株式会社落雷抑制システムズ

雷ブログ

大学との共同研究

平成31年 2月 28日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

弊社、輸入した外国製品を販売しているのではありません。 落雷対策を中心に50件の特許を取得しながら開発した製品を県の工業試験所で各種の試験を行い、日本国内の専用工場で生産しています。 また、生産して販売しているだけでは無く、二つの大学との共同研究も進めています。その一つは理論的な解析で、電界の変化のシミュレーションでコンピュータ上での解析です。 もう一つは、実際の検証試験で、雷の多い栃木県で「フィールド・ミル」と呼ばれる、電界強度計をPDCEの周囲に設置し、実際の雷雲の通過時の電界強度の測定を進めています。

これは、電線からのノイズ、空調機の室外機からのノイズも影響するような非常に感度の高い測定器で、これをPDCEの周囲に多数、配置し、昨年の予備試験では差異が認められましたので、この計画をもう一歩進め、今年は新型PDCEを用いた試験を計画しています。

昨日は、その試験の打合せを関係者が集まり、今後の計画の打合せをしてきました。 PDCEの販売のみならず、このような頼もしい研究陣に支えられていることは嬉しい事であり、誇りに思うところでもあります。

数字の見方  沖縄の県民投票

平成31年 2月 27日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

沖縄の県民投票、多くの新聞の見出しでは、70%以上が反対という事になっていますが、これは適切な見出しとは言い難いのではないでしょうか。 国会でも「7割」という言葉で質問をしていた議員さんがいましたが、「何の7割」の「何の」が抜けた「7割」だけでは無意味です。 大雑把ですが、投票率50%の70%が反対というのは、全体では35%が積極的に反対を表明し、残りの65%の大多数は投票にも興味を示さず、消極的な受容、反対する程の反対でもない、ということです。 世の中、声の大きい側(35%)に注目し、「部分の7割」が「全体の7割」のように「格上げ」された数字になってしまいますが、それは意味がありません。

沖縄の知事さんは、基地問題を「沖縄vs日本政府」のように誘導しようとしているようですが、問題の根本は日本が敗戦国であり、これは戦争の結果であるという仕方のないことなのです。 東京の空でさえ「横田空域」と呼ばれる米軍の管理下におかれ、敗戦の状況を未だに引きずっていますが、戦争体験の無い我々は、生まれた時からのこの不平等な状態を「不条理」と言っていますが、そもそも世の中に「公平/平等」などあり得ないのです。ですから、局面を限定した「法の下の平等」と「法の下」に限定した「平等」なのですか、これをどの場面においても全て「平等」でなければならないような拡大解釈になってしまっています。 戦争によってネジ曲げられた状況を回復させるには戦争による解決しかありません。 しかし、米国と再び戦争をし、勝利することは不可能であり、この不条理を受け入れるのは仕方のないことなのです。

戦いで負ければ、虐殺、暴行、人身売買、奴隷など勝った側の好き勝手にされるのは昔からの戦いのルールで、事実、ソ連は日本の敗戦後に日本兵を70万人もシベリアで奴隷としてこき使い、極寒の中での栄養失調、過酷な労働で殺されたのです。 これは、日本の戦国時代でも同じことで、兵士として駆り出される農民への褒美は略奪、暴行で実利を得ることでした。 そうした日本やソ連のやり方に比べれば、米国の占領政策は人道的な方で、未だに米軍兵士による婦女暴行があったとしても、日本人による婦女暴行の割合いと大きく違う訳でもないのです。  同じく、大東亜戦争の結果として占領された北方領土はいまだに占領状態が続いています。これは返還などされる訳がありません。 これと比べれば、米軍基地が多かろうと、まるで「天国と地獄」のような差がありますが、その「地獄」こそが戦争に負けた場合の世界標準なのです。 

沖縄県知事殿は、対立を煽るような事をせずに、協調/融和を進めるべきなのです。普天間飛行場が世界一危険であるとか言うなら、福岡行きの飛行機に乗り、着陸時の外の景色を見てください。市街地を超低空で滑走路に向かいます。こんな飛行機が、5分おきに飛んで来るのは普天間どころではありません。 ニュースとしては、対立の構図の方が面白いですからマスコミも対立を煽りますが、そういうマスコミに操られないように注意すべきです。

犬の世界と人間の世界

平成31年 2月 26日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

車を運転中に信号待ちで停まっていると、車道脇の歩道を大型犬を連れた方が散歩していました。 この大型犬、大きな体の割には小まめに歩道のあちこちの臭いをかぎ回り、自分のマーキングをしていました。 この犬の世界観とは、恐らく、いつもの散歩道でのマーキングと、飼い主の家族とその中での序列、与えられるエサへの期待程度で、増税、アベノミクス、米朝会談、など何も煩わされることなく、一時の散歩に集中している。 犬には、世界の出来事など知る由もなく、非常に狭い世界の中で生きていますから、知識量だけで比べれば、社会で活躍している成人であれば恐らくこの犬の何万倍もの知識はあるでしょう。 犬と人間の差は、属している社会の大きさの違いでしょうが、その社会は大きければ良いのかと言えばそうでもなく、その社会の中で有効に活用している知識/情報の割合は小さなものです。 ネットで世界中を飛び交う情報のうち、9割以上はただのゴミではないでしょうか? 我々の日常は、不必要な情報に踊らされていることが多く、生活に必要な分だけを比べれば実質的にはこの犬と大して変わらず、犬を馬鹿にすることは出来ません。

恐らく、ほとんどの方の世界は、家族、会社、交友関係、そして少しの国内の諸問題や国際情勢ともなれば、興味はあっても見ているだけで何の影響力も行使できませんから、ただの傍観者。飼い犬より世界観は多少広いものの、たいして変わらない。それどころか、飼い犬の世界であれば、世界の狭さに応じて悩みも小さいであろうに、なまじ犬より広い世界の中で悩みも犬よりは大きい事でしょう。 自殺する犬などいませんが、人間は、少し大きめの世界の悩みに耐えかねて自殺までしてしまう。 小さな世界で生きる事と大きな世界で生きることを比べれば、大きな世界で活躍している方が立派に見えますが、その世界の大きさと人の幸福度には何の関係もありません。

一心不乱に歩道での臭いを嗅ぎ回る犬は、案外、幸せなのでしょうね。  と、私は自分の身の不幸を嘆いている訳ではなく、狭い世界の中で私はそれなりに幸せですが、オット、犬の世界など余計なことを考えていると信号が青に変わっていました。

天災を言い訳にするな

平成31年 2月 25日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

先日、不動産の所有者側の方と話をしました。 高層ビルの外壁が落雷で破壊され、コンクリートの塊が地上に落下する事故はよくあります。 しかし、それほど大きな問題と認識されていないのは幸いにも死傷者が出ていないので報道もされていないというだけの事で、報道されていなくても事故は発生しているのです。 これについての対策の不備を私が指摘すると相手の方は、「建築基準法に則り建設した建物で、自然災害により発生した事故については責任はない」とのことで問題視していないのです。

建物の所有者としての責任論の観点で判断される前に、事故で死傷者が出れば悲しむ人があり、それを防ぐ事を第一に考えるべきで、責任論から入って法律を守っているのだから自分の責任ではないと言い放てば何の進歩も生まれません。 「自然災害だから仕方ない」でかたずけて良いのでしょうか? 少し大げさですが、人類の文明は自然界の脅威に対峙して発達してきたのであり、自然災害であるから仕方ないと言い訳を繰り返すのではなく、できる事には挑戦すべきなのです。もちろん、自然災害のスケールは人間の社会生活のレベルを超えるものもあり、全ての自然災害を克服できる訳ではありません。

しかし、落雷程度の自然災害であれば対抗する手段があります。 そして、古いルールを守っていれば安全なのかと言えば、そうでもないことが身の周りでは色々と発生しています。 交通規則を守って運転していれば事故は発生しないのでしょうか? 車を運転する時には、最低限のルールを守りつつ、さらに注意義務をもって事故を未然に防いでいるのに、相手が自然災害であると、建築基準法を守っていたのだから、そこでの自然災害は仕方ないというのは法律的にはそのとおりなのでしょうが、同様の事故が発生し、予見出来たことについて、法律論だけで対処しようとするのには違和感を感じます。 ご自分の家族がそのような事故に遭った時に、自然災害であるから仕方ないと諦めるのでしょうか? 事故が報道され、同様の事故の発生は所有者として予見できた事に何の対策もしていなかったのですから、私でしたら、諦めて泣き寝入りはしません。

事故を本当に防ぎたいという動機は希薄で、昔からのルールを護っていれば法律上の責任はないという御自分の保身の気持ちだけなのです。 被害者の気持ちの一片すら感じられません。 その昔からのルールが完璧であれば、事故は起きていないのですが、実際には事故は発生していても、「自然災害」であるから仕方ないと言い訳がまかり通っているのです。 そのコストが現実的な範囲を超えていれば論外ですが、建物の建設コストからすれば、まるでゴミのような程度で対策できるのです。 しかしながら、人間社会でまかり通るのは経済性と昔からの慣習、天災という言い訳の世界に安堵し挑戦を忘れた方々です。 「歯ぎしりするゴマメ」派としては何とも仕方がありません。

PDCEの販売が好調です。

平成31年 2月 22日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

今年に入り、2か月が経ちましたが、3月までの予定を含めると、この3か月で軽く100台を突破しました。 累積設置数も2千台を超え、落雷事故の抑制に貢献できている事を誇りに思います。

ただ、「超保守的かつ世間知らず」という方もまだまだおられて、異口同音、同じことを言われます。「国内で認証を受けているものでないと信用できない」と言われます。 ところが、避雷設備の条件としては、材質、その厚さ、を決めている規格はありますが、世の中で販売されている避雷針がその規格に適合しているか否かを認証するような社会制度が無いのです。 商用電源に接続する電気器具は安全性の面から認証を行う社会制度があり、販売の前にその認証を受けていますが、それと同じような認証制度はないのです。 ですから、世の中で何百万本も使用されている今までの避雷針にも「公的認証」など取得したものは一本もありません。

そのような事実を理解しないまま、新しい製品には文句を言われるのですが、通常の避雷針も弊社のPDCEも「雷撃を受けた場合に安全に雷電流を地面に拡散する」という点では全く同じで、PDCEを設置すれば落雷が無くなる。。。などとは言っていないのです。 落雷を防止すると言えば、雷電流を地面に拡散すための通常の避雷針も必要になります。
  PDCEには、過去の2000台のうち、一番使用されているものは100か月になります。 今までの2000台の試用月数を累積し、年に変換し、今までの落雷数で割るとで600年代に1回程度の確率で落雷した「実績」があります。 この落ち難いことが安全のための目安なのです。

「もし何かあったら、どうする」というのは自分の保身のためのいい訳であり、本当にお客様の事、施設の事を第一に考えられるなら、昔ながらの方法だけに固執すべきではありません。「何かあったらどうする」という心配は新しいものを使用した場合にのみ発生する事ではなく、効果があると分かっている新しいものに目を閉じ、古いものを使い続け、もし、「何かあったら」その時はどうされるのでしょ?

日本人の40% はダチョウなのか   再掲載

平成31年 2月 21日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

ダチョウは、身に危険が迫ると、頭を隠して危険なものを見ないようにし、危険が遠ざかるのを待つと言う寓話があるそうで、これと同じように「判断回避症候群」が日本にも蔓延しているように思えます。

世論調査によると、憲法第9条を変えない方が良いとの方が40%もいるとの事ですが、この世論調査が正しく世論を反映しているとしたら、日本人の40%は、「ダチョウ」と同じレベルという事になるでしょう。 憲法では、軍隊を持たないとしているのに、自衛隊と言う立派な軍隊がある。 この矛盾を解消するには、憲法第9条を変更するか、自衛隊を解散するしかないのです。 戦後、平和であったのはこの憲法のおかげという事で、これを変えてはいけないというのは原因と結果の関係性が理解できないアホなのです。 日本人は、歌舞伎の黒子のように、そこに見えているものでも、無いものとして鑑賞してしまうクセがついているのか、自衛隊と言う軍隊も見えているのに、見えていないもののように扱ってしまう特技を持っているようです。

戦後、日本の軍隊は悪者であったという洗脳教育によって軍隊があるから戦争になる、これを持たないのが平和につながると思い込んでいる人達が大勢いるのですが、まったくの見当違いです。 世界はユートピアではなく、身の回りから国際関係まで、自分以外は悪人と思った方が良いくらいに邪悪に満ちた世の中で、理想主義や対話では解決できない問題で満ち溢れています。 日本が一見、平和であるというのは、警察、海上保安庁、自衛隊に守られた平和で、いつバランスを崩されてもおかしくいない不安定な平和です。 軍隊が無い方が平和になると言われるなら、警察も無用と思われるでしょうから、一年間、家の戸締りをせずに暮らしてみて欲しいものです。

今さら、東京裁判のやり直しなどできるハズもありませんが、個々人での見直しは自由ですから、戦後の日本の歴史がいかに歪められたものであるか、我々日本人のご先祖が極悪非道の悪者である訳がないのです。 南京大虐殺も従軍慰安婦も中国/韓国に利用されているだけの事で、実態は当時としては常識的な範囲内の出来事しか無かったのです。 闘うことがイケナイ事であると牙を剥かれた日本人は、いじめに遭っても対抗すらできない軟弱な若者を生み、将来に希望を持てないひ弱な若者ばかりの世の中になってしまいました。

怖いオジサンのように思われるでしょうが、人生は闘い、国と国も闘いで生存するのであって、対話で協調するなどアホ抜かせと言いたいのは、北朝鮮を見れば分かります。拉致被害者について対話のテーブルにも出てこずに40年以上が経過してしまった事実を「対話論者」はどう見ているのでしょう。 対話を右手とすれば、左手には軍事力を持っていなければ対話など進みません。 現実を直視し、軍備が無いみじめな状況を知るべきです。 日本が抵抗しないからと、日本人を日本国内から拉致した北朝鮮、竹島も勝手に占領してしまった韓国、尖閣に手を伸ばし沖縄までも狙って来ている中国。 北朝鮮については核やミサイルと騒ぐ前に拉致被害者の事を忘れてはなりません。 拉致被害者が戻るまでは、北朝鮮は、日本人を拉致したは明らかな「敵国」なのです。 日本の隣国にはまともな「平和を願う諸国」などないのです。 この状況で、日本の平和を保っているのは、危険な仕事を遂行している、自衛隊と海上保安庁なのです。

憲法を放置することは、自衛隊員に失礼な話です。 キチンと認めて、関連の法律も整備し、世界並みの軍隊にするべきなのです。  そのためには、少なくとも 憲法第9条第2項は削除すべきです。 これを残したまま、新たに何を加えようと混とんとするだけです。 ルールは、単純明快をモットーとすべきで、おかしな解釈などするべきではないのです。

育ちの良さ  自分を育てる

平成31年 2月 20日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

育ちが良いとは、裕福な家庭で何不自由なく育てられたというだけではありません。 問題は、自我に目覚めてから自分をどのように育てたか、自分を育てると言う意識があったか、無かったか、そこが大事なのです。 過去の事をに囚われても過去は変えることは出来ませんから、過去を嘆いても仕方のないことで、それは時間の無駄です。 今日と明日は自分で変えられることなので、少しでも自分を育てる気持ちがあって生きてきた人こそが「育ちが良い」といえるでしょう。

恵まれた環境に生まれても、経済的に恵まれたせいで定職に付かづ覚醒剤などに走り、いい歳をしながら年老いた親の厄介になっているようなアホもいますが、これは如何に名門に生まれようとその後の自分育てが悪かったという事で、「育ちが悪い」部類です。 逆に家庭的には恵まれなくても、その後の「自分育て」をしっかりして活躍されている方も大勢います。 生まれに関係なく、育ちの良し/悪しがあるのです。

「自己実現」というのも流行のようで、資格を取ることを目標にしたり、それはそれで良い事ですが、表面的なキャリアより大事なのは、人として「筋を通す」生き方です。 ここで言う「筋」とは法律以前の話であり、何が「筋」なのかは法律のような手本はありません。「ウソをつかない」「人をだまさない」「恥ずかしいいことはしない」というような子供の事から教わってきたことです。 幼い頃から知育に偏った習い事をするより、人間の基本を親が生活を通じて見せることも大事です。 家庭の経済力は、就学の際の有利にはなるかもしれませんが、経済的な要素だけで人の一生が決まらないのはナントも愉快な話です。

節操のない事をする人、筋の通らないことをする人、子供を虐待する人など、お行儀の悪い大人は沢山いますが、それを見て思うのは、育ちの悪さです。 見かけだけは大人であっても自分育てがよくできていない子供なのです。 自分を育てる機会はいくらでもあったのにそれをしないで育ってしまった大人です。 少子化に伴い、大学への進学率が現在の53%から60%に増加したとしても、大学への進学者の数は激減し、その対策として大学では中高付属小学校での囲い込み、社会人の再教育を狙っているようですが、このリカレント教育というとすぐにMBAだのと今より上を目指しますが、本当は今以上に詰め込むよりは、現状で空洞となっている部分に詰め物をすることの方が大事ではないでしょうか?

特許庁からの訪問

平成31年 2月 19日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

弊社、現在の売り物であるPDCEや次期機種、その他落雷関連の特許は50件近くあり、意匠登録、商標登録なども40件を超え、その数は落雷対策製品を扱う業界では断トツの一位だそうです。 そこに興味を持った特許庁の審査官の方々が弊社にお見えになり、次のような内容で2時間にわたりお話しさせていただきました。 まあ、これは弊社を知りたいという方に対しては誰にでも説明しているものですが、我ながら内容は濃いものであると思っています。

1. 会社の生い立ち

2. 売上と販売台数

3. 会社の目標と取得特許

4. 日本の雷保護業界

5. 気象災害の増加

6. 避雷針について

7. 現在の避雷設備の問題点

8. 落雷の発生とPDCE避雷針の原理

9. 社会の変化と落雷対策

10. 新型PDCEの開発

11. PDCEをどのように活用するか

12. 最近の納入先

13. 効果はあるのか?

14. 将来構想

自分の会社の過去、現在、未来に対してどのような認識をしているか。これを人のためというより、自分自身のためにも必要なことで、気が付く度にアップデートを重ねています。 今回も説明が終了した時点で、不足分を見つけて、さっそく補強しました。

ブログを書いていて良かったこと

平成31年 2月 18日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

このブログには、読んだ本の感想などを書くことが多いのですが、ずいぶん前(2017年 12月 )に「脚気と軍隊」という本について書きました。 著者は荒木肇さんで、荒木さんは、この他「自衛隊という学校」「日本は如何に軍隊を作り上げたか」などを書かれ、日本が明治時代から世界に追いつくために如何に軍隊を育ててきたかを解説しています。 軍隊は日本の近代史で重要な役割を果たして来ているのですが、荒木さんの経歴でビックリなのは横浜市で教員をされていたことがあるようです。

今の日本の乱れの元凶の一つは教員、学校の先生、日教組です。戦前は全て悪であったという米軍の洗脳教育を現場で担ってきたのが日教組です。 その日教組の強かった時代にその中で、まっとうな意見を述べれば職場の中で袋叩き、村八分にもされたでしょうが、よくぞまっとうな歴史の事実を伝えてくださっています。日教組による洗脳教育の結果、軍隊は悪と思い込んでいる方々も多いのは残念ですが、軍隊は階級社会で組織の中での秩序は絶対ですから、そういう秩序が社会にも行き渡り安定した日本の文化を形成するにも役立ってきたのです。 今でも日本の平和を支えてきているのは、自衛隊、警察、海上保安庁なのです。 これらの組織が無ければ、近隣の「諸国民」にとうに食いものにされていたことでしょう。 その軍隊の歴史を知り、この組織に感謝すべきなのです。

子供のころ、お調子者であった私は、当時はやった「安保反対」のデモの意味も知らず近所の子供を集めて、ピッ、ピッと笛を吹きながら家の近状から学校まで「安保、反対」と叫びながらデモ・ゴッコをしましたが、それを見つけた担任の先生に「勤務評定反対」という黄色いリボンを付けてもらい、「安保反対」と共に「勤評反対」も加えように言われて意味も知らずに日教組のお先棒を担がされ、「安保反対、勤評反対」と町の中を練歩いた恥ずかしいい経験があります。 今の時代であれば、先生が政治的に児童を利用したという事で問題でしょうね。

その荒木さんが、私のブログを見つけ、メールをくださいました。明日、お昼を一緒にする約束になったのですが、この本の著者に直接会えて、お話しができるとは光栄の至りです。 ブログをやっていて良かったと思った瞬間です。

山岡鉄舟 20則

平成31年 2月 15日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

徳川幕府から明治政府に移行する時、江戸城で争うことなく城を明け渡したことで有名な西郷隆盛と勝海舟の陰で、大きな貢献をしたのは山岡鉄舟であったのです。その山岡鉄舟が15歳の時に自らに課したのが以下の20則だそうです。 昔は平均寿命が短かったためか、成熟するのも早く昔の15歳の精神年齢は現在の30歳を超えているのではないかと思える成熟ぶりで、逆にいえば、それと比べると現在の大人は生活年齢が高くとも、精神年齢が低い(端的に言えばアホ)のかもしれません。 とても15歳の少年が書いたものとは思えない内容です。私は、60を超えていますが、完全に負けています。 我々、日本人のご先祖様には偉い方が多かった。これらの方々が今の日本を見たらどのように思われることでしょう?

一. 嘘を言うべからず

一. 君の御恩忘れるべからず

一. 父母の御恩忘れるべからず

一. 師の御恩忘れるべからず

一. 人の御恩忘れるべからず一. 神仏ならびに長者を粗末にすべからず

一. 幼者を侮るべからず

一. 己に心よからず事 他人に求めるべからず

一. 腹をたつるは道にあらず

一. 何事も不幸を喜ぶべからず

一. 力の及ぶ限りは善き方に尽くすべし

一. 他を顧して自分の善ばかりするべからず

一. 食する度に農業の艱難をおもうべし 草木土石にても粗末にすべからず

一. 殊更に着物を飾りあるいはうわべをつくろうものは心濁りあるものと心得べし

一. 礼儀をみだるべからず

一. 何時何人に接するも客人に接するよう心得べし

一. 己の知らざることは何人にてもならうべし

一. 名利のため学問技芸すべからず

一. 人にはすべて能不能あり、いちがいに人を捨て、あるいは笑うべからず

一. 己の善行を誇り人に知らしむべからず すべて我心に努むるべし

EMP(電磁パルス)など防げるわけがない

平成31年 2月 14日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

核爆発による電磁パルスで金属の電線に起電力を生じ、ケーブルに接続された電気/電子機器は破壊され、通信機能などを一瞬で失うので、核戦争の第一撃は大量の電磁パルを発生させるEMP爆弾から始まると言われています。 昨日いただいた質問で、放送局のアンテナの周辺で使用している工事用のクレーンでフックに触ると火花が出るのを従業員が怖がり、これを防げるものが無いかを探している中で、EMPを防げるとの広告を見た方が、弊社の製品でEMPを防げるのかとの問合せでした。 これは弊社の製品ではなく、類似の競合製品ですが、イイカゲンな広告でしてEMPなど防げるわけがありません。 もし、防げる効果があるとすれば、この製品をアンテナ付近に取り付ければアンテナが機能しなくなるハズです。

弊社製品は、アンテナから落雷から保護するために多数が使用されていますが、受信障害や発振の機能を妨げることはありません。 すなわち、電磁エネルギーに対してはこれを妨げたりしないのです。 この競合製品もアンテナで使用されている例はあるでしょうから、アンテナ付近でアンテナに干渉しないこことEMPから保護するという相反することを同時に宣伝しているのですから、何を考えているのか分からない広告です。

送電線の下でも傘を広げ傘の軸に指を近づければ放電が見られます。 晴れた日の昼間よりは、小雨の降る夜間であれば14万ボルトの送電線の下であれば火花を見ることができます。 強力な電波を出す放送局のアンテナの近所に発火性の高い水素を排出している化学工場を設置するのは危険ですが、電波を受けてクレーンに流れる電流であれば、人体に影響のあるほどの放電ではないので、火花にビックリする必要はないのですが、発生する理屈を知らなければ不気味なことでしょう。

禅の言葉に学ぶ  ていねいな暮らしと美しい人生  枡野俊明

平成31年 2月 13日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

「莫妄想」という言葉「妄想するなかれ」と覚えたのは確か中学生の頃かと思いますが、その時はただ「妄想」をするな。。というだけの意味と理解していました。 しかし、これは間違い、というか底の浅い理解であったことを本書で悟りました。 枡野さんの説明では以下のとおりです。

ここで言う「妄想」とは俗にいう誇大妄想の事とは違い、相対的二元論、つまり、生死、愛憎、美醜、貧富というような対立的分別には、選り好みが生じて執着心が起こるから、このような分別心、つまりものを二つに分けて考えるのをやめなさいということ。 即ち、「妄想という邪念にとらわれることなかれ」。対立的な考えから一歩抜け出て、今なすべきことをひたすらなせという事を説いているそうです。

今や世の中はディジタルの世界で、「1」と「0」で、世の中が動いています。 この言葉は無業禅師という1000年以上も昔の方の言葉ですが、ナント、デジタル時代の到来を予見していたかのようなお言葉です。 最近は、デジタル思考、二進法で物事を判別する傾向は強くなっていると感じます。 コンピュータで支えられる世の中の仕組みは2進法で動いていますが、これは、たとえば、磁石のNとSのように2値を安定的に保持できる素子がコンピュータの記憶装置として最初に用いられ、2進法を電子回路で構成するのが容易であったためです。 しかし、理論的には自然対数の底である e  の値、2.71818 に近い数を基数として3進法の方が理論的には効率が良いのです。

「賛成」「反対」「どちらでもない」、賛否を問われれば二進法は単純すぎ、三進法の方が人間の考え方に合っていることは感覚的にもご理解いただけると思います。 沖縄の県民投票での選択肢に「どちらでもない」を加えたのは良い事です。 まあ、そもそも県民投票をするような題材でないという根底が間違ってはいますが。。。 禅語から、コンピュータ、沖縄県民投票と支離滅裂になりました、元に戻って、この禅の言葉には心が洗われます。 科学技術だけは進歩しましたが、人間の精神世界には大きな進歩はなく、一千年も前の言葉でも現代での教えになる言葉が沢山あります。 毎日ジックリは読めませんが、いつでも読めるように傍らに置き、これを開いては反省する事ばかりです。1千年を生き残った言葉の重みは貴重です。

回転球体法では説明できない

平成31年 2月 12日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

弊社と同じような製品の効果、保護範囲を半径200mの回転球体法で説明している会社があるのですが、雷撃電流と雷撃距離については、自然現象ですからピッタリと求められる訳ではなく、Armstrong&Whitehead, Berger, Anderson,  Golde, Wanger など諸説 があります。 これらの説によるとr=200m の雷撃距離となるには最低でも60kAから200kAの大電流でなければ、雷撃距離が200mにはなりません。 

最近の落雷の中には100kAを超えるものもありますが、多くは20~40kA程度で雷撃の距離が200mには及ばないものが多いのです。 それを保護範囲が100mあるというコジツケのために雷撃距離200mとして説明しているのです。 電気だけの世界であれば、数式で説明できますが、気象という自然が重なると数式だけで説明しようとするのが無理なのです。 それを数式で説明する目的で、現実と異なる数字を仮定して説明するのは詐欺のようなものです。

弊社でも保護距離が100mと言っていますが、それは特定の実証試験で得られた数字であり、 いついかなる場合にもその値が保証されるとか、数式で説明できるとかは言わずに、ただの実証結果であると説明しています。 ところが、世の中には、インチキであっても数式で説明されるとそれを信用してしまう方が多いのです。 数式が成り立つのは、その前提条件によるのですが、いわゆる数字に弱い方というのは数字で示されているだけで信用してしまうのですから困ったものです。 正直に数式では説明できないというと、それが怪しげであると理解し、インチキでも数式を使った方を信用してしまうのです。

弊社としては、類似製品をそのようなインチキな説明をされることで、弊社の製品まで信用に傷がつく迷惑なことです。 世の中には分からないことは沢山あります。 分からないことは分からないと正直に言うべきで、これを自分の都合で勝手な数字で無理やりこじつけてしまうのは如何なものでしょう。 一事が万事と言いますが、その説明の流れで他の事も説明していますが、全てが荒っぽい説明なので業界の信用度の問題として困った競合会社であると思っています。

昔の女性は偉かった   昔の時代の女性への敬意を表して

平成31年 2月 8日
こんにちは。落雷抑制の松本です。

このGooブログでありがたい機能は、1年前に自分の書いたブログをメールで送ってくれるのです。 1年前のブログの感想を1年後の自分に向けてライフログを残せと言うのです。 1年前に何を書いたかなど覚えていませんが、中には自分で言うのもなんですが、もう一度、読んでいただきたいものもあります。 今回は「昔の女性は偉かった」と言うタイトルで1年前のものですが、母への感謝と同時代の女性への敬意を表してもう一度掲載したいと思います。

「昔の女性は偉かった」
知り合いの方の御母堂が脳梗塞で倒れたため、打ち合わせに出られないとの連絡を受けました。 私の母も生きていれば同じ年で93歳。 この年代の日本の母親は偉かったのです。 若い頃は、戦時下でオシャレの一つも出来ずに軍需工場へ動員され、米軍の空襲の中を逃げ回り、見知らぬ土地へ疎開し、戦後はモノ不足の中で子供を育て上げましたが、昔は今と違い、生活環境が過酷でした。

今でこそ、温水が出てくるのは当たり前ですが、昔は水の出る水道すら数が限られ、洗濯機も当然ありません。 現在は、紙オムツが普及し、オムツを洗う事などしませんが、昔は赤ん坊のウンチがビッチリ付着した木綿のオムツをタライ、洗濯板、固形石鹸で手洗いしました。 冬のさなかでも冷たい水しかありませんでした。 雨が続き、洗濯物が乾かない時にも乾燥機はありませんでした。離乳食なども販売されておらず、自家製でした。 衣料品も現在ほどは流通していなくて、私の子供時代のセーターは母の手製でした。 子供一人を育てる手間は、現在の数倍、手間のかかる事でした。 子供を育てる事がこんなに楽な時代になったのに少子化に進んでいるとは、世の中の動きは複雑なものです。

家事の手間を軽くしたと言う観点からは、洗濯機を発明し、普及させた電気メーカーは国民栄誉賞ものなのです。 これほど家事労働を楽にしたものはありません。 また、炊飯器も国民栄誉賞と言ってよいくらいです。 火を起こすことから始めたご飯炊きもスィツチ一つでご飯が炊けるようになったのは画期的です。

洗濯機や炊飯器が普及する以前の子育てはさぞかし重労働であったと思います。 そんな時代があったことも忘れ去られつつありますが、脳梗塞で倒れたのは私の母も同じで、この年代の方の人生が少しは楽になってきたのは、子育てが終了してからです。 自分の母と同じ年代という事で、昔の日本の女性が偉かった事を久しぶりに思い返しました。 早く回復され、辛かった時代の分を取り返すまで元気で長生きを続けて欲しいと願いました。

会社の目標が「社員の自己実現?」

平成31年 2月 7日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

この時期になると、今年一年の会社としての目標などが出てきます。 その中で、気になったのがある会社様の今年の重点目標が「社員の自己実現」とあるのに違和感を覚えました。 会社という組織の中で働き、その中で自分自身を成長させるのは大事なことです。 若き日の自分を思い出せば、あんなアホを我慢強く育ててくれたのは会社と周囲の先輩方でした。社員の各人が目標ををかかげ、それを実現できるように頑張るのは大事なことです。 それを会社でサポートするというのは立派な目標です。

しかしです。 それはあなたの会社の中での話。 対外的な話として、顧客である弊社に対しては何をしてくれるの? というのが、クライアントである弊社の知りたいところです。 「会社」対「会社」の観点からは、「オタクの社員さんの事よりも、クライアントである弊社に対して具体的には何をしてくれるの?」というのが薄いのは対外的なメッセージとしては弱いように思えます。

「アメリカ・ファースト」という自己中心的ですが、そもそも国家とは国民のためのもので、隣国のためのものではないのですから、国民向けには自国を大事にしているというので有効なメッセージです。 しかし、本音は別として、対外的なメッセージで「我社ファースト」と言ったら、その会社は相手にされなくなります。 そういう意味では、アメリカ大統領のお仕事など簡単なものです。周囲の事などお構いなく「アメリカ・ファースト」という単純なポリシーを貫けば良いのですから。。それに比べると企業経営はもっと複雑で、心の中では「弊社ファースト」と叫びたい場合でも、建前は「お客様様ファースト」で進めなければなりません。

「社員の自己実現」これも、社内向けのメッセージとしては、社員の自己実現をサポートする具体的な策と共に示されれば社員さんには嬉しい事でしょう。 しかしです。ここでまたまた冷たい事を言いますが、自己実現をするかしないかは、あくまで個人の責任であり、会社が目標とすべき事ではありません。 社員さんにも色々いまして、各自がどのように生きていくか迄は会社の責任ではありません。 社員教育以前の問題として、人間として「筋を通す」事ができるか否かは幼少の頃からの影響もあり、成人している社員さんにそれができるか否かは会社の責任ではありません。 社員の皆様には「自己実現」も大事ですが、先ずは人としての「筋を通す」生き方を期待したいと思います。 勝手な「自己」を実現されては会社が困る場合もあります。 社長さんは、善良で優しい方で、周囲の人間もご自分と同質を想定されての事でしょうが、こういう事は声高らかに目標とするよりは、静かに温かく見守る方が良いかと思います。

リレー攻撃による車の盗難

平成31年 2月 6日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

以前、LANの配線関連の仕事をしていた事がありまして、その当時の勤務先は技術的には非常に保守的で重厚なものを好みシールド付きのケーブルを推奨していました。 電気信号がケーブルを流れると、その電磁的な影響でケーブル同士が干渉するのを防ぐために、アルミ箔と銅線のメッシュでシールドをしたケーブルです。 その関係で、電磁波の環境問題も興味のあった分野の一つでした。 PCからも電磁波が出ていますが、その電波を隣のビルから盗聴して画面を再現できる「TEMPEST」と呼ばれる技術があります。 自分のPCを見ているのは自分だけとは限らないリスクを承知しながら使用している人は、ほとんどいない事でしょう。 電波は見えませんから、何処まで広がっているかの自覚はありません。

最近は、車のキーも電波を出していて、これをポケットに入れたままでも車に近づけばロックが解除されます。 それを悪用し、家の玄関に置いたキーから発信される電波を家の外で傍受し、車の傍までその電波をリレーして車を盗む手口が、リレー・アタックと呼ばれるそうです。便利ではあるけれど、横着ともいえるこの機能により、盗難の世界が「鍵」というメカニカルなものから「電子」技術へと変貌していくのは、世界の流れとも一致しています。

これに対抗するには、家の中で車のキーをシールドしておけば防げます。アルミ箔で包むか、金属製の缶の中で保管すれば、キーの微弱な電波は外に漏れません。ちなみに、「シールド」というのは「鎧(ヨロイ)」の事で、昔は、戦場で刀による機械的な力から身体を保護しましたが、最近は電気の分野で電磁気(電界、磁界)からの保護が主流になっているのも、機械から電気への技術の流れです。 

SixPad

平成31年 2月 5日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

自分で運動しないのに、電流を流して筋肉をピクピクさせるトレーニング用の機器、SixPad を購入しました。 腹筋を鍛えるためにはお腹にそれを付けるのですが、家でならともかく会社でシャツを脱ぐ訳には行きませんが、脚用の物は床に置いて、その上に足を乗せるだけなのです。 靴下だけは脱いで素足なのですが、来客のない時に靴下くらいなら、と思って使い始めました。

足の甲、ふくらはぎ、くるぶしなどが、トントン、チリチリするのですが、私は、こういう電気刺激は苦にならない方で、冬場の静電気などもワザワザ、床と強く摩擦し刺激を強める準「変態」に近いので、この刺激を受けながら、仕事をしています。 まだ、一週間ですが、早速、効果あり? かと思われるのが膝です。 右膝のトラブルはもう永年勤続に近い10年越しで、これが完治するのは諦めていますが、ナント! 歩く感じが少し軽くなりました。 

関節そのものに作用があるハズは無くその周囲の筋肉への作用なのでしょうが、何故、足裏への電気的な刺激で膝が軽くなるのか? 人間の体は微妙なものです。 電気と体の関係に魅せられて某電気メーカでエンジニアをしていたのを辞めて医学部を受験しなおし、医者に転向した先輩がいました。 以前、このブログにも書きましたAWGなど、体の不調を電気信号で補正するような事もより簡単にできるようになることでしょう。 最初に現れるのは、「電子麻薬」。 これで体に電気信号を入れると、大麻やマリファナなどを摂取した時と同じような感覚になる、そしてそれが体内埋め込み型に発展する。すると人は勤労意欲を無くし、怠惰な生活をするようになる。。。。何事も、発達がプラスに機能するとは限らないのが人間社会です。

[お・も・て・な・し」のタレントさんの CM

平成31年 2月 4日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

最近、マニュアル作りはエンジニアの仕事ではないと、オリンピック招致の時に「お・も・て・なし」で活躍された女優さんのCMを見かけます。 この CMの効果で会社への引き合いが殺到しているそうです。このCM、内容的には全くその通りです。 以前、テクニカル・ライターをしていたことがあり、マニュアル専門のライターとして通算で169冊のマニュアルを書きました。 その当時の勤務先、米国の会社でしたが、開発エンジニアがマニュアルを書くのではなく専門のライターがいて分業していました。 米国では80年以上も前から普通に行われている事でした。 大企業での仕事のうち、マニュアル作りは個人の成果がハッキリしている仕事で好きでした。 

その頃、「マニュアルが分かり難い」との原因の多くは、機能そのものが複雑で、操作性が優れていれば説明も簡単で分かり易くなりますが、元の操作性の複雑さがマニュアルの分かりにくい原因であると思い、開発エンジニアが操作性まで決めてはいけない、操作性のような外部インターフェースは、利用者に使い方を説明するライターが説明しやすいような操作を決め、開発エンジニアはその通りに内部を作るべきという私の思いで、操作性の改善を開発エンジニアに要求し、波風を立てました。 

ライター職は、開発エンジニアの下請けのような立場でしたから、それを逆転しなければ、操作性に優れ、分かりやすいマニュアルは出来ないのです。 全てを開発エンジニアに任せるという事は、ドロボーにお巡りさんの役目をさせるようなものなのです。 利用者のためというより、自分が作り易い、自分のために作っているような場合もあり得るのです。

時代は変わって、今や、使えばわかる、マニュアルの無い製品が多くなりました。 しかし、マニュアルの重要性は消えません。 開発エンジニアがマニュアルを書くことを間違いであると堂々とCMで主張されるのを見て、まさにその通り、と心の中で拍手しています。 その頃から30年が経過し、日本の会社でもヤット、マニュアル作りがエンジニアの仕事ではないと認識され始めた。。。ずいぶん時間がかかりました。 日本がハイテクの国と誤解している方が多いのですが、一部で先進的な分野がありますが、世界からは周回遅れのような分野も多々あります。 自家中毒のような日本礼賛には気を付けましょう。

対立を嫌がらずに主張する

平成31年 2月 1日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

先日、韓国の会社の日本支社の方と話をする機会がありました。 微妙な日韓関係の中で社内では政治の話しはしないことにしているとのことでした。 ビジネスでは、政治と宗教の話は避けるのが常識とは言いながら、お客様との話しでは避けるべきであっても、社内でせっかくの機会を避けて通るのは、まあ、生活の智慧なのでしょうか、日韓共に冷静に話し合うことは得意でない両国民ですから仕方ないと言えばそれまでですが、本当は、意見が対立してもトコトン、話はすべきです。 もちろん、一国民が議論したところで、国と国の関係には影響しませんが、一国民であってもどのように理解しているのかは本音をぶつけ合うべきです。

日本人同士であれば、狭い国土でいがみ合いながら暮らすよりは、多少の我慢はお互いさまというのが日本の文化ですが、隣国であっても文化が異なれば、日本の文化で対抗するなど無意味です。 世界の多くは、言いたいことを言い合うのが普通で物を言わないというのは、「相手の言い分を認めている」という事になります。 異議があれば、沈黙せずに大きな声で文句を言わなければいけないのが世界なのです。 日本人同士の時よりは、バイアスを上げて(少しハイにして)、しかし、ロジックは忘れず、感情的にはならずに(大声で)議論すべきです。

北朝鮮、中国、ロシア、米国と複雑な国際関係の中で、単純に2国間の関係だけでは考えられませんが、「筋を通す」事を忘れてはなりません。 子供と同じような未成熟な、国と国の約束を破る事にもその意味を理解できないようなアホな国もあるのですから、、アホに遠慮することはないのです。 表面的な争いを起こさないのは立派ですが、本人に言っても分からない場合には、世界の他の国々にも自分の立場をキチンと説明し、かの国が如何にアホなのかを知らしめることも必要です。 野党の皆様も、このお国の大事を理解し、いつまでも政権の足を引っ張るだけのコップの中の小さな嵐でなく、国際関係をよく見て協力していただきたいものです。

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