株式会社落雷抑制システムズ

雷ブログ

今年最後になりました。

2017年12月28日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

今年も、ほぼ毎日、言いたい放題のブログを書き続けました。 ブログの目的はHPのサイズを大きくすることで、1回1600字程度のブログが年間200回以上、HPを太らせています。 これがSEOに好影響を与えるそうです。

これを続けるもう一つの理由は、人は自由に発言すべきであると思うからです。 政治家やTVに出る評論家だけに言わせておかないで、自分の思うことを発表できる時代なのですから、ドンドンと発表すべきです。 とは言っても、自分のブログだけではそれほど多くの人の目に留まるわけではありませんが。。。

 日本人は英語を学ぶことに一種の強迫観念があるようで、何とか英語をマスターしたいと思っている方は多いようですが、その基本として、まずは日本語で自分の意見を言えることが大事なのです。 言葉は、自分の考えを伝える単なる道具でして、伝えたい内容がなければ、道具だけあってもダメなのです。 

 言葉の種類は日本語でも英語でも、相手と議論を交わすディベートのようなことは、「和をもって尊しとなす」日本では徹底的な議論など「理屈っぽい」と言われて好まれませんし、議論の進め方について知らない/経験がない方も多く「論戦」が成り立たないことが多く、日本人は「言葉の戦い」が大好きな外国人の前で文化的なハンディを背負っています。

こんなに毎日、ブログばかり書いていると、仕事をしないで毎日、ブログを書いているのではないか? と思われる方もおられますが、私が今年営業で訪れた会社、お客様、販売代理店様、など商談やその他打合せの回数は400回になりました。 ですから、ソコソコ仕事もしています。 営業としての成績も昨年度を10%上回る数字をあげました。

また、来年も今年と同じように続けるつもりです。 皆さまに於かれましては、来年も良いお年を迎えください。 今年一年のお付き合いありがとうございました。

EVブームについての余計な心配

2017年12月27日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

 EVブームに一つ余計な心配をします。 

 現在は、原油をLPガス、ガソリン、軽油、重油、アスファルトと分離して活用し、ガソリンの消費量が大きいので、これを中心に考えると、その他の副産物(LPガス、灯油、軽油、重油、アスファツロ)も廉価に利用できるのですが、ガリンの消費量が減れば生産量も減り、その他の副産物も当然、少なくなります。 ガソリンは、ガソリン単体で生産するのではないのです。

ガソリンのおかげで、暖房用の灯油が廉価に手に入り、一番最後の成分であるアスファルトのおかげで全国、何処でも舗装が行き届き、道路は夜間の知らない間に整備され、いつも快適な道が利用できます。 

これが、もし、ガソリンを使用しなくなるようなことになる、あるいはガソリンの使用量が極端に減れば、その他の成分、家庭用のLPガス、暖房用の灯油、トラックの燃料である軽油、残留物に近いアスファルトの生産量までそれに連動して減ることになります。 

 暖房用の灯油ですが、その需要は減りませんから供給量が減れば価格が上がり、アスファルトの供給が少なくなれば舗装道路の保守も行き届かなくなるという事になります。 乗用車はEVになっても、重量物を運搬する大型トラックまではEVは無理でしょうから、物流のトラックの燃料、軽油も需要はあるのに生産が少なくなり、価格が上がる。 そうなると物流コストが上がり、物価も高騰します。

 現在は、ガソリンを中心に調和のとれた生産/消費が成り立っていますが、このうちのガソリンが不要になればどこかにヒズミが出てきます。 逆にいえば、ガソリンの消費量はある程度は確保しなければならないのです。 車だけを対象として化石燃料を使うなとは馬鹿げた決定です。 目の前を走り回る車だけでなく、離陸した後は見えなくなってしまう航空機の燃料(灯油)も世界中では膨大な量です。 見える物だけしか相手にしないのはアホのすることです。 

 EVブームが気にくわないのは、目の前から二酸化炭素が減っても、EVの電気はどこから持ってくるのだ? という点で、その電源が原発であれば、夜間の余剰電力による充電でうまくサイクルが回りますが、原発はダメ、二酸化炭素もダメというようなダメダメづくしは成り立たないのです。

ガソリン・エンジンは、技術的には芸術品の域に達しています。 機械好きな私にはガソリン・エンジンが無くなるのは寂しいことで、私はEVにもハイブリッドにも乗るつもりはなく、生涯、ガソリン・エンジン派を通したいと思っています。 その理由として、屁理屈かもしれませんが、ガソリンの需要を減少させたら社会生活にひずみが出るという事です。 一部分の最適化では全体にヒズミが出るのです。 EV化、そこまで分かってやっているのでしょうか?

某大学の先生によるPDCEについての解説

2017年12月26日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

雷の業界では誰もがご存知の某有名大学の名誉教授であられる先生が、ある雑誌に寄稿した雷保護設備についての記事でPDCEについて書かれているのですが、販売元である弊社に一度の問い合わせや確認が無いまま事実誤認に基づく記述があるのは残念なことです。

保護範囲についての理由の説明が無く怪しげであると書かれているのですが、これはPDCEを取り付けた近辺への落雷を200か所5年間の観測実績に基ずく、「結果」を言っているのであって、そういう現象が発生する理由については、今のところ仮説はあっても、きちんと説明できるようになっていないのは事実です。 PDCE自体に着雷しないのは分かるが、何故その周辺まで? これは弊社の大きな課題であり、その解明には鋭意努力しています。

しかし、世の中、理由までは解明していない「効果」などいくらでもあります。 通常の避雷針に着雷せずその近辺に落雷することはあっても、その理由を問うことなく、誰も文句を言わずその避雷針を使い続けています。 なぜ、PDCEだけが理由の説明がないと文句を言われるのでしょう? 理由が解明できなければ使用してはいけないと言い出したら、世の中の薬品など生体内でどのような「理由」で効果を出すのか、分からないものばかりです。 理由の説明がないいから怪しいと言い出したらキリがありません。

また、落雷実績についても弊社は、ゼロとは言っていないのですが、何処から聞かれた情報であるのかゼロであるとの思い違いで記事を書かれています。

弊社の側から言えば、販売代理店も増え、中にはPDCEをよく理解しないまま「絶対に落ちない」のようにお客様に大風呂敷を広げて説明してしまう方がいるのも事実で、これは弊社の責任ですが、少なくとも刊行物に何かを書かれる前には、販売元に問い合わせて事実を確認してからにしていただきたいものです。 

弊社も8年も活動すれば、それなりの実績がでてきて、PDCEの設置か所付近では落雷数が減少している観測例も増加してきました。 そのようなポジティブな点には目を閉じ、何かネガティブな話でまとめようとしているのですが、落雷事故の発生を如何に抑えるかと言う真摯な試みに対し、学者様はご論評を加えるだけで、何か具体的な案を実現し、実績を上げたことがあるのでしょうか? 270年前から一向に変わらない落雷を積極的に招く方法がICT,IoT の時代に即したものなのか? オイルランプ時代なら無かったとでしょうが、今までの避雷針に落雷を誘導したばかりに発生する事故が多いのです。 

新しいものを出せば、旧勢力からの抵抗があるのは仕方ありませんが、何事でも光と影はあり、弊社のPDCEが理論的に完全に説明できていないのは事実ですが、弊社、それに向かってて歩みを進めていますし、従来の避雷針で全てが解決できていないのも事実です。 学者様としては、どちらからも等距離な位置から、客観的に光と影を見ていただくと共に、落雷被害を低減するための具体的な解決策を提示していただきたいものです。 学術の分野でも、理論だけでなく実際にモノを作り出して世界に貢献している領域は多々あります。 落雷被害の低減などアカデミックな話ではありませんので学術の世界からは真剣な取り組みなど無いのですが、産業界での新しい試みには、実際に効果を上げているという現実も見ながら、営業妨害のようなご発言は控え、中立的な立場で論評していただけれることを切に願います。 

四国の郷土愛の強さ と MGウドン

2017年12月25日
こんにちは。落雷抑制の松本です。

このところ、3週間で2回、徳島に行きました。 先日は、徳島で夜、お酒が入った会食では、ローカルな話題がとても新鮮でした。 

徳島の方、今回が初めてではありませんが、皆さま、「スダチ」を非常に誇りに思われていて、多くの場合「スダチ」自慢が始まります。 そして「スダチ」と「カボス」の違いについての講釈となるのですが、この両方になじみが無く、かんきつ類と言えばミカンとレモンしか知らな私にはどうでもよい話ではありますが、まあ、雑学の一つの話題にはなります。

この場にいた香川の方の話が面白かったのは、讃岐ウドンの話です。 地元のローカル・ルールで、
1)店名には地名を使用しない。 
2)県外には出店しない。  

があるそうで、特に2)は、ウドンで観光客を県内に呼び込むためだそうです。 ところが、最近、「MGウドン」なる地名を付けたウドンのチェーンが全国展開し、この地名から多くの方はこれが、讃岐のお店と思っているようであるが、実は県外の資本が展開している店だそうで、この香川の方は、自分はウドン屋でもないのに、このローカル・ルールの掟破りが悔しくてたまらないとのことでした。 自分の事でもないのに、香川県人として怒る。 ここに香川の深い郷土愛を見ました。 よそ者の集合体である東京でしたら、「江戸前」がどこで使われようと怒る人はいませんね。 さんざん怒った最後に「でも、美味いんだよね」との最後のコメントには一同、大笑いでした。 ローカル・ルールは、県外の人にとっては何の強制力もありませんから、ルールは外から破られる。 日本の縮図にも似た構図のようでした。

日本は島国ですが、その中でも特に四国は島国で、それだけに郷土愛の強さを感じます。 徳島の空港は「徳島阿波踊り空港」と言う名称ですし、高知も「高知龍馬空港」で、地元をこんなに自慢できるのは幸せな証拠です。 ウドン程度のB級グルメで熱く語れるのですから、これも幸せの一形態です。 日本に生まれ住んで良かったと思えた夜でした。


見識のレベル  平社員とマネジメント

2017年12月22日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

弊社、販売代理店も17社以上になり、先日の販売代理店会議には販売代理店になりたいという方の参加を含めると、1社2名までとしたのですが、70名以上のご参加をいただきました。 これらの代理店様の営業員から色々な相談事を持ち込まれますが、1)自分の考えがあり、それを確認するための相談と 2)お客様に言われたことをそのまま、どうにかならないか? と相談してくるタイプの2通りの方がおられます。

営業成績の良い方は、当然1)のタイプで、お客さんの要望を自分の考えでまとめていく方です。 どうにも困りものなのが、2)のタイプでお客様の言い分をそのまま持ってきて、自分の考えが無いのです。 お客様にはモノ申してはならない、お客さんの言い分をメーカーにぶつけるのが自分の役割と理解されているようです。 そういう頼りないタイプですから、お客様も必然的に言いたいことを言う形になります。 その場で答えてしまえばよいものを持ち帰って、メーカーに相談してから答えるというようなプロセスをふみますから、時間は長引くだけで、結局、成約にまでは至らないケースがほとんどです。  将来、1)は、マネジメント・レベルになれるかもしれませんが、2)には無理です。

お客様のお困りになっている問題を解決する、自分自身がお客様にとっての神様なのだという位の信念、というか図々しさがあってちょうど良いのです。 折角、掴みかけたたチャンスだからと媚を売る必要はなく何故、そうなのかと言うキチンとしたポリシーを持って当たれば、それを受け入れてもなえなければ、もらえなくても良いのです。 東京がダメなら大阪がある、大阪がダメなら名古屋がある、悲観的にならずに、自分の意見を言う。意見を言うためには、勉強する、これが大事なのです。モノを言えないのは、遠慮だけではなく、不勉強のせいも多々あるのです。  不勉強であれば、売れないのも当然なのです。 専門的な製品を扱うのですから、製品自体だけでなく、その製品と社会との関わりから最近の社会の変化まで、幅広く勉強し、自分の考えを持つのはどのような製品を扱うにも大事なことです。  

先日、ある代理店様の営業に動向し、製品の説明をし終わると、製品についての質問でなく、「お宅の会社自体を売ってくれないか?」との質問を受けました。 製品の有用性から会社の将来性に気が付かれたのでしょう。 会社を売るかどうかは条件次第の話なので何とも言えませんが、マネジメント・クラスの方の鑑のようなお客様でした。 PDCEの話は、担当者レベルでは目の前の落雷事故の対策としか映りませんが、マネジメント・クラスであれば、自社のビジネスのリスクマネジメントだけでなく、自社のビジネスの将来性に鑑み、有力な投資先、自社のビジネスの方向性についての観点からも見るでしょうから、会社自体を買収してしまうという発想はマネジメントならではで、担当者では出てこない考えです。 久々にマネジメントらしい発言を聞いて、この会社、この方が社長をしている限りは安泰であろうと思いました。


日本による朝鮮併合の効果

2017年12月21日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

欧米の列強がアジアを植民地にしたのと異なり、朝鮮の議会で決定されて日本に併合を願い出て、その36年の日本の統治下にあった結果次のような効果をもたらしました。 このようなプラス面を忘れた一部の方々は、その後の反日教育で植え付けられたネガティブな事しか言わなくなりましたが、それはまさしく恩をあだで返すことなのです。

1) 朝鮮半島の人口が2倍に増えた
2) 24歳であった平均寿命が30年以上伸びた
3)  人口の30%いた奴隷が解放された
4) 幼児売春や幼児の売買が禁止された
5)  家父長制が制限された
6)  女性にも名前が付けられるようになった
7) 度量衡が統一された
8) ハングル文字が整備され、標準朝鮮語が定められた
9) 小学校が5200校作られ、師範学校と高等学校も併せて1000が作られた
10) 239万人が就学し、識字率が41%から61%に向上した
11) 大学、病院が作られた
12) カルト医療が禁じられた
13) 上下水道が整備された
14)  鉄道が100kmから6000㎞にまで伸びた
15)  港湾の整備が行われた
16)  会社が作られ、物々交換から貨幣経済に転換した
17)  入浴の習慣が一般化した
18)  6億本もの樹木が植林された
19) 耕作地の面積も2倍になった
20) 農業の近代化により1反当たりの収穫量が2倍になった
21) 併合して一つの国になTTが、徴兵は終戦まじかの1年だけであった
22) 志願兵の朝鮮人も戦死した場合は日本人と同じく英霊として祀られた

終戦後の発展の基礎を作り上げたのは日本であり、これは搾取するだけの欧米の植民地政策とは異なるものだったのです。 韓国は、従軍慰安婦像での日韓の合意を覆していますが、このような合意が履行されると信じるのがお人好し過ぎるのです。 何事もプラスととマイナスの両面があり、上記の日本側からの視点であり、彼らには別の視点があるのは当然ですが、一貫して反日である底辺は変わりません。 このような国は、最初から信用などしてはなりません。 隣国であるからと仲良くする必要などありません。 米中、両国から冷たくあしらわれ始めた韓国。 自業自得ですから、日本も合意を守らないことにクールに突き放せばよいのです。

二酸化炭素削減ヒステリー

2017年12月20日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

日曜日のNHKの番組、先月行われたCOP23についてのレポート、良い番組でした。 二酸化炭素削減に取り組む世界の姿勢と日本のギャップ、さすが島国日本で、世界の動きから完全に遅れています。 省エネ技術で世界の模範になれると意気込んで行くと、それどころではなく石炭による火力発電を推進する日本には抗議のデモ隊が待ち受けていました。 従来に比べると二酸化炭素の削減を16%抑えた新型の火力発電と胸をはっても、石炭を使うこと自体が受け入れてもらえないのです。

大気汚染で悪名高き中国でさえ、真剣に再生可能エネルギーへ方向転換しているようで、先進国の中では日本だけが時代遅れの感が否めないのです。 元々がエネルギー密度の低い太陽光ですから、人口が多く国土も狭い日本は太陽光発電は補助にはなってもメインにはなり得ないし、風力発電についても立地が極めて限られて、太陽光発電と風力発電には最適とは言えない地理的制約があるのです。 

しかし、世界はそんな日本の地理的ハンディを考慮してはくれません。 「19世紀のテクノロジー」である火力発電に頼る日本からは投資さえ引き上げるというまさに四面楚歌の状況に追い込まれつつあるようです。 しかしながら、ゆでガエル状態の日本国内は、まだ、熱湯になるまでそれに気が付かないのです。

世界の大勢に文句を言っても仕方ありませんが、二酸化炭素のみを悪者に仕立てたヒステリーのようにも見えます。 温暖化効果ガスは二酸化炭素だけではなく、牛のゲップから発するメタンガスも馬鹿にできない量だそうで、本当に温暖化効果ガスの抑制をしたいなら、牧畜業を廃止し、乳製品や肉を食べることまで諦めた生活レベルに戻す覚悟はあるのか? あるいは、世界中からこの会議に参加する人を乗せた航空機の出す二酸化炭素を考えれば、航空機産業や旅行業界も廃業していただき、旅行や会議はVR(バーチャル・リアリティ)で済ませる。。。という位にまで生活様式を変えなければならないのですが、そこまでは到底できないことでしょう。 

二酸化炭素の排出だけを制限しても温暖化効果ガスと言う広い枠組みでは抜け穴だらけですし、人類の緩慢なる自殺行為は止めることは出来ないのです。 まあ、地球の命も永遠ではなく限りがあり、物事全て終わりのあるのですから、それを如何に延命するだけの話です。。。 延命処置をしてまで長生きをしたくないという人もいますからね。。。

残忍なのは原爆だけではないことの続き

2017年12月19日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

戦争において、兵器の種類を限定したところで意味はない旨のブログを書きましたが、直接的に武器さえ使わずに敵対国の国民への食糧供給を制限して敵国の国民を餓死させる事例は、戦国時代の日本にもありました。兵糧攻めです。 日本の場合は城を取り囲み、そこを水攻めにしたりして食料の供給を断ちましたが、相手は城の中ですから人数は限定的です。 ドイツはレニーングラード(現サンクロペテルベルグ)を封鎖し、ここに住む約100万人を餓死させました。 原爆では一舜で20万人、東京大空襲では一晩かけて10万人、もっとジンワリ殺すには11か月で65万人、その前後を加えると100万人を餓死でころしたそうです。 原爆、空襲、ホロコースト以外にも残忍なことをしてきたのが戦争です。

餓死で死ぬのも、原爆で役殺されるのも、違いは「経過時間」だけのことで、残忍なことは同じですし、飢えて死ぬまでの時間経過など我々の想像をこえていますが、生き延びようとするために亡くなった方の人肉まで奪い合うような状況さえ発生するのです。 これは昔話ではなく、現在もアフリカを中心に低栄養状態の人は8億人もいるのです。 

現在の日本は、餓死と言う状況の対局にあって、食料は必要以上に流通し、賞味期限が切れた食品が廃棄される状況の中で、この状況さえ関心を示さずに、過去の原爆の事だけを騒ぐ暇があれば、飢餓救済の活動をすべきなのです。 核兵器使用の禁止など「視野狭窄」で、人間が残忍なことをいくらでもしてきた、そして、している動物であることの反省が微塵もなく、特定兵器を禁止したところで何の意味もないことを知るべきです。 その理解が無いうちは、核兵器使用禁止などクソの役にも立ちません。 ノーベル平和賞と言うのは意味のないセレモニーなのです。 日本は世界で唯一の被爆国で、私達は人道に反することに反対する善人です。と言うのはいかにも偽善的です。 核兵器使用禁止のようなものに浮かれているのは救いがたいアホとしか言いようがないかと思います。


サラオレイン

2017年12月18日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

土曜日、昼食のお弁当を買いに行くと、途中にオッサンばかりがずらりと並び、その方達の雰囲気、顔つきが皆似ている人ばかりなので、変な雰囲気の行列でした。 何かと思いましたら、行列の先頭に「サラオレイン」との看板があり、その方のイベントのようです。

世の中の芸能エンタメ情報には疎いので、この名前も知りませんでしたが、看板を見た第一印象は、「サラ ⇒ 血液サラサラ」「オレイン ⇒ オレイン酸」、健康に良い油のような名前であると思いました。 「類は友を呼ぶ」と言うことわざのように、この方のファンの方にも共通性があるのか、同じような感じの方ばかりで行列を作っているのにはビックリでした。

オフィスに戻ってネットで調べると歌の上手な美人である事が判明しました。 サラオレインさんは、スッキリした美人なのですがと、行列を作っていたのは、その対極にあるようなオヤジ達で、まるで水と油、なるほど、人は自分に欠ける部分を追い求める物であると納得しました。 イベントの始まる前に行列を作っているのは、世に言う「追いかけ」なのでしょうが、そういう情報を集めての行動力は大したものです。

まあ、追いかけるに値する美人なのでしょうが、私には理解の外の種族です。 確かに、あまり身の回りには見られない美人であっても、それを追いかけて何になるのでしょうか? 私がお世話になっている床屋のおばちゃんも民謡歌手の追いかけをしている話を嬉しそうに話してくれまして、それは微笑ましく、追いかける対象を見つけた方は、それなりに幸せなのでしょう。

スポーツジムに通う知人の話では、イケメンのインストラクターには、やはり「追いかけ」に近いファンが集まるそうで、プロのエンタメの世界だけではなく、追いかけはどこにでもある現象のようです。 世の中には追いかけられる人、追いかける人、それには無縁の人の3種類がいるようですが、残念ながら追いかけられたことはなく、追いかけもしませんし、無関心の世界に生きています。


拉致被害者家族の高齢化

2017年12月15日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

拉致被害者の増本るみ子さんの御母堂がお亡くなりになられたそうです。 どんなに自分の娘に会いたいと思ったことかお気の毒です。 拉致被害の事に、何故、国民全体がもっと怒らないのか不思議です。 もし、自分の家族が拉致被害者になったらと言う簡単な想像力も働かなくなってしまったのでしょうか? 北朝鮮の工作員というのは北朝鮮の公務員ですから、北朝鮮と言う国家による犯行が日本国内で行われたのですから、日本国民はもっと怒り、日本政府も戦争を辞さない姿勢で臨むべきを、戦いは「悪」と決めつけている「平和主義」は、実は自分さえ安全/安心で平和な暮らしができれば良いと思っている「自分勝手主義」で、政府も国民的な動きが無いのを良いことに、適当に口先だけでごまかしている感じです。

二言目には「対話と圧力」と言いますが、対話に出てこない相手に「対話」を求め続けるのは無駄なことです。物事には許してもも良いことと、絶対に許されない事とキチンとケジメを付けるべきです。 納税している国民(とその家族)に対して一番大事なのは、その安全を守ることです。 拉致されたら、戦争を仕掛けてでも国民を取り戻す。。 そういう姿勢が無いから、北朝鮮は好きなように日本国民を拉致をしてきたのです。

核実験やミサイル開発の事などなかったとしても、拉致問題がある限り日本は戦争も辞さないと強い態度でいるべきで、力ずくでも取り返すことのできる軍備を整えるべきです。 何もしない、何もできないのに、口先ばかりが達者であり、そのような姿は見飽きました。

GDPの3%まで防衛予算を引き上げ、最新の装備で強力な戦闘力のある軍隊を作り上げるべきです。 そういう姿勢に欠け、ナヨナヨした国民性が拉致事件や竹島の占領を誘発するのです。「対話」「対話」としか言わない「ニセ平和主義」は止めて、北朝鮮とは戦争状態に近い状態であることを一時も忘れることなく、拉致被害者の奪還を目指すべきです。


新しいい年号と共に「皇紀」も復活すべし

2017年12月14日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

天皇陛下が変わると年号が変わる(注)。 神武天皇の即位から数えた「皇紀」は時を積み現在は「皇紀2677年」。 平成、昭和、明治、大正、と神武天皇まで遡った各時代の年数の総和ですから、年号を使うなら、皇紀を拒否する理由はありません。しかし、戦前までは使用されていたこの「皇紀」、今は使われていません。 皇紀が廃止されたのは、大東亜戦争に破れた為、占領軍のマッカーサー元帥により使用が禁じられ、以後、日本でも西暦が使われるようになってしまいました。 西欧諸国とのやりとりがある場合には、キリストの誕生から数えだした西暦が広く共通になっているので、それを使用しても構いませんが、国内のキリスト教徒でもない普通の国民が何故、キリスト教の暦を使かわされているのか? ここから脱却しないと日本の心の独立はありえません。 

天皇制も建国記念日も、日本の歴史です。 これに異を唱える方は日本から出る自由は保証されていますので、どうぞ外国でお暮しいただけばよいのです。 このグローバルの時代に時代錯誤の戯言のように聞こえるかもしれませんが、経済活動がグローバル化しても、自国の歴史と文化にこだわりと誇りは持ち続けなければなりません。 国としての歴史が300年に満たない国が偉そうに世界を支配し、そのポチのような現状は、まさしくマッカーサーが狙った日本のポチ化が功を奏した状況なのです。

新しいい年号と共に、もう一つの禁じられて来た隠し年号「皇紀」も復活させるべきです。 なんて言うと、怖い右翼のオジサンのように聞こえるかもしれませんが、イスラム圏にはイスラムの暦がありますし、世界の中で一つの国が2600年以上も続いているという歴史は大いに誇るべきで、戦後70年以上が経過したのですから、いつまでも米国の決めた憲法やその他の法律を使い続け、日本の古来の文化を日陰においておくのがおかしいいのです。 これは米国に反旗を翻すことではないのです。 戦後、米国に教えていただいたものは多々ありますが、日本はミニ米国ではないのです。 時の権力者が変わっても、続いてきた皇室の歴史はそのまま未来にも残すべきで、天皇制を残しながらその一部である「皇紀」を使わない方がおかしいのです。 終戦当時は、自国の歴史が200年にも満たない国にとって2600年はさぞかし重すぎて気に食わなかったのでしょうか。

注:明治以前は、1代の天皇の間に複数回の改号をしていました。


脚気と軍隊  荒木 肇   波木書房

2017年12月13日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

今でこそ小学生でも知っているビタミン。 明治から大正になる頃で、日本のみならず、世界中でビタミンの有用性には気が付いていませんでした。 大航海時代の船の乗組員はビタミンC不足の壊血病になりました。 日本の兵隊は白米の食べ過ぎでビタミンB不足の脚気(かっけ)に悩まされていましたが、その原因がビタミン不足であることには人々はL気が付かなかったのです。 大正時代の日本は貧しく、当時は白米を十分に食べることができなかったので、軍隊に入隊すれば白米を腹いっぱい食べることができるというのが軍隊に入隊する魅力であったそうです。 陸軍では一人一日6合もの白米を食したそうで、ご飯だけでこれだけ食べれば副食(オカズ)など食べる余地もなく、味噌や塩などを副食に、白米ばかりを食べたというのは、現在であればそれは偏食であると思いますが、当時は、これが最大の御馳走であったというのです。 白米ばかりを食すれば、当然、栄養が偏り、その結果として脚気と言う病気が多発し、陸軍の約3割がこの病気にかかり、当時大問題であったそうです。 私が小学生の頃は、健康診断で椅子に座り膝頭をゴムのハンマーで軽くたたく脚気の検査がありましたが、もうやっていないでしょうね。。。

この問題に取り組んだ陸軍における医学の面での最高責任者、陸軍軍医総監であったのが、作家としても名を残す「森鴎外(本名:森林太郎)」。 脚気になったのは陸軍ばかりでなく、海軍も同様で、明治15年に遠洋航海に出た軍艦では乗組員357名位のうち、159名が重度の脚気になりそのうち23名が死亡したというのですから、偏食も怖いものです。  偏食で死亡するなど、考えたこともありませんが、怖いものです。 森鴎外は、この原因を病原菌によるものと考え、一方、海軍の軍医総監であった高木兼寛(カネヒロ)は、食物に原因ありとみたそうで、この二人の反目は、伝統的に日本海軍と日本陸軍は中が悪かったという説を裏付けています。

現在の知識水準で昔の物事を判断してはなりません。 顕微鏡が発明される前には、目に見えない微生物の存在など分からなかったように、分からなかったことが沢山あった時代ですから仕方ないのです。 結果として間違っていた話ではあっても、本人は真面目に真剣に取り組んだのです。当時の医学会の権威でさえ見誤ったのですから、ある時代の権威と言うのは必ずしも正しくはなく、それは現在でも同じことです。

今や、脚気などと言う病気があったことすら忘れ去られていますが、遠洋航海に出るのさえ、命がけの時代であったのです。 本書、300ページを超す大作に脚気がいかに克服されたかを詳細に解説しています。 病気の事ばかりでなく、当時の時代背景まで詳細に解説し、日本の近代史を知るのに絶好の書です。 荒木さん、軍隊関連の著作が多く「日本人はどのようにして軍隊を作ったのか」「自衛隊という学校」など、読むべき価値のある著作を多く残しています。 この3冊、お勧め本です。 いや、私はこの3冊しか読んでいませんが、荒木さんによるものであれば全て、お勧めかと思います。


My Hiroshima

2017年12月12日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

ロンドン在住の知り合いが My Hiroshima と言うサイトを立ち上げたとの知らせがありました。 広島と長崎へ原爆を投下したことが人道に対する罪であるというのです。 外国に居住しているので日本の事を知らしめようとするご努力、この方の真摯な思いはご立派であると思いますが、その主張自体は私はナンセンスと思います。 ノーベル平和賞自体がナンセンスなのです。 この知人には以下のように返事を送りました。

私は、人間が争うことは仕方のない事と思います。 人と人、国と国も、利害が対立すれば、最後の解決手段は「戦い」であることは仕方ありません。 話合いでは解決できない問題もあるのです。 その戦いに、どのような種類の兵器を用いようとも、戦いがある限り兵器の種類を規制したところで意味はありません。 核兵器禁止条約など、あまりに善人ぶった人間の本質を忘れた条約で、核兵器を禁止するという事は通常兵器であればどうぞ戦争をしてくださいと言うのも同じで、戦争の悲惨さは武器の種類とは関係ないのです。 

私の母は東京大空襲で焼きだされ、子供の時にはその時の話をよく聞かされました。 米軍は焼夷弾だけでなく、上空から灯油までまいて東京を火の海にし、生きている人を焼き殺しました。 この悲惨さと広島と何が違うのでしょう? 一瞬で焼かれたのと、ジンワリ時間をかけて焼かれた経過時間の差だけです。 人道に対する罪など、戦場に行けばどこにでも、広島にも東京にもロンドンにもベトナムにもイラクにもアフガンにもシリアにも転がっています。

私は、特定兵器にだけ注意を向けるよりは、戦争の悲惨さを兵器の種類にとらわれることなく訴えるべきと思います。 この様な悲惨な戦争を防ぐためにも、戦争が始まれば相互に破壊されるという緊張感をもたらすために核兵器は必要と思います。 核兵器も通常兵器も、相手にスキを見せない軍事力は戦いを防ぐために必要なのです。

これに加えるならば、広島/長崎に原爆が投下された時、既に日本は米国に反撃することのできない「死に体」であって、反撃も出来ない状態に追い打ちをかけた核実験が許されないという方もおられますが、戦争は武士道による決闘ではないのです。 弱った相手には手出ししないなどのルールはなく、最後までトドメをさすのが戦争です。 大東亜戦争の終結だけでなく、その後の事を考えれば、米国は最新鋭の2発の異なる方式の原爆の実践試験をするのですから、相手が元気が良くて迎撃される戦況でなく、半ばくたばった相手に対し自分の身は安全に試験しようとするのは当然です。 広島/長崎で残念なのは、日本が先に核兵器を持てなかったという事だけです。 広島/長崎の両市長、被爆者の方々「被爆」「被爆」と騒ぎ過ぎなのです。 被爆者だけが、戦争の非人道的被害にあっている訳ではありません。

北朝鮮が自国の防衛のために核兵器を持とうというのも当然なのです。 常任理事国5か国だけが核を保有し、その米国からの侵略があるかもしれないと疑う中で自国の防衛を最優先にするのは、立派なことです。「非核三原則」「平和憲法」があれば、日本は安全で平和であると考えているような能天気よりはよほど見上げた根性なのです。 ただ、北朝鮮は話で分かる相手ではありません。 拉致問題を見れば話合いを期待することなど意味が無いのが分かります。 こういう状況では、北朝鮮は立派ではありますが、潰すしかないのです。 一国の指導者は戦争が悲惨なものであるという事を良く理解したうえで政策を決めていただきたいものです。 潰される側の国民はお気の毒です。 が、仕方のないことです。 世の中には山ほどある仕方のないことの一つです。


巡行ミサイル 「他国に脅威を与える」のは当然

2017年12月11日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

今まで、「他国に脅威を与える」などと言って遠慮してきたこと自体が間違いであり、巡行ミサイルの配備で、ヤットこのアホな呪縛が解けることになるのは嬉しいいことです。 以前にも、F-4ファントムを導入する際に、「他国への脅威になる」として爆撃や空中給油の機能をワザワザ、費用を費やして撤去するアホなことをしてきた国がやっとまともな国になれそうです。 これを強く主張してきたのは、反日日本人の会、日本社会党でした。 一体、どこの国の政党なんだ? と思っていましたが、その思いは私ばかりでなく、政党としては、とうとう、ほぼ自滅したのは当然です。

軍備は相手にとって脅威となるからこそ意味があり、相手にとって脅威にならない軍備など役立たずなのです。 他国の脅威になるなどとアホなことを言う輩は、中国、韓国、北朝鮮と言う「脅威」には不感症で、憲法の前文にあるように日本の近隣諸国が善人であると信じ込んでいるようですが、竹島を侵略し自国の領土としてしまったり、日本国内に侵略して日本人を拉致したり、尖閣諸島を自分の領土であると主張したり、日本の周囲は日本に敵対する国ばかりなのです。

このような敵に囲まれ、何をされても手も足も出ないのは「平和憲法」なる手かせ足かせで自縄自縛にあっているからです。 争えないのですから、戦いはなく表面的には平和ですが、そのような一方的に犠牲を強いられる状態が本当に「平和」なのでしょうか?  日本の言う「平和主義」と言うのは自分個人に何も影響しなければば良いと言うきわめて自便勝手な「平和主義」なのです。


看板を変えてもアホはアホ、立憲民主党

2017年12月6日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

あの党名からして気に食わないのは、今のインチキ憲法を崇め奉る「立憲」です。 あの憲法を前面に押し出しているところからしてアホなのですが、国会の「森友学園」ばかりを騒ぎ立てるのは時間の無駄であるばかりか、自分たちの「歳費」、国会の運営コストについて全く無駄な費用をかけたセレモニーに熱中しているのは「アホの極み」としか言いようがありません。 籠池夫妻は拘留され、司直の手の中にあるのですから、もう国会で出来損ないのマスコミのように何とかスキャンダルに仕向けようとしているのはいい加減にしてもらいたいものです。 

国会の予算委員会には何十人もの議員が集まり、それを見ると、あなた方の人件費の合計は幾らになるのか考えた事があるのか? と言いたくなります。 先日の続きになりますが、税金を払いたくなくなります。 民間会社でこのようなくだらない議論を繰り返していれば、必ずや倒産です。 何故、もっと前向きに諸問題を討論しないのでしょう。 8億円の値引きは過当かもしれませんが、国家予算の中で10万分の1以下の数字について何十時間を費やせば気が済むのでしょう。 憲法問題については2分だけで終わったそうで、国会自体が有用な役割をしているかとの疑問さえ湧いてきます。 日本を取巻く国際関係、財政問題、もっと優先権の高い問題であふれているハズです。 

それをいつまでも、上げ足を取ろうとこのクダラナイ問題にばかり執着するのは「アホ」としか言いようがありません。 こんなアホ共に投票した国民にも責任を取ってもらいたいものです。 これが 北朝鮮であれば世襲の将軍様の選んだ方々というので仕方ありませんが、日本では民主主義の下の選挙で選ばれた議員様たちなのですから、民主主義と言うのも大した制度ではないようです。

マスコミも日馬富士の暴行事件ばかり取り上げ、何が大事な問題なのかという優先権が日本中から消失し、目先の面白おかしい些細な事件に眼を奪われているように思えます。 日本人が劣化し始めているのではないでしょうか?


天邪鬼(あまのじゃく)は損をする?

2017年12月4日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。


弊社、12月が決算時期で、この時期になると如何にして支払う税金を安くするか、節税の案内を色々といただきます。 しかし、折角の妙案を教えてくれるとのお誘いなのですが、天邪鬼な私は、ツイツイ 「日本の国、社会システムは税金で支えられているのに、それをキチンと払わないで、コソコソごまかすような事をするのか」と偉そうな正論を言ってしまいます。 もちろん、誰でも支出は押さえたい税金なども最小にしたいと考えるのは普通の事でしょう。私も、正直に言えば、納める額は少なければ少ないほど良いと思っています。ですから素直に教えていただけば良いものを、アマノジャクと言うのは損な性格です。 

ここで、何故、税金を払いたくないかと言えば、その使途を決めるのは自分の手の届かない役所で勝手に決められているのが面白くないのです。 ふるさと納税のようにどこに自分の税金が使用されるかを少しは自分で決められればもう少し、積極的になれます。 全額では偏りますから、せめて支払う20%くらいは自分で税金を納付する省庁を指定したいものです。 ふるさと納税でそのような仕組みが機能しているのですから、自分で特定省庁に振り込んだ額を後で控除してもらえばよいだけですから、税金で取り立てるよりも多い額が納められる可能性もあります。 

例えば、私の税金が1万円として、その20%以上を自分が応援したい省庁に寄付できれば、5千円を防衛省に寄付し、1万円の20%は後で控除され戻ってくれば、全体として政府には1万3千円が徴税され、3千円の増収になります。 そのような形にすれば、政策に関わることができるので国民の意識が高まります。

それと、この時期、個人の事業者に支払った場合、その方のマイナンバーも必要になりますが、これもイマイチな制度です。 会社の支払いは、会社同士の額がダントツで多く、個人の事業者への支払いは弊社の場合、取るに足りない額で、これはどこの会社でも同じようなものであると共います。 マイナンバーで個人の収入を把握する前に、法人のマイナンバーで法人間の取引について把握すれば脱税などはかなり減るのではないでしょうか?

富裕層はタックスヘイブンに所得を隠し、それができるほどの資産の無い正直な納税者からばかり税金を取り立てては税金を納めることにネガティブな印象を持つのは当然です。

米国で挑む闘魂経営  藤田浩之   Wedge 12月号

2017年12月1日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

Wedge 12月号の藤田さんの連載の中に紹介したい部分がありました。 藤田さんは米国で医療機器の開発製造をする会社を経営されています。 

ベンチャー精神を忘れるなと社員さんに口酸っぱく言っているという中で、ある顧客との商談で相手方が「こういう技術に取り組んでいますか」と技術担当に尋ねた。 担当者は「それには、まだ取り組んでいませんし、時間がかかりそうです」と答えた。 私は商談後、「あの回答はリーダーとして未来の自分達の能力へのコミットメントが欠落している」と言って聞かせた。

「自分たちの能力は未来形で語れ。 選択肢なきものは進むしかない「はい、できます。やらせてください」とまず啖呵を切れ」と。 でないと物事は始まらない。「できます」と答えることから、具体的な話が始まり、プロジェクトの詳細や納期が決まればそれを達成するために全ての智慧を注ぎ込み、努力し、きちんとやり終えればコミットメントを守ることになる。 これが、ベンチャー精神であり、プロ魂だ。

さすがに米国でベンチャー企業を立ち上げ、活躍されている方の言葉は迫力が違います。 担当者は、予算や人員などのリソースを考えて保守的な、現実的な回答をしたのでしょうが、経営という点からは、大企業であれば守りの姿勢で何とかなっても、「守る物」などの基礎が、まだ大してないベンチャー企業は常に攻めの姿勢でなければならないのです。 お客様からの要望には、まず「やります」と前向きに受け入れる。 これが大事なことです。 開発する予算も人員もなくても、「やる」とコミットしてから準備する。 それで良いのです。  リソースを全部揃えていないまま、お客様にコミットするのは無責任と思えるかもしれませんが、常に前向きに進もうとする精神が大事なのです。

日本経済がデフレと言われているのは、必ずしも経済的なデフレではなく、「精神の萎縮」ともいうべきチャレンジ精神の欠如による部分も大きいのです。生活年齢ではジジイですが、「守り」に回った青年よりも「攻めの」側にいる自分の方がよっぽど若々しいと思う場面は多々あります。 大企業と言う船の大きさに過信しないでチャレンジすることの大切さ。  これを堂々と人様に言えるのは、実践している裏付けがあってのことで、藤田さんに敬意を表します。



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