橋桁ごと流されたりもします。 そんな中で、この「防霜ファン」は、「霜」という自然災害を克服しているですから大したものです。 これも畑に一つだけでは効果が薄いでしょうが、畑一面の寒気を吹き飛ばすのですが、電気があってのことで、電気というエネルギーはありがたいものです。 

お茶を飲むとき、これが電気エネルギーのお陰であると思う人はほぼ皆無でしょうが、自然災害を克服している例として貴重です。 1台で約200平米をカバーすると想定すると全国の茶畑の面積が約4万ヘクタールとして、その半分に防霜ファンが設置されていると仮定すると10万台もの防霜ファンが全国で働いているのです。 スゴイですね。。。。

弊社のPDCE避雷針も、1個所だけの対策でなく都内全域に、この防霜ファンのようにアチコチで建てれば、都内全域への落雷を防止できる。。。なんていう時代ははるか先の事でしょうが、それだけにこの「防霜ファン」、お見事です。

PDCE避雷針の全国での設置数はまだ1000台、防霜ファンのたった1%だけです。 防霜ファンの設置数は良い目標になります。 首都圏の全域にPDCE避雷針を。。などと言えば誇大妄想のアホと思われるでしょうが、防霜ファンは全国のお茶畑を制覇しているのですから、それほど突飛な話しではありません。 防霜ファンも最初の頃、茶畑全体に扇風機を付けるという発想を受け入れてもらうまでには簡単ではなかったのではないでしょうか。

五歳の男の子の絵

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

約一月ほど前、弊社の入り口で何か人の気配がするので、出て行ってみると可愛い男の子とそのお母さんが、入り口に飾ってある地球深部探査船「ちきゅう」のポスターを外から見て盛り上がっていました。 中に入ってもらってユックリとポスターを見てもらうと、一般公開の日にこの「ちきゅう」に見学で乗船した事があり、そのポスターを見て思い出していたとのことでした。 会議室にある深海調査船「かいれい」の写真を見ると、この船にも見学で乗ったことがあるそうで、珍しいJAMSTECファンのようでした。

私の出張中に、また、会社に封筒を置いて行ってくれました。 その中には、この男の子の描いた絵が2枚とお母さんからの挨拶状が入っていました。 その一枚がこの絵です。 「しんかい6500」の上には「龍宮の使い」のような魚、下には「大王イカ?」がいて、5歳の男の子の豊かな想像力に感心しました。 私も子供のころには空想をするのが好きで、見たこのもない潜水艦の内部の機械の配置などを想像して書いていました。 歳を取るにつれ、目の前の見たものしか信じなくなり、空想の絵などは何十年ぶりでしたが、この5歳の「純君」という男の子の想像力に感心しました。 頭の中は好奇心で一杯。 想像力を働かせると、見たことのないものまで頭の中では見えるのです。 深海では、光が届かない暗黒の世界である事も理解していて、海の中が単純に「青」ではなくて「黒」を背景にしているのも空想ながら写実的で5歳にしては立派なものです。

「子供の興味にはトコトン付き合う」という純君のお母さんも立派です。 子供の見分を広めるために、純君の好きそうな「ちきゅう」や「かいれい」などの本物を見る機会があればそこに連れて行って実物を体験させる。 本物を見た純君はさらに想像力を高める。 5歳にしては色々な事を知っている元気な男の子でした。 子育てを楽しんでいる若いお母さんを見て、自分の子育て時代を思い出しました。 こういう少年が未来の日本を背負っていくのですから、JAMSTECさんの一般公開というのは、研究には何の役にも立ちませんが、将来の研究者をリクルートする意味で非常に重要な活動と認識しました。

学生フォーミュラでスポンサーになりました

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

このリアウィングに弊社のロゴと社名、見えますか?  学生フォーミュラの大会で、芝浦工業大学のスポンサーになりました。 若い方の車離れなどと言われている中、大学生が自分たちで車を作り、その出来具合を競う大会が毎年、静岡県の小笠山運動公園で行われます。 日本自動車技術会という、日本の車メーカの団体が応援し、世界中から大学生が集まります。 疾走する車の揺れ具合などを見ただけで、本職の自動車エンジニアの方は、その原因が分かるようで、走行中に放送されるコメントを聞きながら見ていると、車の奥の深さの一端が垣間見えるような気がします。 車体の剛性、サスペンション、その調和を如何に取るかが重要なようです。

一昨年は総合6位。昨年は22位、今年は9位に挽回しましたが、まだまだトップ3には時間がかかりそうです。チームとしてある程度の基礎力はありながら中々、首位グループには近づけない。 首位グループは、ほぼ常連さんです。 車は毎年新しく作り直し、1/2年生で学習し、3年生で責任者となり、その繰り返しの中で車作りの伝統が継承されていく。 強豪校とBグループの差は何なのか? それをどのように克服していくか、見ものです。 大学の授業と並行して、自分たちでモノを作り競い合う。 これは非常に良い経験になります。 モノを作るプロジェクトを進めるには、人、モノ、金。 それをどのように集め、育てていくか、これは会社の中でも同じ事です。 実践のない教室での授業よりは遥かに意味のある事と思います。トップ3に入れるまで、応援していくつもりです。

  EU版TTP TTIPのISDS条項

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

ヒラリーさんが、TPPの反対を表明したことで、TPPはなくなるかもしれませんが、EUは米国とTTIPという、米国とEUとの間での条約を締結しています。 この中で投資家を保護するためのISDS条項により、投資国の企業が相手国の政府による政策の変更などで損害を受けた時には、相手国の政府に対し損害賠償を求めることができるのです。 これはEUに参加する国同士でも同じで、これによりドイツの反原発運動は危機に直面しているようです。

ドイツは福島の事故を見て、反原発に切り替えましたが、ドイツで使用している原発はスウェーデン製で、この会社がドイツ政府に原発使用を中止したことによる損失を訴訟し、ドイツ政府は負けそうとのことで、賠償金6000億円をこの会社に支払わねばならなくなりそうで、もし、そうなると、原発を止めるのに6000億円支払うか、政策を撤回して、原発を使い続けるか?

TPPは、まだ発行されていませんから良いのですが、日本でももし、TPPが成立した後で、原発を止めると言い出せば、ISDS条項によって、米国企業により投資に損害を与えたということで訴訟を起こされる可能性もあるのです。

これは、国際間の交流の広げ過ぎです。 国を超える、資本、輸出入、人の往来に対する自由化は、それをして儲けたいグローバル企業の側に動機があり、必ずしも各国の国民のためでは無いのです。 昔、日本ではバナナは輸入規制があり、非常に高価なな食べ物でした。 遠足のお弁当とか、熱を出したときとか、特別な場合だけで、日常的に食するものではありませんでした。 それが自由化になり、価格は下がり、今や普通の食べ物になりましたが、だからと言って日本人が幸福になったのか? と言えば、それは別の話です。安くなったからと言ってバナナを毎日何十本も食する人はいません。 なんでも自由になる事だけが、幸せではないのです。

今更、鎖国は無理ですが、自分の国は国土が広大で自国で消費する以上の穀物を作り、それを他国に無理やり購入させようと言うのが余計なオセッカイなのです。 小さな国で自然環境にもハンデがある中でコツコツと作ってきた棚田を見て、こんな小さな田んぼにとせせら笑う権利は大国にはありません。 自然環境に恵まれない小国がコツコツと受け継いできた中で、文化が育まれてきた。 そういうハンデを関税という形にして小国が自国の産業や文化を護る事を大国の産業が勝手な投資を護る事を要求するとは厚かましい事なのです。 商売の枠は「買う側」ガ決める事で、「売る側」が決めるものではありません。  それが、売る側の論理で進められることがおかしいのです。

米国の車が売れないのはオカシイとケチをつける前に、日本人がこぞって購入したくなるような車を作ることが先決なのです。 ろくな車を作れないで、購入しない側に文句を言うあの厚かましさ。  米国人と互角にやりあうには、この厚かましさが必要で、それは日本人の常識を逸脱した領域です。単に言葉の問題でなく、思考形態まで真似していると日本人でありながら日本人ではなくなってしまう恐れもあります。 米国は概して好きな国なのですが、だからと言って彼らのすることに100%賛成ではありません。 クリントン大統領、あるいはトランプ大統領、TPPの行方はどうなることでしょう。

  日本人は、頭が良いのか悪いのかよく分からない

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

日本人は、概ね善良で勤勉で、その結果、街並みは清潔でソコソコ繁栄していて、社会は安定し、街を歩く人はオシャレをし、夜でも街並みはこ明るく、大きな争い、厳しい格差や差別もなく、報道の規制や管制もなく、教育程度もソコソコ高く、自由にものを言い、昔からの多くの伝統もあり、食料自給率は低くてもスーパーには食品は溢れ、選挙も公正に行われる、世界的に見ればこのように住みやすい国は例外的とも言えるくらいの国です。

ところが、この国の住民、あまりのお人好しの故であるのか、極めて騙されやすい性質があります。  例えば、国民一人当たりの借金という言葉で報道されますが、このようないい加減なものもそのまま受け入れているようです。 企業の業績を示す、貸借対照表は、左側に資産、右側に負債があり、その総額は常にバランスしているので「バランスシート」と呼ばれます。 日本国のバランスシートでいつも問題にされるのは負債の額ばかり。 人口で割ると一人当たり800万円以上の借金ということになっていますが、負債の部だけで大騒ぎするのは理屈に合いません。  政府の抱える資産と負債を加えて初めて純負債の額が分かるのです。「日本の財政は苦しいので、増税するけど我慢しろ」という洗脳をしたいがための嘘っぱちなのです。その借金も、政府の借金であり、国民の借金ではないのです。 しかし、多くの人は、日本は借金が多いという一面的な説明をそのまま受け入れている方が多いのです。

また、争いのない世界を望むというのは、とても素晴らしい事ではありますが、それを実現する方法として理想論ばかりの非現実的なぬるま湯の中にいる事にも気が付かない方が多いのです。 日本の周囲は好戦的で喧嘩を売ってくる国々が取り囲んでいて、実際に領土を取られたり、国民を拉致されたりしているにも関わらず、自分の身に影響がなければこれを深刻な問題としてはとらえない。。 判断の基準が自分自身とその家族だけで、国のレベルで考えることはないのです。

人類という生物は、それほど高等ではなく、自分のコロニーのためには他のコロニーを潰しながら繁栄していくという原理からは抜けきれない。戦わないと公言したコロニーなど、特別の庇護が無ければ存続し得ません。 自分だけ戦いを忌避した所で、相手はそうでないのですから、「戦争は嫌だ」「戦わない」などという言葉は相手を喜ばせるだけのことで、それで自分のコロニーが守れるというような配慮は誰もしてくれない世界にいることに気が付いていないようです。 戦わないと公言した日本というコロニーが生存、繁栄したのは巨大な米国と安保条約があったからであり、憲法第9条のおかげではありません。

選挙で選ばれた議員さんから構成される政党でさえ、「戦争をしない」などということを公約に掲げているのですから、世間知らずのアホばかりとなったのは、戦後の米国よる洗脳政策で去勢された結果です。 平和は大事で、好んで戦うことはイケナイのですが、自分を護るための戦いさえ戦うことは悪い事のように教育された結果、学校や会社でイジメられたと言っては自殺してしまう傾向になってしまいました。 これも憲法第9条の副作用です。

自分自身への最大の責任は、自分自身を護ることであり、自分をイジメる相手がいれば、容赦なく戦い、相手のイジメに打ち勝つことです。 自分の身の回りでも、国際間でも戦いのない平和な世界などあり得ないので。それを実現する唯一の手段は、相手の勝手にさせない事しかありません。 戦う事を公言し、侵略には徹底抗戦する準備も怠りなくすることしか相手の野望を打ち砕く方策はありません。

そういう事が分かっていない、日本人、平均的にはレベルは高いように見えますが、頭が良いのか悪いのか、よくわからない国民です。


  最強の働き方   ムーギー・キム   東洋経済新報

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

自分のパフォーマンスを改善したいというのは、仕事をしている限り誰でも思うことです。 私も、サラリーマン生活が長い割には、これ! という方法論が確立されてい売る訳では無く、それ故、人様の成功体験談は気にかかり、良さそうであれば、積極的に取り入れたいと思っていて、その種の物は常に参考にするように心がけています。 

本書にも役に立ちそうな記述で溢れているのですが、一つ気になるのが、「一流の」という表現があまりに多用されていることです。私は、元々へそ曲がりで、「一流校」「一流会社」というレッテルをありがたがる側ではありませんでしたから、本書を読む理由も「一流」になりたいからではなく、単に自分のパフォーマンスの改善の参考にしたいだけで、人様の作った「一流」「二流」などという尺度は必要ないのです。

そこは無視しながらでも、読み易さにこだわったとのことですが、重要な所は、文字をゴシックにした上にマーカーのような色付けまでされているには余計なオセッカイ。 仰る事は御もっともなのですが、表現がやたらにストレートな「単刀直入」、全体がかなり「ハイ」な感情、熱のこもった説明ですから、これを読んでそのエネルギーの一部でもいただけるなら、「元気の出る本」になるのでしょうが、マーカーは、読書しながら自分で引きたいもので、初めから印があると、その行ばかりに注意が向いて、ページ全体には注意力が散漫になりますし、何より品がない。 新品を買ったのに、以前の持ち主がマーカーを引きまくった古本を買ったような気分です。

しかし、内容的には、「異議なし!」。 とても参考になる言葉で溢れています。 その中から一つだけ紹介しますと

「他人の土俵でも前頭三枚目を目指せ」

自分の土俵であれば横綱であっても、そこを離れると、トンチンカンではダメで、何を話題にされてもソコソコはついていける事が必要。 よく英字の「T」でよく例えられますが、横線は広く浅く、その中で深い縦線の専門知識。 表現は違っても同じことです。私のやっている「避雷針」でも、気象、建築、電気、機械から時には流体力学の知識まで幅広い雑学が役に立ちます。

大きな目標はあっても、そこに達するまでに何をしていかねばならないか。。。それを具体的に示してくれるという点では非常に参考になります。 私のようなジジイには既に手遅れ、という感もありますが、若い方には良い参考になる事でしょう。

  いま、栄養学が変わる 武内進一朗   現代書林

こんにちは、落雷抑制システムズの松本です。

栄養学には、「今までの伝統的な栄養学」、先日紹介しました「分子栄養学」とそして「ホリスティック栄養学」の3つがあるそうです。 そのうち、本書は「ホリスティック栄養学」について解説しています。「ホリスティック」の意味は、その語源はギリシア語の「Holos」で「全体」という意味でなので、まあ、「全体的な」というような感じでしょうか? 栄養学の事が入り口でしたが「ホリスティック医学」の方が分かり易いと思いますので、医学の方から入ると次にような解説があります。

1.ホリスティック【全的】な健康感に立脚する:人間を「体、心、気、霊性」等の有機的統合体ととらえる
2.自然治癒力を癒しの原点に置く
3.患者が自ら癒し、治療者は援助をする
4.様々な治療法を選択・統合する
4.病の深い意味に気づき自己実現をまざす:病気、生涯、老い、死を否定的にとらえるのではなく、その深い意味に気づき、生と死のプロセスの中でより深い充足感のある自己実現を目指す

これの「栄養学」ですから、基本思想は同じで「食事」に意識も大事で、意識【心】のエネルギー場も栄養に影響を与えるそうです。 科学の話よりは、いささか宗教じみた話にもなりますが、食べ物に思いをはせ、感謝しながら食するということを忙しい毎日の食事の中で忘れがちですが、そういう意識さえも、栄養に関係するようです。「病は気から」の例えの如く、意識のあり方は免疫にも作用し、ポジティブは気持ちと「笑い」でガンが消えるような実例は多々あるそうです。 

また、実験する際の心の持ち方で、実験結果にも影響が現れるとのことですが、ここまでくると現在の科学の基盤である、普遍性の壁を乗り越えたオカルト的と思われてしまう危険もあります。小保方春子さんのSTAP細胞の実験も、「ある」と信じて実験する人と、「ない」事を証明しようという気持ちで実験に臨めば、自ずから結果も異なるとのことですが、心まで持ち出されては、一般的な理解を得ることは難しいと思われます。 まあ、世の中には、まだまだ知られていないことがたくさんありますから、一概に否定もでませんガ、いつか解明されるときもくることでしょう。

私にとって、力になるのは、医学でも栄養学でも、昔から確立された権威の下に留まるだけでなく、新しい方向での研究が進んでいる点です。 昔ながらの落雷を積極的に落とすだけの解決法だけでなく、そもそも落雷をなるべく発生させないという解決法があっても良いのです。 昔ながらの解決法の世界にいる方からは、異端に見えるクソ面白くない研究であっても、世の中の森羅万象、全てが解決された訳ではないのです。 分かっていることが全てではないのです。 新しいことにチャレンジしないという時点で心は死んだも同然なのです。 経済のデフレよりも、心のデフレを患われている方も多いのです。



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