株式会社落雷抑制システムズ

雷ブログ

銀翼のアルチザン  中島飛行機技師長 小山悌物語  長嶋芳明  角川書店

2017年09月29日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

「アルチザン」とは、「アルチスト」(アーティスト)のように芸術的な感動を与える領域には達しない「職人」という意味だそうで、いかにもフランス人らしい「アルチスト」の自惚れで他人を小馬鹿にするような言い方ですが、三菱と海軍のゼロ戦と堀越二郎さんばかりが名を遺した陰で、主として陸軍の飛行機を作ってきた中島飛行機の存在は地味ですが、本書は、その中島飛行機の技師長をした小山悌の物語です。日本の航空機のレベルを世界水準に引き上げた情熱は、それは見事なもので、時代背景が異なりますが若いエンジニア諸氏にも日本にもこのような豪傑がいたことをぜひ、知っていただきたいものです。

 中島飛行機のお客様は、日本陸軍。 そこからの要求仕様に異議をあれば、陸軍の担当者と徹底的に議論し、決着が付かなかれば取っ組み合いのケンカになるとは、現在では、お客さんに口答えしたら即退場となり、取っ組み合いのケンカなどしたら、これも即クビでしょう。 昔の人は、強かった。強いというのは体力もさることながら、主義主張の強さです。 物事のあるべき姿について強い信念があるからこそで、それも技術的に裏付けされたものであるからこそ信念を持てるわけで、不十分な理解、自信のない決断からはそのような信念は生まれません。 私自身のサラリーマン体験からも、ここまで自分の仕事に信念を持つ方とは残念ながらお目にかかったことはありません。

 中島飛行機を始めた中島知久平が、野武士のような強さがあり、この下での小山悌という組合せが、当時も企業としては遥かに巨大であった三菱と優等生の堀越二郎との組合せも面白いものがあり、人の歴史の中で、個人の才能と属する企業との相性も大事なようです。小山悌が三菱で働いていたら、あるいは堀越二郎が中島飛行機にいたら、「隼」や「ゼロ戦」の形は変わっていたかもしれません。

アホが何人集まってもアホである 数で質は改善できない  特別編

2017年09月28日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。


 民主主義の恐ろしい点は、多数決という数での決着で、数の正義は必ずしも正しくないことです。 今回、元民主党、現在、民進党の代表の方は「安倍政治を終わらせる」と繰り返していますが、終わらせた後にどのような展望をお持ちなのか? ド素人政権が原発事故を重なったあの混沌の反省がないまま、無責任なことを言うものです。

 日本の野党の問題は、数ではなくて、視点が低い、すなわちアホが多いということであり、看板を緑色にして集結しても、アホが何人集まってもアホはアホであるという事実は変わらないのです。

あの、オバハン、豊洲問題も混乱を招いただけで、何の解決できないうちに手を広げ過ぎです。 そんなに何回も騙されるほど、都民がアホでないことを願いますが、選ぶ方も同じ女性あるから選ぶというように単純な選挙民も多いのです。 所詮、アホな国民(選挙民)からはアホな政治家しか生まれないと、引けた観点で今回の騒動を見ていると、国会議員だと偉そうにしている連中が、ドタバタして、ミットモナイ連中です。

こんな人達を選ぶしか選択肢が無いのは、民主主義の限界なのでしょうか? 

怖いのはICBMだけではない

2017年09月28日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

 北朝鮮の核運搬手段はICBMだけではありません。 空の高いところばかりを見ていると気が付かないのは海上です。 現在でも、他国の国旗を使って外国で違法操業をしている北朝鮮の漁船や貨物船に水爆を詰め込み、他国の港に入り込み、そこで自爆すれば証拠も何も残らずに原因不明の核爆発で港のあった都市は消滅します。 先進国では、兵士の命は守るレベルでの戦いをしますが、古くは日本の神風特攻隊、最近ではジハードとやらで自爆攻撃を行う人たちのように命に対する価値観が異なる基準で攻撃してくる人たちとの戦いでの防戦は大変です。

 国連の制裁決議の中にも北朝鮮船籍の船舶への臨検は含まれていませんでした。  船舶コードを振られた船舶は、世界中で何処にいるかをネットで調べられますが、これに登録していない船で大挙して押しかけて来られたら防ぎようもありません。

 原発の沖合で水爆を爆発させれば、原発の運転は暴走する可能性もあります。 領海内と言えども、外国船にも通航権はあり、攻撃目的とは外見からは判別できない、漁船や貨物船では領海への侵入を防ぐことはできません。広島原爆の10倍以上の威力があれば、沖合数kmでも十分に陸地に影響を与えます。

 ICBMのことばかりで、空にばかり関心を向けてはなりません。 危険なのは、足元の海上でも同じことで、何をしでかすかわからない国に核兵器を持たせることが一番危険なのです。

物事は上流から下流まで見なければ分からない  原発ゼロは間違い

2017年09月27日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

イギリス、フランスに次いで中国まで化石燃料の車を禁止する方向で動いているとのことですが、川に例えれば、最下流のEV(電気自動車)だけを見て排出ガスが出ないでクリーンで地球に優しいなどと言っても、その電気どうするのでしょう? どこから持ってくるのですか? この電気と合わせて考えねば意味がありません。   

原発がなくても停電にならないから原発は不要と言っている陰で、現実は化石燃料を燃やす火力発電が増えていて停電にならないだけなのです。温暖化ガスの排出は増加しているのです。原発を動かせば、その夜間の電力でEVを充電するといううまく回るストーリーですが、最上流の原発なしではEVを使用しても、温暖化ガスを下流でなく、上流で流すだけの話です。 

自然エネルギーということで太陽光発電が増えていますが、いずれ製品寿命が尽きます。 その時、膨大な数の太陽光パネルの廃棄処分はどのようにするのか? 核廃棄物の処理について見通しが立たないことを原発反対の理由にする人たちがいますが、それは太陽光発電も同じことです。太陽光パネルの廃棄方法はまだ確立されていません。 

福島の事故を見て原発反対というのは単純すぎます。 あれは、地震による事故ではなくて津波による事故であり、完成した時から、津波に弱いことなど分り切っているものを使い続けたバチが当たっただけです。 地震などよりはるかに長時間の大しけの続く艦船で原子力は安全に使用されています。原子炉が地震に弱いなどと言うのは、それをどのように作るかで、弱くもなるし、強くもできる。 これを一概に地震国であるから原発は止めようとはアホな考えです。 東京のような人口密集地を支えるには原子力が一番です。 

原子力を無くすと政府が言えば、若い人たちはこの産業に来なくなります。 現在使用中の原発もいずれ寿命を迎え廃炉にせねばなりません。 この時、日本にその技術が無ければ、誰が廃炉作業をするのでしょう? 中国にでも頼むのでしょうか? 原子炉はゼロにするのではなく、より安全な原子炉へと転換し、廃炉技術を確立することが日本の世界に対する役割なのです。 人気取りだけを考えて大衆に迎合するような発言しかしない政治家は国家にとって百害あって一利なしです。 原子炉からの廃棄物の処理など、次の世代が解決できます。化石燃料を燃やすよりも原子力発電を進めるべきです。  

原子炉にもいろいろな種類があり、プルトニウムを副産物として生成しないより安全なものもあるのです。 そういうものまで含んで全てをゼロにしてしまうとは、科学音痴なるが故の事でしょうが、政治の責任者の判断は恐ろしいものです。

若者は、自分にバイアスをかけろ

2017年09月26日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

弊社が応援する芝浦工大の学生フォーミュラのチームは、世界から114大学が集まる中で第2位という立派な成績を上げ、獲得したトロフィー6つを手に弊社に報告に来てくれました。 それらのトロフィーをどこに飾るのかを尋ねると、部室であるとか極めて消極的な答えでした。 これだけの成績を上げたことを学内でアピールすべく、学長の所に行ったのこについても既に3週間が経過したのに未だでした。 学生さんたちは、会社勤めではありませんので、良い成績を残したことを直ぐに社長にまで報告することの重要性を理解していないのです。

功名心のみじんもない爽やかな青年たちでしたが、真面目で実直であるが自己アピールに欠ける日本のエンジニア(未だ卵ですが)を見た思いでした。 全国2位という成績を上げたのですから、ウジウジせずに堂々と学内でアピールすれば良さそうなものを控えめで真面目すぎるのです。 日本の中だけであれば、まあ、これでも良いかもしれませんが、数年のうちに世界のエンジニアと同じチームで肩を並べて働くことになるのです。

その時は、日本の常識ではなく世界の常識となります。 例えば米国人ですが、片手の一本指でやっと「猫踏んじゃった」を弾ける程度でも堂々と自分は「ピアニスト」であると胸を張ります。 日本人は、自己アピールをどうするかをもっと真剣に考えねばなりません。 これは、語学以前の問題です。 

私も、学生時代はウジウジしていました。これは、理系学生の一般的傾向かもしれませんが、日本のエンジニア諸君は、彼らのような卵を含め、内省的で愚直な方が多く、自分の貢献、業績を積極的にアピールするなどあさましいことと勘違いしている方が多いのです。 日本人同士であればイチイチ口にしなくても分かり合えるというようなことを期待してはならないのです。

図々しく思えるくらいに自分のバイアスをかけて行動する練習を今後、卒業するまでに身に着けて欲しいと思いました。 まあ、これは若い方々だけでなく、自分の人生を自分の舞台で演じ切る。ということでは万人に必要な事です。

EVだって、そんなに簡単には作れない

2017年09月25日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

英国、フランスに次いで中国までもが、車のエンジンを電気に変えるかもしれないという動きについて、経済ニュースのコメンテータさんが、EVは構造が簡単なので、EV市場への参入が増えるであろうとコメントしていましたが、モノづくりをしたことのない経済の専門家らしいコメントでした。 エンジンに比べれば、はるかに単純なEVは、その主たる構成要素のバッテリー、コントローラ、モーターは全て自動車会社自身が内製しているのではなく、それぞれの専門メーカが作っているので、その要素部品を購入してくれば誰でも簡単にEVが作れる。。。とのコメントは単純すぎます。

これは人様の仕事をよく理解していないところから生じます。 確かに、エンジンに比べれば単純ではありますが、車というのはそれだけではないのです。

自動車メーカの例ですが、寒冷地で屋外に放置しておいた場合でも、部品が低温で割れたりしない、雪の圧接路でも車はおかしな挙動をしない、などを調べるために、北海道の寒冷地にはどこのメーカも試験施設があります。 また、横風を受けた時の走行試験、滑りやすい路面での走行試験などテストコースにも色々な試験路が用意されています。 安全性を確保するための衝突実験などもあります。 そこまで試験するのか? と思われるような試験を重ねているのが、現在の自動車メーカで、あり、主たる構成部品が簡単に購入できるから、それでEVをすぐにでも製造して販売できるというような簡単な話ではありません。

今まで何の実績もなかったテスラがEVを販売しているからと言って、それが誰にでもできるという訳ではありません。 中国の農村では簡単なEVトラックが色々作られているようですが、荷物用のオープンなトラックと乗用車では比べ物になりません。経済ニュースは、面白おかしく、将来の大変化を報道した方が面白いので、誰にでもチャンスが巡ってくるというようなニュースを流したがるようですが、それほど簡単な話ではありません。

人体実験

2017年09月22日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

先週、出張中の出来事です。 よく寝つけないままウッスラと目を開けると、掛布団の目の前20cm程度を虫が2匹、歩いているのです。 最初は、これは夢の光景かと思いましたが、跳び起きて虫を払いました。 朝起きると今度なベッドの中にまだいて、潰してやるとジンワリと赤くシーツにシミができ、それは自分の血だったのです。

両腕に何十か所も赤い斑点ができて、あまりかゆくはないのですが、帰国後、皮膚科に行くとサラット見ただけで、「虫ですね」と一言。 それは分かっているのですけれど。。。薬を塗ってくれた看護婦さんは丁寧に説明してくれました。

そこでいただいた塗り薬、ステロイド剤でしたが、命に係わるほどの事でもないので、人体実験をしました。 左腕には言われたとおり1日2回の薬を塗り、右腕には塗らないで経過を見ました。 2日が経過しましたが、両腕共に赤い斑点は縮小し、その程度は同じ位です。 つまり、塗っても塗らなくても顕著な差がないのです(余計な実験をして、お医者さん、ゴメンナサイ)。

このように外国で虫刺されにあったら、虫、あるいはその卵が着替えに付いているかもしれないので、旅行カバンを開くときに要注意だそうです。 着替えた下着類は洗濯する前に乾燥機で熱を加えて虫や卵を殺してから選択した方がよいそうで、カバンを開けた時に、もし、虫が生きていて家の中に入り込んでしまうと家の中で繁殖し、これを退治するには家中を燻蒸しなければならなくなるそうで、その費用は20~30万円程度かかるとのことです。

日本にはあまりいない虫が外国にはいるそうで要注意だそうです。 私のようなジジイよりは、モット若い方の方が新鮮で美味しそうですが、西洋人の強烈な体臭よりは、日本のジジイの加齢臭の方がマイルドで美味しそうであったのかもしれません。 虫の世界でも「和食ブーム」なのかもしれません。

ホテルのアメニティ

2017年09月21日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

日本では、どんなに安いビジネス・ホテルでも、歯ブラシと男性用の髭剃りは必ず用意されています。フランスの片田舎のホテルにはそのようなものはないであろうと、自前のものを用意する中で思いました。 日本では便利さのために毎日何万本の歯ブラシが一度の使用だけで捨てられているのであろうと。 歯ブラシもカミソリも大した荷物ではないのであるから、本来、お泊りセットとして持ち歩くべきなのですが、揃っているのが当たり前となると、たいして考えることもなく、備え付けのものを使用してきました。  連泊する時も、毎日新しいものを使います。 ルームメイクをする人も人の子ですから、たまには気分が塞いでいたり、職場や仕事が嫌で仕方のない人もいることでしょう。 その憂さ晴らしのためには、コップに立てかけた歯ブラシを便器の中ですすぐ位の悪戯をしていないとも限りません。 心配し過ぎかもしれませんが。。。

以前、連泊しているホテルの部屋に忘れ物を取りに戻った時に、ちょうど部屋の掃除をしている時でした。 水回りの掃除をしていましたが、ナント! ゴム手袋は一種類しかお持ちではないのです。 ということは、トイレも浴槽も洗面台も同じゴム手袋そしたままということなのです。 洗面台から順番に浴槽、トイレを掃除したとしても、前の部屋のトイレを掃除した後のゴム手袋で、私の部屋の洗面台を掃除していることになります。 この現場を見てから、浴槽には浸からないようになりました。 綺麗に見える浴槽と言えども、生物学的な汚染度は隣の部屋の便器と同じレベルなのです。 自分の家で、洗面台とトイレに同じ手袋を使用する人はいないでしょうが、何十室もある部屋を掃除するとなると、イチイチ、手袋なんか替えていられるか。。ということです。

というレベルで考えると、掃除中に床に落とされたかもしれない歯ブラシを使うのは嫌ですから、毎日、新品を使う事になります。 まあ、疑いだしたら、自分の家に籠っているしかありませんが、それも出来ません。 マイ箸を持ち歩く方もおられますが、まだまだ一般的にはなっていません。 マイお泊りセットもそれと同様ですが、地球の資源としてみれば浪費でしょうが、その仕事で生活が成り立っている人もいるということで、ドッチミチ、人間は地球にとって害虫のような存在なのです。


TGV vs  新幹線  初めて乗った比較

2017年09月20日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

フランスには何回か来ましたが、国内移動はいつも飛行機とタクシーで、今回、初めてTGVに乗りました。 それで、新幹線との比較です。

新幹線 1勝 運航面
パリ、モンパルナス駅の大きな掲示板の下は黒山の人だかり。 何をみ見ているかというと自分の乗る電車が何番ホームに入線するか直前まで分からないのです。 自分の乗る電車よりも発車時間が後の電車のホームが表示されているのに、自分の乗る列車は発車時刻を過ぎてからようやく表示されると、待ち焦がれた乗客が狭いホームに難民のように殺到するのです。 この光景は先進国らしくありませんが、日常的なのでしょう。 待っ発車予定時刻がている人に殺気立った様子はなく、当然のような顔をしていました。 どのホームに入線するか分からないで定時運行などできるのか? と思いきや、やはり電車は30分遅れで発車しました。 次の次の電車まで何番線のホームに入るか、キチンと表示され、遅れることなく定時に発車する日本の新幹線。 運航面でTGVに1勝した思いでした。

新幹線 1敗  車内
乗車してみると、TGVは車体の幅が新幹線よりは狭く通路を挟んで2席と1席の横3列ですが、座席の装備が新幹線を上回っていました。 大小2つに使い分けられる座席前のテーブルはしっかりした構造で、電源は商用電源とUSBがあり、飲み物スタンドもシッカリとしていて本を立て手おけるようになっていまして、このテーブルの上にまで間接照明がついていて、明るさまで調整できます。 これは、東海道新幹線どころか、東北新幹線のグランクラスもバブリーに豪華なだけで機能面では負けています。 座席の前には鏡まで付いています。 USBは、電源として広く普及し、日本でも車には付くようになりましたが、電車の中に電源として用意されれば、スマホやタブレットがこれだけ普及したのですから、その電源がいたるところにあるのは非常に便利です。
新幹線 不戦勝でTGVに1勝  車内販売
新幹線では、ほぼ20分ごとに来る車内販売がTGVでは待ったく来ません。 あまり来るとうるさい車内販売ですが、やはり便利な存在です。 その分、車内にも売店はあるようですが、席まで車内販売が来ないと静かで良いような、淋しいような。。。車内で熱いコーヒーがあれば、もっと旅が楽しくなるとフランスの方はお考えにはならないようです。

新幹線 不戦勝でTGVに1勝  駅弁
パリからボルドーまでは東京から大阪と同じ位でしょうが、新幹線にはいろいろな駅弁があり、新幹線に乗る楽しみの一つです。TGVでは固いパンに挟んであるものだけが異なるサンドィツチが駅で販売されているだけで、この違いは新幹線というより何でも商売にしてしまう、外国の宗教行事さえ商売のネタにしてしまう日本の商売文化が、旅行に彩りを添えている。いろいろな駅弁を提供する商売自体がおもてなしの心に満ち溢れているということでしょうか。

ガラ携だって大したもんだ

2017年09月19日
こんにちは。 落雷抑制の松本です

今週は、久しぶりの海外出張で気が付いたことを中心に書きたいと思います。

私、使いなれたガラ携とスマホの2台を使っていますが、パリに到着して機外に出ると直ぐにガラ携にドコモからの海外でのサービスについてのメールがいくつも飛び込みました。 GSM経由で、この携帯がパリにいることを把握しているのです。 そして国内では見たことのない、現地時間と日本時間の二つが画面に現れました。

日本時間の腕時計は時刻合わせが面倒なため、そのまま日本時間にしていますが、自分で引き算をして現地時間をしなくても両方の時間がすぐに分かるのです。 最近は、海外にはほとんど行きませんので気にもしていませんでしたが、ガラ携にもこんな機能があったのです。

スマホも世界時計で世界各地のローカル時間を表示できますが、自動的に現地時間と日本時間と一緒に表示しません(これは私の設定が悪いのかもしれません)。 ガラ携は、ネット経由でなく直接、GSMの携帯として機能するので、スマホのWiFiを接続する手間なく携帯として機能します。 ガラ携を見直しました。



韓国と北朝鮮に感謝!

2017年09月07日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

「自衛隊は憲法違反」「集団的自衛権は憲法違反」、というようなクダラナイ議論をしてきた憲法学者の皆様は、頭を丸めて職を辞された方が宜しいのではないでしょうか? 確かに自衛隊は憲法違反です。 しかし、自衛隊を憲法違反とするような憲法が違法なのです。 憲法を研究する事よりも大事なのは、国家が存立していく環境としての国際情勢を理解しないで、法律という言葉の世界の中だけで生きていても意味がないということです。芸術のような精神世界で完結していれば、現実など関係なくブットンで結構なのですが、人間社会を律する法律が現実と乖離しては無意味です。 日本の憲法学者はイデオロギーから出発している点で間違いなのです。

日本の周囲には、日本の国土に入り込んで日本人を拉致し、今度は核兵器やミサイルによる軍備を世界の反対を物ともせずに推進するナラズ者国家があり、これへの対処は日本単独では手も足も出ない状況であることを少しはご理解いただけたのではないでしょうか?  冷戦が終結しても世界の対立構造が消えた訳ではなく、 人間が地球上に生存する限り、生きるために必要な資源は有限ですから、その限られた資源の争奪戦は無くなりません。 形を変えながら、争いはあり続けます。 争いには背を向けて不参加というのはそれなりの準備が必要で、それよりは、争いには積極的に参加し、争いが大きくならないように立ち振る舞う事が大事なのです。 

国連なる組織も、北朝鮮には何の手出しもできず、ただただ無力感のみが漂います。ここは、自分の国は自分で護るという当たり前の原則に戻って行動することだけです。 その過程で、必要な相手とは同盟関係で集団で戦うのは当然です。

被爆国だからこそ、核装備をする権利がある。 近隣諸国からの核攻撃の機会がありそうな状況になったら、二度目の核被爆を防ぐために日本も核武装をすると堂々と宣言しておくべきなのです。

韓国も従軍慰安婦なるネツ造物語を繰り返しますし、日本の近隣諸国はこのようなナラズ者ばかりであることを再認識させくれた韓国と北朝鮮の貢献には感謝です。憲法の前文にあるような「平和を愛する諸国民」などどこにもいないのです。 今回は、日本の将来について考える良い機会です。


PDCEの効果測定

2017年09月06日
こんにちは。 落雷抑制のま松本です。

弊社のPDCE避雷針の設置数で言うと、東京近郊の私鉄が一番多く、そこでの経過年数も伸びています。 PDCEの効果を測定するために、毎年、線路を中心とした5kmの幅で始発駅から終着駅までの沿線に沿ったエリアでの落雷数を調査していますが、PDCEの設置台数が増えるに従って、沿線での落雷数は確実に減少しています。 線路だけを見ていると、そこで減少している事実しか分かりませんので、この路線のほぼ中央に位置する駅から40km四方に視点を引いて、この40km四方における落雷数を調べてみました。

すると、この広いエリアでの落雷数は、実感しているように少しも減少していません。 毎年の増減はありますが、広いエリアにはかなりの数の落雷があるのです。 その中で、沿線沿いの落雷数だけは確実に減少している。 そういう偶然が、何年も続くでしょうか?  身の回りの自然現象、数を数えてみる、すなわちデータとして観測してみると、気が付かなかった事実が浮かび上がります。 ここでは具体的な、数字については控えますが、PDCEの効果に自信を持てる数字を得られました。 ビッグデータというほどビッグではないのですが、身の周りの数字にもいろいろな真実が隠されているものです。

「継続は力なり」という言葉のように、毎年、コツコツと数字を積み上げていくことで見えてくるものがあります。 毎日の地味な活動の重要性を再認識しました。

北朝鮮に無策の日本政府

2017年09月05日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

北朝鮮のICBMや核実験に対する日本政府の無策ぶりには情けない限りです。

「最も強い言葉で非難する」「到底、容認できない」などと発表していますが、容認できなければどうするというの? 何もできないでしょ? 結局、言葉だけの事なのです。 マスコミも「米国はどうでるか?」とまるで他人事なのですが、これは「北朝鮮 vs 米国」の話ではなく、米国はさておき、日本はどうするの? という点からは「国際的に協調する」というような甘い話ではなくて、予想できた流れに確実に進んでいるだけの事ですから、米国頼みでない、日本はどうするの? の対策が全く見えません。 イージス・アショアで防御するなんて言う話は遅すぎです。 4年前から計画して、今頃は完成していなければならない話を「ドロナワ」で、今頃何を言っているの? です。

北朝鮮と対話など無駄な事は拉致被害者の問題で分かり切った事で、何十年も少しも進展が見られない相手と何を協議しようとするのか? 拉致被害の問題が解決しない間は、北朝鮮は日本の敵国なのです。 拉致被害者の家族の皆さんの無念を忘れてはならないのです。

まあ、政府の無策を嘆いても仕方ないのは、未だに憲法改正に反対する能天気な国民が多い中で、国防体制さえ手かせ足かせの状態では無理もないのです。 日本の近隣諸国には平和を希求する善良な国などないのです。 渡る世間は鬼ばかりなのですから、米国に頼らず、自分の国は自分で護る。 このような初歩の初歩さえ理解できないアホな国民は北朝鮮に一発やられても、まだ、平和平和と念仏を唱えていることでしょう。

固体燃料のイプシロン・ロケットなど、潜在力は日本にはありますから、憲法をキチンと改正し、国を守る意識を国民が十分に理解したうえで、核弾頭は米国から調達してでも、相手と同等以上の武力を早急に整備すべきです。 常に相手と同等以上の兵力を保つこと以外に平和は守れません。 核を廃絶するなどという夢を見るより、現実を見るべきです。 日本国民の「平和ボケ」を治すためには、北朝鮮がバンバン、ミサイルを打ち続け、核実験も好きなだけすればよいのです。 それでも危機感を覚えない「平和ボケ」が治らなければ、この国が歴史の中から消えても仕方ありません。

お金より大事なのはアイデア

2017年09月04日
こんにちは。落雷抑制の松本です。

お金を軽視するとお金は貯まらない。と、お金の大事さは承知しながらも、お金より大事なのはアイデアなのです。 お金は巷に有り余り、利子までマイナス金利となり、各企業には内部留保も増え、お金などいくらでもあるのが昨今の状況です。 しかし、お金があっても、無いのは「アイデア」なのです。お金からアイデアは生まれません。 最近、成長が著しい新興の企業、例えば アマゾン、グーグル、LINE、アップルなどの会社は、資金力は十二分にある大企業の間隙から生まれました。 資金力だけで、新しいビジネスは生まれないのです。 

企業は、内部留保の資金ばかり貯め込んだところで、新しいいビジネスの芽が出てくる訳ではありません。そういう意味で、大事なのはお金ではなくアイデアなのです。

現在の資本主義の中ではお金が第一で、財務報告も全てお金が基準です。 アイデアのような評価ができないものは、それがビジネスになってお金を生み出すまでは評価が難しい。 だからと言って、お金だけですべてを評価する現在のやりかたは、将来の大きな金の卵があっても何の評価も出来ません。 利益本位の財務会計など、昔ながらの会計制度を踏襲しているだけで、「ナンボのもんや?」と言いたいところですが、世の中はこれが主流なのです。

アイデアとはもちろん、人にあるものですが、人件費は会社の利益を圧迫する経費ですから、株主のために会社利益を優先させれば、人件費のような経費は抑えねばならない。 とすると、アイデアの主を冷遇し、これを評価しないで、株主が美味しい思いをするという構造では、会社の将来を決めるアイデアを持った社員が浮かばれません。 

人材という大事な経営資源よりも、株主様を優遇するのは如何なものでしょう。 会社の事業が、従業員一人一人の創造力よりも、単なる単純労働の労働者という時代であれば仕方ありませんが、そういう会社では未来へと長続きする事はないことでしょう。 昔から継続していることの全てが正しくはなく、時代に合わなくなってきているのです。

現在の資本主義は、お金を基本にしていますが、これが不十分であることは明白です。 この古い考えから脱皮しない限り明るい明日はありません。 弊社には、現在のPDCEだけでなく、この原理を展開したいくつもの特許があるのですが、これを製品として世に出し、それが認められるにはまだ、時間がかかりそうです。アイデアとしての存在だけでは評価されないのです。 世の中から評価などされなくても、と胸を張り続けるのは、相当の変わり者でなければ続けられません。


家庭内での喫煙禁止条例

2017年09月01日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

子供の家庭内での受動喫煙を防止するために、条例により家庭内でも喫煙を禁止しようとする動きがあるとのニュース、人の家庭内での行動まで法律(条令)で規制するとは、政治家さんもズイブンと偉くなられたものですね。 そのうち、家の中と言えども、裸でいると「猥褻物陳列罪」を適用するとか、箸の上げ下ろしまで法律により規制される第一歩とならなければ良いのですが。。。

私は喫煙はしないのでどうでも良いのですが、昨今、社会自体が一湯の「潔癖症」的な様相を示しているように思えます。 世の中100%、色々な意味でクリーンになどなり得ない。 であれば、多少の汚い事にも耐性というか免疫によって対応するのが現実的です。 

これはジジイの単なるノスタルジーと言われるでしょうが、一昔前までは、現在の中国のように日本も汚い場面はいくらでもありました。 私の小学校時代は大気汚染がひどく、スモッグと呼ばれるモヤのようなものがかかることはよくあり、工業地帯にあった我、小学校の卒業写真で朝礼のラジオ体操では、校庭の後ろの方はスモッグでぼやけているような写真が残っているくらいです。 受動喫煙なんてものではない酷さです。

小学校で「虫下し」という寄生虫の駆除薬を飲まされたぐらいですから、衛生環境も決して良くなかった。 O-157ではありませんでしたが、赤痢やコレラはありました。 そういう環境を乗り切って生き永らえたことからすれば、現在は抗菌グッズ、受動喫煙の防止など、生活環境の改善は破格の進歩を成し遂げた様に見えます。 しかし、体に優しい環境で育っても、自殺する子供の多いところを見ると、精神的には反対に弱くなっているように思えます。

身の周りは確かに綺麗になりましたが、逆に、見える範囲が自分の半径5m以内のように短くなっている傾向も見受けられます。視点をもっと将来に置いた大きな話をするべきで、家庭内のことまで、規制しようとするオセッカイ議員と法律が無ければ我が子の健康状態にも注意を払わない親と、ドッチモドッチ、社会は進化しているのか退行しているのか、分かり難い時代になったものです。



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