株式会社落雷抑制システムズ

雷ブログ

抹茶フロートにはまっています

平成30年 6月 29日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

 営業に出かけ、帰ってきた桜木町駅。 この駅の近所のカフェで会社に戻る前に一休みし、ここで抹茶フロートをいただきながら、今回の営業の反省や次の一手に思いを巡らすのが最近の日課になりました。 暑い中を出歩いて水分補給も必要ですし、バニラアイスのほのかな甘さと抹茶の苦さが絶妙なバランスなのです。 オッサンとしては、アイスクリーム・フロートを長いスプーンで食べている光景よりも、もっと渋く、コーヒーを飲んでいる光景こそふさわしいかと思いますが、歳を取ってきた事の数少ない利点は、今更、外見などにこだわらず、好きな事を好きなようにやれば良い、という居直りのような気持ちが強くなったことです。

その気持ちがあまり強くなると、横暴なジジイになってしまいますので、ある程度は自制しながら、好き勝手を通していきたいと思います。 その好き勝手な事の最たるものが仕事です。 今までの、「落雷は避雷針に誘導する」という方針は守るものの、「積極的に落雷を誘導する」より、なるべく「落雷は寄せ付けない」との製品を世に送り出しましたが、その総数が1700台を超えると「落雷を積極的に誘導する」と言う旧来の派閥からはバッシングを受けます。 ところが、アマノジャクな私は、バッシングを受けると、それがエネルギーになってしまい、ドン・キホーテの如く大きな相手に向かって行ってしまいます。

 会社も9年目となると、複数のPDCEを複数年にわてってご利用いただいているお客様の数も増え、効果のほどが数字で示せるようになってきました。 これも、私の最近の「強気」を支えてくれています。 対抗勢力が私に刺激を与えてくれるお陰で、エキサイティングな毎日を送れることに感謝しています。

未来の年表 2   河合雅司  講談社現代新書

平成30年 6月 28日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

  怖い内容です。  少子化について甘く見ていましたが、なるほど、色々な局面で高齢化/少子化による問題が身に迫るようです。 欧州でも5千万以上の人口を抱えるのはフランス、ドイツ、イタリア、イギリスくらいなもので、北欧やスイスなどは1千万にも満たない人口であるのに比べ、日本は現在1億2700万、これが半滅してもまだ6千万もいるので、欧州と比べれば、半分になってもまだ大国と思っていたのですが、それは人口構成がきれいなピラミッドに近ければの話で、人口の構成比が頭でっかち、高齢者ばかりが多いと色々な社会問題が発生します。

なるほどと思う内容の中で、中小企業の多くが黒字であるにもかかわらず倒産するとか、親が亡くなり、その財産を分けた後、都会に出た子供たちはその現金を都会の銀行に移すので地方銀行が消滅するとか、多少、表現が過剰なところはあっても、本質的なところはウソではない怖い話であふれています。 生活の不安を無くし、誰でも結婚し、子供と共に幸せな家庭を築くという古典的な価値観が変化しているのは日本だけではありませんが、こんな日本に誰がした! 責任者出てこい! と言いたくなりますが、もはや手遅れ。

 若い世代は何を呑気にゲームなどしている場合ではないのに、何の緊張感もなくだれ切った社会になってしまいました。 「家、貧にして孝子出ず」の対極の社会となってしまった、反作用かもしれませんが、このような社会的なことは個人で悩んでも仕方のないこと。 これに対抗する策を自分で考えるしかありません。若い頃の将来は、バラ色に輝いていた時代でしたが、たどり着いたらバラ色どころか真っ赤な血の海であったというのも、世の中ではよくある話で、悲観してもどうにもなりませんし、どうにもならないことを悩むだけ損ですから、そういう時代になりつつあるとの覚悟を決めるのには良い参考になります。

難民には「一所懸命」と言う言葉を教えてやらねばならない

平成30年 6月 27日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

イタリア/スペインによる難民の受け入れでの対立、米国における不法入国の親子の問題などで、自分の国を捨て、新天地を求める人々の扱いが問題になっていますが、誰でも安定し、インフラが整った場所で生活したいと思うのは理解できますが、難民が目指す先進国も、その国の歴史の中では争いもあり、その後で平定され、国を整えてきた何百年もの歴史の上に現在の姿があります。 世界の国には地理的に恵まれた場所とそうでない場所もあり、生きるのに過酷な環境もありますが、それを言っても仕方のない事で、今更、国境線の変更などできません。その国に生まれたかで、人生のハンディキャップがあるのは仕方ないことです。 自国の労働力として難民/移民を受け入れるのは自由ですが、人権だ寛容だとの言葉で全ての国に受け入れを求めるのは身勝手が過ぎます。

 自国に住みにくい事情がある難民ですが、どの国にもその国の事情があるのは難民と同じことで、難民を拒む理由について、他国がとやかく言うべきではありません。 それよりも重用なのは、難民の流出をやめさせることです。 短期的な解決法としては、国を捨て、難民として他国を目指すのですが、自分の生まれた国を捨てることなく、100年、200年かけてでも自国を住みやすい立派な国にする努力をすべきで、安易に自国を捨ててくるような人々を人道的と言う言葉で受け入れるべきではないのです。 人道的な措置は短期的には正しいかもしれませんが、国を捨てることを恒常化し、国の発展にはマイナスなのです。 内戦があっても、紛争があっても、逃げることなく自国に留まり、自国の発展に寄与するというのはどの国民にとっても義務なのです。 それを放棄することを勧めることは歴史的な解決にはなりません。 短期的な解決としては、逃げ出したくなるのは分かりますが、国を作る事業は100年、200年をかけても自分たちですべきです。 人道主義という方々は、目の前の事よりも、200年、300年先のために難民させないことに重点を置くべきです。

 日本に生まれた幸運と日本を安定した国へと導いてくれたご先祖様に感謝し、過酷環境に生まれた方は気の毒ですが、人生には運の良さ、悪さが伴うことは仕方ありません。 日本も昔から平和で安定した国であったのではなく、500年前は隣同士の国々で争い、血を流し、負ければ奴隷として外国に売られてしまった歴史の上に現在があります。 外国に逃げることのできなかった農民は一つの場所に命を懸ける「一所懸命」で努力してきたのが我々のご先祖様達です。 私自身は、何をしたわけでもなく、ただこの幸運の地に生まれただけですが、ご先祖様の残したこの立派な国土を日本人は守っていかねばなりません。  目先の人道主義で外国人の枠を拡大すれば、日本の文化さえ影響を受けかねません。 それは絶対に阻止せねばならないことです。 もし、移民/難民を受け入れ、彼らが日本社会の中で働いたたとしても、税金は徴収しても、選挙権だけは与えてはいけません。 税は、日本のインフラの使用料であり、選挙の権利とはならないことを明確にしておくべきです。 選挙権が欲しいなら、自分の国に戻って選挙をすべきです。 どこで生活しても、国と言う枠組みの中からは逃げることは出来ないのです。

日本の生産性の低さ

平成30年 6月 26日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

 世界のGDPの比較で、総合では第三位の日本が、国民一人当たりとなると世界の25位です。 人口が多いから国民総がかりで世界3位であるが、一人当たりで見れば低いように見えます。 ロボットなどの自動化が進んでいる工場があるのに、何故、国民一人当たりでは小さいのか? 日本人は世界の中では勤勉な部類で、その日本人個人での生産性が低いというのは労働者個人の問題ではなく、働く環境の整備が遅れているからではないでしょうか? 

 例えば、今やPCはどこのオフィスにも何百、何千と言う単位で使用されていながら、資料作りのための単なる電子筆記具(パワポ、ワープロ)、メールを送るための通信機器、帳簿作成機(エクセル)、としてしの使用が主たるもので、RPAにまで踏み込めていない場合が多いのでは? これは、私の反省なのですが、弊社でのPCの利用レベルを述べたものです。

 日本の文化と言うか商慣習が足を引っ張っている例もあります。 例えば、オフィスワークでは他社様への営業訪問の機会の多いのですが、日本では数人のチームでお訪ねすることが多く、これは一人での訪問に比べると、時間や交通費の無駄使いです。 しかし、生産性の低さは、働く人の質よりは、会社がいかに設備を整えるかが大きな要素です。 例えば、工場で10人で行っていた仕事を機械化で3人でできるようになれば、1人当たりの生産性は3.3倍になりますが、これは労働者の能率が個人的に向上して3.3倍になったのではなく、機械化により達成されたのですから、労働者一人当たりの「資本装備率」こそが、生産性を決める要因であり、働き方が悪いから生産性が低いという訳ではないのです。

 昨今の「働き方改革」なる騒ぎの原因は、経済界が社員の働き方の枠を緩めようとしているようですが、「社員の働き方」のように小さな所に焦点を絞るのではなく、職場の生産性を向上させるための環境整備をすることの方が大事ではないでしょうか? 社員の労働時間は、その中の一つにすぎませんし、RPAを取り入れたりすることで生産性を向上させれば、おのずから労働時間は短くなります。 職場の仕組みを根本的に変えることなく、労働時間だけで対処しようとするのは、世界が機関銃を備えている中で精神論と竹ヤリで対抗しろと言うようなものです。 実社会での経験のない2世議員さんには会社の中の様子など分かるハズもありませんが。。。

アンチエイジングへの大きな疑問

平成30年 6月 25日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

先日の「水素」の続きなのですが、水素の抗酸化機能が「アンチエイジング」、即ち「老化防止」に良いというのが繰り返され、「老化防止」とはそんなに大事なのか疑問がわきました。 人間、歳を重ねれば老化するのは当たり前。 生まれた瞬間から成長が始まり、成長は老化を伴うもので、成長と老化の境は何なのでしょう? 医学的な定義は存じませんが、大人になるまでは「成長」、それ以後は「老化」なのでしょうか? この老化を止める手段が実現し、誰もが不老長寿になってしまったら、それは良い事なのでしょうか? 社会に功績があっても無くても、順番に死んでいくことで、世の中の新陳代謝ができる訳です。 例えば、織田信長や徳川家康が生き延びていたらその後の歴史は現実のように推移しなかったでしょうし、昔の人間が偉そうに「俺は500歳だ」などと威張っていたら煩い以外の何物でもなく、人間は老化し、死んでゆくから良いのです。 どうせ実現する訳はないですから、まあ、いいですが、本当は「老化防止」など研究してはいけないのです。 

健康を長く保ちたいのは誰しも願うものですが、それが永遠に続いて死ぬ事が無くなったら、それはそれで大きな社会問題になりますし、個人的にも疲れることです。 老化し、死ぬことは決して悪い事ではなく、誰にでも必要なことなのです。 必要なことであるのだから、医学は、それに抵抗して「老化防止」などに夢中になってはいけないのでは? 個人的には、病気など完治しなくてもよく、医学は、痛みさえ取り除いてくれれば、それで良いと思います。 [医の論理」などというと医学の世界の事で、自分には関係のない事のように思うかもしれませんが、一人一人の「死生観」ととらえれば個人個人の問題です。

偉そうに医学と言いながら、実は延命処置で金儲けをしているだけで、ベッドでは意識もないまま人工的に延命されている老人も数多くいます。 本人もそれで幸せなのでしょうか? こういう状態を支えている家族も大きな苦労があります。研究としては面白いのでしょうが、目の前の対処、例えば老化防止、ガン防止、などの小さな話しでなく、その前に死生観というか、人の一生について、命を延ばす、老化を防ぐなどと言う研究の在り方についてどのように思われているのか? これから、人口が減るだけでなく、人口の構成が高齢者が多くなる中で、長く生きるためのコストを高齢者自身が支えるなら良いのですが、若い世代の負担を増大させながらの延命はいかがなものでしょう?

ビットコイン&仮想通貨の深い闇  宝島社

平成30年 6月 22日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

 私の知り合いにも、ビットコインで大儲けしたという事で、こんなに簡単に儲かる事をしないのはアホとまで言われましたが、このようなことで金儲けするよりもアホと呼ばれる方がよっぽどもマシと思い、熱心なお誘いもキッパリとお断りしてきました。 何故、嫌いかと言えば、名前からして怪しい。 誰からの信任もない勝手な「通貨」など、子供の「ままごと」で用いるお金と同じで、これを担ぐ人が騒ぐので値上がりするだけの事で、投機に用いられる通貨など本来の「通貨」ではありません。「仮想」などと言う言葉がそもそも怪しくて、同じようなものであっても身元のシッカリとした銀行が発行すれば「電子マネー」と呼ぶべきで、「仮想」と言う言葉自体が実態のしっかりした通貨の対極にあるような言葉で、よくこのようなイイカゲンなものに跳び付く人がいるものです。

これと可能ならしめている機能に「ブロック・チェーン」がありますが、これは情報管理の技術としては、分散処理の環境がここまで整ったのかと言う驚きがあります。昔から、集中処理と分散処理には時代の「流行り」のように「集中」と「分散」を行き来しましたが、、各ノードでの処理力とそれを結ぶネットワークが発達した為に、このような分散型の管理が可能になったのでしょうが、私のように集中処理の時代に育った人間には、分散して行うブロック・チェーンなど無駄な技術のように思えます。 

 現在、海外との送金に使用されているSWIFTは、専用線を用いているので費用は掛かっても安全な回線です。それを通常のインターネットを使えば通信コストは安く、これが分散処理を可能ならしめているのでしょうが、そもそも「タダより高いものはない」で、インターネットのコスト負担がおかしいのです。 ブロック・チェーンを称賛する人は多く、資源が豊かになり、昔のように限られた資源の中でいかに処理するかと言う背景で育った世代には1か所でできることを何をワザワザ分散させて「もったいない」との思いが先行します。 新規発行されるビットコインの「採掘」をする作業だけで膨大なPCとそのために電力を消費し、実に無駄な資源が世界中で浪費されているのです。

 世の中では、仮想通貨やブロック・チェーンを称賛する人が多い中で、私と同じような理解の方々がいるという事を確認できました。 世界の中で、この狂想曲に聴き入っているのは、中国と日本だそうです。 お金に関心を持たないとお金は貯まらないそうで、それは実感していますが、どうせあの世までは持っていくことなどできないものです。 生活に必要な分を超えた執着はろくな結果にならないのは幾つもの実例があります。 しかし、無いのも困りますし、このバランス感覚が大事で、かつ、難しい所です。 世の中の流れと反対の事を思っているのが概ね正しい、との西部先生のお言葉。 従っているのではないのですが、結果的にはそうなっている事が多いような気がします。

なぜ水素で細胞から若返るのか   辻 直樹  PHP出版

平成30年 6月 21日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

 昨日、紹介しました水素風呂の装置と共に送られてきた小冊子には、あたかも万病に効果ありのような色々の病気からの回復例が載せられていまして、物事を素直に信用しないヘンクツオヤジとしては、原因の異なる色々な病気に効果ありなどとは信じられず、水素と健康に関する本を検索し、数冊を読んでみました。 その中の1冊で、辻さんと言う医師の書かれている本の「はじめに」が正直なので、気に入りました。 「水素は病気を治しますか?」「水素でガンは治りますか?」「水素水は美容に良いですか?」 これらの質問に対する答えは。全て「NO]です。 この書き出しが気に入り、これを読み進めると、病気との因果関係は明確ではないので、病気が治るという事については「NO]で、水素について言えることは、高い抗酸化作用があるということだけと、やはりお医者さんですから科学的な効果については明確に述べられています。

しかし、その高い抗酸化作用が、細胞レベルでのアンチエイジングに有効であると、病気と言う広い対象から、抗酸化作用に突破口を絞ってそこから説明を広げるのはさすがに科学者の語り口です。 水素を水の中で発生させても、それが水に溶けるか否かが難しいのは、水素に限らず酸素でもナノ・バブルと呼ばれる微小な泡にすると水への吸収量が多くなり、酸素のナノバブルを溶かした水など、淡水魚も海水魚も同じ水の中で泳ぎ回り、金魚など鯛のように大きくなるそうです。今回、お借りした電気分解の装置では、電極から白い細かな泡が発生しますが、目に見える程度の泡では大きすぎるのです。 これを微小な泡にできればお湯への溶解度も向上することでしょうが、とにかく水素自体の抗酸化作用だけはあるようです。

 効くと信じて使えば、それなりの効果があっても、効果を疑って使えば効果も無し、と言う要素も強い中、ヘンクツオヤジとしては、なるべく先入観無しに人体実験のつもりで使ってみようと思います。

水素風呂

平成30年 6月 20日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

 知人に水素水の販売をしている方がいます。 以前、この方から水素水を購入して飲んだのですが、さほど効果は感じられませんでした。 それで、しばらく止めていましたが、先日、再度、水素水の話が出て「効果がよく分からない」とお断りすると、今度は「水素風呂」と言うもっと良いものがあるとのことで、とりあえずは効果を実感できるかどうかサンプルをお借りし試すことになりました。 浴槽の中に電極を入れ、お湯を電気分解することで水素と酸素を発生させるものです。 本来なら、湯船にお湯を貯め、それから電気分解するのですが、電気分解するのに30~60分かかるので、横着をして湯船にお湯を貯めるのと電気分解を同時にスタートしました。 すると数分後、お風呂の外にあるボイラーカラ、ドカン、ドカンと大きな音が発生しました。、電気分解で発生した酸素と水素がお湯に溶けて、ボイラーの熱交換器に還流すると、酸素と水素が熱せられてお湯の中から分離し、熱せられた気体が膨張して音を出す「ウォータハンマー」であろうと推測し、直ぐに電気分解を停止すると、音も消えました。 これで、お湯の中に酸素と水素が溶けていることは納得しましたが、まだ、3回しか入っていないので、効果のほどは分かりませんが、湯船の電極からは細かな泡を1時間も発生させているのですから、お湯の肌触りが滑らかと言うか、柔らかくなったような気はします。

まあ、体に大きなトラブルがある訳ではないので、サプリを飲んでも飲まなくても、明確な差を感じるほどではないので、この水素風呂の効果もハッキリとは分かりませんが、どのくらいの水素がお湯に含まれるのか「溶存水素濃度」の測定試薬も買い込みまして、試験しましたが、水素の他に酸素も解けているので簡単には分かりません。 炭酸風呂であれば、小さな気泡が体中に付いて炭酸ガスの溶存が確認できますが、水素はそのように外見で分かるものが何もありません。

 素直に効果を信じる方であれば、効果があるかもしれませんが、ヘンクツオヤジは最初から疑ってかかるので、本来あるハズの効果も感じ取れないかもしれません。 薬を飲む時も「どうせ治りっこない」と思いながら薬を飲み、「やっぱり効果ない」と得意になっているのは薬代を無駄にしているだけであるとは思いながらも、素直でない生き方は、無駄な費用がかかります。 

エンジニアは夢を忘れてはいけない

平成30年 6月 18日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

今年の1月に弊社製品に付いて中傷する内容の論文がある学界の会報に掲載され、直ぐに私の反論を掲載するように申し入れました。 ところが、会員資格の有無であるとか、グズグズしながら、3か月を経て論文の審査をする部会からの返事が来ました。 日本人の劣化を象徴するような言い訳の塊で「アホとは闘うな」を紹介しながら、いつも「アホとも戦ってしまう」ことの意味の無さを再認識しました。

現状の避雷設備では、落雷被害を防げないことが分かっていながら、それを解決する手段には目を閉じ、規則に違反する、効果が無いと、間違った知識を基に古い手法に執着しているのです。 エンジニアの社会的な役割は、社会の問題をエンジニリング的な手法で解決することに挑戦する事であり、新しい解決法が古い規則に合うの合わないのという議論は意味が無いのです。 国家の規格でガチガチに定義してしまうと、新しいい技術の芽が出る余地がなくなりますので、国家規格にはある程度の解釈の幅があっても良いのです。 例えば、無線LANですが、あれはアメリカの国家規格( ANSI) ではなく、IEEEの「標準仕様」なのです。 国家規格で決めてしまうと、改訂までの時間に新しいい技術の芽が出ることができなくなりますので国家規格にはしないのです。 そこに米国の活力の源もあるのです。 新しいものを拒むのは古い既得権益を護りたいが為で、それは進歩の大敵なのです。

新しいい試みが、古い規格に合う/合わないなどの話の前に、新しい解決策が効果があるのか無いのかが優先度は高いハズで、それを知ろうともしないで新しい方法を排除しようとするのは、社会的な問題を解決しようとする意思は微塵もありません。 このように夢を忘れ保身の側に立ったエンジニアは、社会の害毒です。 エンジニアたるもの、常に問題の解決に尽力すべきですが、自らの新しいいアイデアもなく、「外国デハ」という外国の例を得意になって紹介しているだけの「出羽の守」のような方々は業界にこびり付いた垢のようなものです。 まあ、この避雷針の業界では、新しいモノへの挑戦が何もないまま約270年も前に発明された避雷針をICT,IoTの時代になってもこれを使い続けようという博物館のような方々ですから、社会問題を解決するなどと言う大それた夢を持つことなど期待するのが無理でしょうが。。。

と、私が自信を持って言えるのも9年間の実績で、効果のほどを数字で示せる実績を上げているからです。 そいう実績を示す機会を提供すると内々に打診しましたが、それには乗ってこないで、即ち、目を閉じ、耳をふさいだまま古い知識を振り回すのは、もはや老化現象としか言いようがありません。 高齢ドライバーの問題と同じ要ですが、自分の古い知識のみに価値を見出し、新しいものを拒むようになったら、エンジニアとしての活躍の賞味期限切れです。 これは、単に生活年齢だけの「高齢」ではなく、生き方、考え方の話で、あり、新しいモノを許容できなく、古い知識で排除するようになったら、生活年齢の若い方でも同じです。 新しい時代への不適合のサインのようなものです。 エンジニアは、会社のためではなく、社会問題を解決するためのエンジニアリング的な解決法に挑戦すべきです。 高齢化で定年退職が先延ばしになり、元気なうちは働くのは良いことですが、これが「老害」にならないように気を付けねばなりません。

米国によるハワイ乗っ取り

平成30年 6月 15日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

ハワイが米国の一部であることは誰もが知っていることですが、ハワイに遊びに行く前に日本人として知っておくべきことがあります。

米国は、東海岸に13州で始まり、その後「マニフェスト・デスティニイ」(明白なる使命)と自分勝手な理屈で、原住民(アメリカン・インディアン)を虐殺しながら西海岸に到達し、北米全土を米国としました。 その次に狙われたのが太平洋の彼方にあるハワイです。 当然のことながら、ハワイは無人島であった訳ではなくカメハメハ大王の一族が支配する王国でした。 しかし、多くの土地は米国人に買い叩かれ、経済的にはアメリカが支配し、その白人入植者がクーデターを起こしハワイ王国を倒し共和国とし、その後米国に50番目の州として編入されました。

米国からの圧力を感じていたカラカウア王は、1881年に日本を訪れ、明治天皇に王の姪で王位継承権のあるカイウラニ王女を日本の皇室との縁談を結び、日本とハワイを連邦化し、日本主導によるアジア共同体を作りたかったとのことです。 当時アジアで欧米列強の植民地になっていなかったのは、日本とタイだけでしたから、ハワイの王族にとっては日本が最後の頼みの綱でした。 米国との摩擦を恐れ、日本は移民の増員に答えただけで、ハワイとの連邦化についてはお断りしたそうです。 この事からも、先の大戦が日本による侵略戦争ではなく、欧米列強によりアジアの植民地を日本が解放した戦争であったのです。

ハワイの米国人入植者が、米国海軍のボストンに乗り組んでいた海兵隊と共にクーデターを起こすと、邦人保護のために日本海軍の軍艦も派遣され、巡洋艦「浪速」の艦長は若き日の東郷平八郎であったそうです。 二隻の日本の巡洋艦「金剛」と「浪速」は、米艦ボストンの両脇に停泊し、武力でハワイ王政を倒すことに警告をし、「浪速」はその後、帰国しますが、一年後にハワイに戻った時に、共和国の「建国一周年記念」で礼砲を要請されましたが、米国にとっては一周年記念ですが、乗っ取られたハワイの原住民にとっては「一周忌」のようなもので、有色人種が白人に乗っ取られたことを祝うべきではないと、東郷さん、祝砲を拒否したそうで、気骨のある方でした。

歴史に、「もし」はナンセンスですが、ハワイが日本に併合を求めた時に応じていたらどんな風になっていたことでしょうか? 最近のオアフ島は中国人観光客に占領されてしまったようで、ハワイに行った知人によると「常磐ハワイアンセンター」の方がよっぽど良いと言う感想もあります。

予祝のススメ  前祝いの法則  ひすいこうたろう   フォレスト出版

平成30年 6月 14日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

自分の願いが叶う事を前提に、予めお祝いをする。 実に能天気な明るさで、これが成功の基であるというのは、場合によっては本当に起こり得ます。 

本書で紹介されている、小学校の運動会。 自分のクラスが運動会で校内優勝すると言う夢を学級新聞で前もって「祝 優勝」記念号をだしたり、リレーで一番になる事を想像し、その時の気分を想像させ、身近な夢を持たせ、「その気」にさせてしまうと子供たちも実力以上の力を発揮してしまうこともあるようです。 クラス全員で明るい夢を持ち、クラスの雰囲気まで明るくなるというのです。 これは正に言霊の力です。 人間、できると信じると、そのようになるのです。 これが、いつもビリで、また今度の運動会でもビリになる、と言ったマイナスのイメージで毎日を過ごすのと、お祝いまでしてしまう明るさで毎日を過ごすのと、結果が優勝できなかったにせよ、運動会までの日々を明るく楽しく過ごせるのは前祝い組なのです。 クラス全員で毎日「優勝するぞ! エイエイオー!   優勝、おめでとう」などと大声で唱和したらそれだけで元気が出てきます。 こういう前向きな先生に出会った子供たちは幸せです。

ポジティブ・シンキングであるとか、目標を明確にすることの心理学的効果はよく言われますが、心に秘めた目標をそのまま保つのも凡人には難しいことで、心の内に秘めているのではなく、それをオープンにして前もってお祝いをしてしまうと意識レベルは成功した時のレベルに上がりますから、心の内に秘めておくよりも良いのです。 それをただの決意表明のように発表するより、お祝いにしてしまった方が楽しいし、楽しいいことの方が効果があるのです。

「人は今言った言葉と未来でまた出会う」。 不運を恐れると不運と出会い、希望を述べれば希望が叶った喜びと出会う。 このあたり、過度にのめり込むと「神がかり」のような印象を与えますが、要するに、いつも前向きに、人生と言う「バッターボックス」に立てたチャンスなのですから、恐れることなく、悔いを残すことなくいつも「フルスィング」。 しかし、このイケイケドンドンに疲れる人もいます。  そんな方のために、

一番したいことをする。
分からないことはしない。
できないこともしない。
無理はしなくてもよい。

を紹介し、最後に、読者の方の夢が叶うことをお祝いして、パチパチパチ と拍手で明るく終わります。 読み終わると心が明るくなるような気がします。

どこでも、だれとでも働ける  尾原和啓  ダイアモンド社

平成30年 6月 13日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

12回の転職の経験談で、このタイトルの「どこ」というのは、会社のことだけでなく、地理的に世界の「どこ」にいても働けるを実践されているという実例を解説し、非常に参考になる言葉で溢れています。 そのうちの2つだけを紹介します。

「自分に対してアカウンタブルであれは迷いがなくなる」
アカウンタビリティ(説明責任)ですが、これはマスコミが役所や政治家に求めている例ばかりを耳にしますが、自分に対し、何故、その仕事をするのか? 自分が何をしたいのか? これらを自分の言葉で、周囲の人や自分自身に説明できることが重要であり、それができないから、決断に迷いが生じ、何をすれば良いのかを決断が遅いというのです。 これは、その通りと思うのが、たまに「ラジオ人生相談」なる番組を聞きますが、相談者のほとんどは「問題が何で、自分はどうしたい」を明確に答えられない方がほとんどで、回答者がそれをガイドし、スッキリと整理するという流れです。 自分が何をしたいのか、その阻害要因が何なのか、明確に言葉で定義できれば、おのずから解決法も明確になります。 それが心の中で、ゴチュゴチャになっている人が多いようです。

「グーグルでの人間関係」
もうひとつ、印象的なのが「グーグル」に勤務した時の体験で、グーグルでは、社員が互いに尊敬しあい、他の社員が言い出した新しいアイデアは、それが正しいか否かについての議論などは無く、信頼に値する他の社員が言い出したことを「疑う」などと言う余分なコストを払わずに、そのアイデアを実行するにはどうしたら良いかと言うところから出発するそうです。 これが、本当であれば素晴らしいいことです。

私の経験では、新しいアイデアは、まず、社内での信任を取付けるまでが大変でそれができないまま潰れてしまうことなど日常的にありました。 日本の組織では、部下がおかしなことを言いださないように見張っているのも上司の役目であることが多いのですが、そのような企業とは対極にあるのです。 同じ職場の仲間は、厳正に審査され入社した能力のある仲間なのですから、その人のアイデアは信用するところから始まるというのは中々できないことですが、それを本当にしているならグーグルの素晴らしい会社で、普通の会社は太刀打ちできません。

古典的な組織では、内部の上下関係が厳しく、上が下を見張るように内部のエネルギーを食い潰す。片や、内部の関係がフラットで内部のエネルギーを食い潰すことなく、エネルギーが外部に増幅されて出ていく組織。 前者と後者が競えば、前者に勝ち目はありません。 内部のリソースが信じあうという事は、お互いに職業的なスキルを認め合うことで、そういう組織では社員を大事にすることでしょうし、組織の在り方も、進化し続けています。

今後、ネット社会の中で、会社と社員の関係は今までと大きく変化することでしょう。 古い殻を脱皮できなければ大きな試練が待ち構えていますし、新しいことに柔軟に対応できれば、素晴らしいことが待ち構えています。 大きく強いから生き残れるのではなく、柔軟に対応できるから生き残れるという事を実感している人たちが既に成功しているのです。 日本の市場で商売をしながら、ゴミゴミした日本には住みたくないと、スイスから日本向けにビジネスをしている例など、ネットにより距離感のなくなった時代を満喫している人たちがいるのですから、日本の中だけでチマチマとしている時代ではないのです。

高島町

平成30年 6月 12日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

「みなとみらい線」と「横浜市営地下鉄」では、横浜駅と桜木町駅の間に「高島町」と言う駅があります。 この地名が明治の頃、「横浜の3偉人」と呼ばれた中の高島嘉右衛門(タカシマ カエモン)によるものとは、駅の利用者でさえ知らない人が多いようです。 高島の作った高級旅館「高島屋」は、横浜に来る外国人が多く宿泊し、当時は外国の最先端の情報が得られる場所であったとのことです。 ここで外国の情報を高島は、当時交友のあった伊藤博文/大熊重信に東京、横浜間の鉄道開設を提案したそうです。 デパートの高島屋は、大阪の方がはじめられたもので、この高島屋とは異なります。

高島は、材木を扱う事業で横浜の外国公館の建設を多く手掛け、その中には英国の駐日全権公使のハリー・パークスの家もあったそうで、伊東/大熊コンビとハリー・パークス、そしてその間を取り持つ実業家としての高島が、鉄道工事を引き受けました。 当時の地形は東京湾の入り江があり、この海の縁を周回するのでは距離が長くなってしまうので、山を切り崩して埋め立てを行い、この時の契約では線路の用地については国有とするものの、埋め立てでできたその他の土地は工事業者の所有としてよいというものであったそうですが、完成後、高島はその土地をすべて国に譲渡しているのです。 その立派な行いで、高島の名前が地名に残っているのです。

鉄道を引くには当時、大きな反対があったそうです。 すなわち、外国のものを日本に取り入れることへの拒否感、国内の鉄道よりも軍隊の充実をと言う一派(西郷隆盛/大久保利通)、政府のすることにはとにかく反対と言う何時の時代にもいる反対派、「鉄道」とは「金を失う道」であるとか、外国文化を何の抵抗もなく受け入れる現代と異なり、当時は反対派がに強く、伊藤/大熊コンビは「売国奴」呼ばわりされたとのことです。 今でこそ、利便性の塊で何のマイナス点もない鉄道ですが、いつの世にも、新しいものの導入には反対派がいて、その反対派を打ち破らねばばならない。 これは私自身も現在進行形での体験ですから、大いに励まされます。

高島は、「高島易断」と言う占いまで作り出し、政策判断にも影響力を及ばしたそうで、この高島歴と言う暦は今でもよく見かけます。 明治の頃の政治家、実業家には偉い方々が多数おられ、現在の日本の基礎を作られたのです。高島町駅で乗り降りしたり、通過する人は一日で何万人もおられるでしょうが、彼の偉業に感謝する人は何人いることでしょう? この方々に現在の姿を見ていただくことができたら、さぞ、びっくりすることでしょうね。

自立していない国会議員による余計なお世話の議論

平成30年 6月 11日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

「高度プロフェッショナル」なる制度で、ブラック企業が増えるとか、高プロの社員の健康問題であるとか、日本人が個人として自立していないが為の、「甘ったれ」と偉そうな「余計なお世話」が入り交じった議論がなされ、民間感覚では「無駄な議論=無駄なコスト」をかけた、まるで「お仕事ゴッコ」のように見えます。「お仕事」をしているつもりの「お仕事ゴッコ」です。

一番根幹である「自分の命は自分で守る」を忘れ、従業員を如何に護るかなどと偉そうな高所からの議論などナンセンスなのです。 過労に耐えられないなら自分で会社と交渉し、それがダメなら辞職するか労働基準監督署に訴え出れば良いだけですし、過労で健康を害するというのも過労ばかりでなく、自分の健康は自分で守るのは当たり前の話であるのに、これが過労のせいであるとか、自殺した理由が過労であるとか、チョット、視点が狂っています。 仕事上での自殺は、労働時間と関係なく、仕事上での絶望感によるもので労働による物理的な時間の長さだけで発生するものではありません。「お気楽な」仕事以外では、どこでも発生する可能性はありますが、それは制度の話ではなく、個人の生き方の話です。 それをすべて法律と言う制度で護ろうとするのが「余計なお世話」なのです。

制度による「余計なお世話」、例えば「遊泳禁止」です。 どこで泳ごうと自分の勝手で、危険か否かは個人の技量によるもので、たとえ「安全な」プールであっても、水深が30cm程度あれば、どこでも水死する可能性はあります。波の荒い海だけが危険ではありまん。 米国であれば、「 Swim on your Risk 」(自分のリスクで泳ぎなさい)ですが、それを「禁止」というのが余計なお節介ですし、冬山で遭難すると捜索隊が危険を冒して救出に行くのも「余計なお世話」。もともと、危険と分っている冬山に行って事故に遭うのは自分の責任ですから放っておけばよいのです。 誰かが助けに来てくれる「甘え」と、助けに行く「余計なお世話」が蔓延しているのです。

「高プロ」と呼ばれる職種の最たるものは中小零細の経営者です。 しかし、「高プロ」を護れというのは大企業の社員の話で、中小零細では経営者自身が誰からも保護されない状況の中で生き残る為に必死に働いています。 自らをブラックな環境に追い込んで働いている経営者は沢山います。 そういう経営者が行き詰って自殺しても世の中では「倒産自殺」くらいの扱いで誰に文句を言えるものではありません。 

サラリーマンといえども、全てを会社から抱えられているのではなく、会社に業績を残して会社と対等に渡り合うような「自立性」が大事な時代になります。 法律で護ろうとすること自体、時代錯誤なのです。 野党の皆様、労働組合と言う集団主義のままでいくら党名を変えても古い体質は残っているようで時代の変化に鈍感なようにお見受けします。 まるで 「弱い者の味方」、「正義の味方」のような偉そうな態度、ホンマに余計なお世話です。

歴史の謎はインフラで解ける  教養としての土木学  大石久和・藤井聡  産経新聞出版

平成30年 6月 8日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

目の前にそびえ立つ華やかな建築に比べると、水平的な広がりの土木は地味です。 道路や堤防などのインフラも昔からあったもののように思い込み、都市計画、上下水道、道路など生活のインフラを作り上げてきたのは土木なのですが、建物に驚嘆の声をあげる人は多くても、土木のお陰と気が付く人は多くはありません。「歴史も文化も社会も経済も全て土木が作ってきた」との藤井先生の御指摘、なるほど、よく考えてみればごもっともなことです。 土木が支えてきた社会に発達に胸を張って土木の貢献を説明できるのはさすが、大石先生、藤井先生で土木の誇りが溢れています。

「すべての道はローマに続く」は、有名ですが、地方を制圧する軍隊が速やかに移動できるためにも、商業を発展させることは物流を発展させることなので、その裏方として道路の整備があったこと、都市が発展すれば、人口に合わせてその上下水道の整備も必要で、それを成し遂げてきたのも土木技術。 なるほど、歴史の授業では「商業が発達した」などの表面的な話で終、その陰にある「交通網の整備」「多数の人が住める住環境の整備」、そして災害の多い日本では、山崩れの防止や河川の氾濫を抑え、干拓で面積を増やしてきました。ブルドーザやクレーンなどの重機が無い時代によくぞご先祖様達はここまで作り上げたものです。 ローマ、京都、江戸、などの大都市には水道設備があり、生まれた時から水道などあって当たり前の現代人はその有難ささえ意識しません。 

本書、両先生の土木に対する熱い思いに溢れ、歴史と言うと武将の活躍にばかり目を奪われがちですか、歴史上の人物の成し遂げたインフラ整備があっての成功物語で、歴史を振り返る時にインフラ整備、それを成し遂げた土木技術まで合わせて、読み取ると歴史の理解が深堀される思いです。

社会インフラを作り、それを次の世代にまで残すことの重要性がよく分かります。 インフラ整備は、自分たちが恩恵にあずかるだけでなく、将来への方向性も決める重要なことです。インフラが整備されているか否かで国の将来冴え左右されるのです。「財政の健全化」などというと、「健全」であることは良きことであり、その良きことに近づくのも「良い事」のような言葉のトリックに騙されそうになりますが、立派なインフラを後世に残すためであれば、後世に応分の負担を残しても良いのです。 財政の健全化などより、インフラの整備こそが明日の日本の国力につながります。 

ベーシックインカム

平成30年 6月 7日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

最近、よく聞くのが「ベーシックインカム」。 ある金額を国民一律に配り働くことのできない人にも一定の収入を保証するという事のようですが、これは議論するだけでも時間の無駄のような「絵に描いた餅」ではないでしょうか? 元々は、公的サービスに関する出費を全てやめ、そのお金を戻すから後は自分でやれというもので、公的サービスを全て停止したらどのような混乱があるのか計り知れません。 そこで、年金以外の公的サービスを維持したたまま、年金に変わり一定額を国民全てに配るというようですが、その原資はどこから持ってくるのでしょう?

現役時代の収入に応じた年金を支払い、定年後はその支払額に応じた年金が支給される制度で、年金の支給額に差があるのは当然のことです。 ろくに払いもしないで、受取金額に文句を言う方が図々しいのです。 私も過去に数回転職しましたが、切れ目なく会社を乗り換えたので、40年以上に渡り支払いを続けた失業保険など、その一部さえ受け取ったことはありませんが、私の支払った失業保険は、働く気もないまま失業保険を受取る人達に使われたことでしょう。 社会保険と言うのは、このような多少の不公平があっても収入のある人の所得の一部が具合の悪い方々をサポートするように使用され、それで社会の安定が得られれば仕方ありません。

しかし、原則は利益を得る人が負担することです。 何の負担もなしに、一律に一定のお金が配られるなど、どこぞのオイルマネーが潤沢にある国であれば可能なことでしょうが、日本でこれをすれば、働かなくても最低限の生活を望むような「怠け者」を生む出すだけです。 耳障りの良いことで受けを狙った言葉はウソだらけです。  ウマイ話には必ず裏があります。 善人ぶって、国民全員にお金を配るなどと言うバカ話を信じてはなりません。 もし、実現するとしても、そのお金、国民から巻き上げた税金なのですから、右手でお金を受取ってもも、左手から奪われるだけのものです。

ぬるま湯の井戸の中     現状に甘んじてはいけない

平成30年 6月 6日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

日本はどこに行っても清潔感にあふれ、ほぼ安全で世界中の美味しい食べ物もあり、伝統文化からエンタメは各年代毎に色々あり、国民の間で人種差別やその他の社会的差別による大きな対立もなく、失業も社会問題になるほどでもなく、外国からの圧力も北朝鮮による拉致問題、韓国による竹島、中国による尖閣などあるもののシリアの内戦などに比べれば全く平和、礼節をソコソコ重んじて通勤電車も整然と動き、国会もモリ/カケなどの小さな問題を1年以上も繰り返している能天気状態で、平和ボケの極みのような社会です。 この小さな幸せ、ぬるま湯に慣れて世界の中では「ましな方」にいるのであろうと油断しきった方々が多いのですが、「経済大国」などは昔話、「ハイテクの国」なども一面だけで、大きく見れば世界から立ち遅れているのです。 この現状に甘んじてはいけないのです。

1.欧米先進国の賃金が過去20年で2倍になっているのに、日本ではマイナス5%
2.一人当たりのGDPは、あの破産したギリシアよりも低い
3.中国とインドのGDP成長率は6%
4.グーグル/マイクロソフトの大卒初任給 160万円
5.インドの新卒エンジニアの初任給    125万円
6.深圳のの新卒エンジニアの初任給     83万円
7.ファーウェイの日本人初任給       40万円
8.日本企業大卒平均初任給         20万円
9.一般家庭の消費は増加していない

( 上記のリストは、主として、大前健一  世界の潮流 2018 → 2019 プレジデント社 から引用)

世界の中で、日本が凋落していく傾向は多々あるのに「夢」も「怒り」も忘れた、去勢されたような(これは問題発言??)、まるで「おしん」のようにただ、「耐え忍ぶ」だけではダメなんです。 デフレからの脱却を目指しても、中々、そこに到達できないのは経済問題ではなく、一人一人の「心の萎縮、精神の萎縮」にあるように見えます。 「出る杭は打たれる」を嫌ってチンマリと組織の中に埋没していてはダメなんです。

私のようなジジイでさえ、古い業界からの妨害活動に負けずに活動していますが、若い方々、古い殻を破って活動してください。 と言うと、過激なジジイのように聞こえるかもしれませんが、若い方はスマホやゲームなどに夢中にならず、あのようなものは捨てて、自分の小宇宙に閉じこもらないで世界に挑戦して欲しいいものです。 日本がこのままぼ没落への道を歩んでも、「ゆでガエル」の国民は、井戸の小さな世界で満足している。 これで良い訳はありません。出る杭として叩かれたり、ブログが炎上したり、そんなことを気にしていてはダメです。 何もしないより、叩かれたり、炎上したりするくらい活発に活動すべきです。 元気に力いっぱい生きなければせっかく生まれた人生への冒涜です(これは、自分を叱咤激励するためのもので、人様を扇動するような意図は全くありません)。

イリューシン62 と アントノフ2

平成30年 6月 1日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

キューバでは、今となってはクラシック・カーの米国製の古い乗用車が現役だそうですが、飛行機に関して同じようにタイムスリップしたような世界が北朝鮮です。

ジェット旅客機は、最初にデビューして頃から着実に進歩し、次のような分類があります(私の勝手な分類尾ですが)。

第一世代 DC-8  B-707 VC10    IL62
第二世代 DC-9   B-727
第三世代 DC-10  B-747  
第四世代     B-767/777
第五世代     B-787

北朝鮮に4機あるイリューシン(IL)62は、4基のエンジンを機体後部に取付け英国のヴィッカース(VC)10 の設計をソ連が盗んで作ったというイワク付きの飛行機でキムさんの専用機は1988年製と言われています。 航続距離は5千キロ程度と言われていますから平壌からシンガポールまで、4千キロ程度でしょうから、飛べない距離ではありませんが、第一世代の飛行機ですから、慣性航法装置もなく、行先の緯度経度を入力すれば自動で航行できるハイテクの旅客機に慣れた日本のパイロットでは平城からシンガポール迄たどり着けるか? 偉くなるのはツライこと、国家元首ともなれば民間航空機で行く訳にはいきません。専用機で、お供も随行しシンガポールで使う専用車を運ぶ輸送機など御一行様が正に大名行列なのです。 果たして、北朝鮮がどこまでできるのか? 

エンジンもターボジェットで、現在主流のターボファンではなく、エンジンの始動も専用の電源車が必要でしょうし、トラブルがあっても交換部品は簡単には手に入りません。 シンガポールに行くにも簡単な話ではありません。

ちなみに、日本の政府専用機、あれも実は2機ありまして、安倍さんが乗り込むときには既にもう一機も上空で待機し、いつも2機で運用されているそうです。

もう一つのクラシック飛行機がAN-2 今や世界では数少ない単発複葉の飛行機で「複葉」などと聞いても一般の人には全くなじみのない、翼が機体を挟んで上下に2枚ある複葉機です。武装した兵隊であれば、10名程度しか乗れず、これで日本海を渡るのは至難の業ですから、数百機があると言っても、AN2型は、日本には少しの脅威にもなりません。 迎撃するのに対空ミサイルを使うのがもったいない位の機体です。


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