株式会社落雷抑制システムズ

雷ブログ

来週は久々に展示会に出展します。

令和元年11月29日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

展示会への出展はここ数年控えていましたが、来週、東京ビッグサイトで日本経済新聞社主催の「気候変動/災害対策 Biz2019]に出展します。 10年前、今後の見通しについて次のような予測をしました。

1) 今後の気象環境は荒れて雷も多くなる
2) 電子・電気機器が多くなり、雷被害も多くなる
3) 安全・安心への期待度が高まる

 それで、落雷対策でビジネスをしようと思いつきました。 落雷対策と言えば、「避雷針」が270年も前からありますが、この日本語名称は間違いでして、「雷を避ける針」ではなく「雷を被る針」の「ヒライシン」なのです。雷を誘導するから二次被害がで易いのであり、エンジニアリングの基本の考え方で言えば、一次防御でなるべく「招かない」、しかし自然現象ですから100%の防備は無理で、時として一次防御を突破するものもあり、その時には二次防御のSPD(保安器)で護るというのが真っ当な考え方なのです。 初めから、落雷に対し「この指とまれ」と言うのが無謀なのです。

  ビジネスを始めたころは「落雷」を「抑制」するなど、本当なのか? と言う疑問の声もありましたが、この10年間で2200台以上を設置し、その効果もハッキリと見えてきています。  今回、「気候変動」と言う言葉、そんなこと10年前から分かっていたのに、「何を今さら」と言う気持ちが強いのですが、そういう時代であるからこそ、弊社の存在を見ていただきたく、出展する事にしました。 

  ビジネスを開始してから10年間で直撃雷対策に関わる特許は約50件ほど取得しまして、その数は日本一になりました。 また10年もすれば、同類のものも出てきますが、弊社は既に次世代製品の開発を終えています。 弊社は「創造」を継続していますので、後追いされても全く気になりません。

  12月4日から東京ビッグサイト南2ホール C227  カンファレンス会場のすぐ隣です。  出展内容については、弊社のHPをご覧ください。

香港と韓国の民主主義

令和元年11月27日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  中国本土のような共産党による独裁政治を恐れる香港では二制度を護りたいと多くの市民が共産党の独裁に抵抗しています。 民主主義が、完ぺきではないが一番マトモナ社会制度であるという事になっていますが、民主主義が機能するには、国民の民度が高く、国民の一人一人が政府やマスコミの扇動に乗らずに冷静に国を取り巻く状況を判断できなければなりません。 

  日本でさえ、それができているかと言えば、偏った教育やマスコミにより民主主義ゴッコをしているようなものです。 それよりもまだ程度が悪いのはオトナリ様です。 私は国防関連に利害関係はありませんから、極めて客観的に言えば、GSOMIAで得られるものが多いのはオトナリ様自身で、これを止めても損ばかりか、米国の傘からも抜けたら自国の将来に何のメリットもないのです。 国民の半分はアホな大統領に扇動されているのです。 直情的な国民が政府を支持して一体になった民主主義ほど危険なものはありません。

  政府が100%、支持されるような国家は形を変えた独裁制度のようなもので、内閣支持率など40%もあればそれで良く、反対派も賛成派も混在しているような状況が民主主義にとっては一番安全な状態ではないでしょうか。 香港については、過激なデモも仕方ないと思いますが、オトナリの国民が政府を支持するデモはうす気味悪い印象が残ります。 国民が扇動される国では健全な民主主義にはなりません。 右もいれば、左もいるし、無関心派もいる。 そういう雑多な状況を許すユルイ仕組みとして民主主義が貴重です。

今年一番のマン・マシーン・インターフェース

令和元年11月26日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  身の周りの沢山のマシンとの関わりの中で、今年最高の出来栄えと思ったのは車のステアリングに付いたヒータです。 外気温が18℃くらいになると、車のハンドルを握る部分が自動的に暖かくなるのです。 この車、5月の連休の頃に乗り換えたので、そのような隠れ機能が有ったのは最近まで気が付きませんでした。 前に乗っていた車はステアリングが竹であったので、夏はヒンヤリ気持ちよかったのですが、冬は冷たくて両手でしっかり握るのは苦痛で、軽く指で押さえて運転していました。 これがホンノリと暖かく、温かさと言うのは実に心地よいものであると再認識しました。

  それで思い出しましたが、昨年か一昨年か、布団乾燥機でホンノリと暖めておいた布団の心地よさについてブログを書いたような気がします。 こういう温もりに有難さを感じるのは加齢が原因かもしれません。 若い頃は、寒くても、暖かくても、それ自体がどうと言う事は感じませんでしたが、暖かくて心地よいなどと書いていること自体、自分でも歳のせいと言う気がします。

スマホとSNSが悪い?

令和元年11月25日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  誘拐事件にSNSとスマホが使用されていたため、ニュース番組などでは如何にして子供達をSNSから護るか? など、ITジャーナリストなる方々がコメントされていましたが、誘拐事件など昔からある事件です。スマホどころか、一般家庭には固定電話さえなかった時代から誘拐事件などありまして、子供達には「知らない人と話をしてはいけない」など、私は60年以上もも前から親から躾けられていました。 道具の発達で色々な垣根が低くなり、見知らぬ人ともSNSで簡単に知り合える時代ではありますが、道具に関わらず、ダメなことはダメと子供には躾けるべきです。

  みんな仲良くお友達というのは、幼稚園、小学校までの自分の属する社会の中だけの事。その外の社会はオオカミだらけなのですが、残念な事にそれを理解していない大人は沢山いまして、代表的な方々は「憲法第9条を護れ」と主張する方々です。憲法にあります、「平和を愛する諸国」など日本の周囲にはないのです。 インバウンドの外国人が日本を好きになってくれるのは良い事ですが、それはそれ。

  子供は、大人の鏡のようなもので、大人の日本の自国を護る覚悟の甘さ、SNSの中に潜む他人を利用する仕組みに対する無防備や悪意への甘さなど、危険不感症ともいえる世の中ですから、子供でも大人でも、退屈な毎日を打破するかもしれない出会いに潜む危険を感じなくなってしまっているのかもしれません。 誘拐事件と憲法問題を結び付けるのはコジツケのように見えるかもしれませんが、社会の動きと言うのは、どこかで線が一本繋がっているものです。

 今回の誘拐事件もスマホとSNSが使用されましたが、悪いのはスマホではないのです。 銃の乱射事件があると、銃規制を求める人が増えますが、これも同じことで銃が悪い訳ではありません。 教員の間のイジメでカレーを目に塗られた事件によってカレーを自粛を自粛したと言うトンチンカンナ対応がありましたが、スマホとSNSを規制すると言う動きが出てくるかもしれません。 何かを規制して社会が良くなるわけではなく、社会的な規制の前に個人の常識のレベルを改善する事が大事ではないでしょうか?

来年の手帳

令和元年11月22日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  来年の手帖やカレンダーが書店の店頭で賑わっています。 日常使いの手帳は、10年以上も使用しているタイプから離れられないのですが、「夢をかなえる」とか「引き寄せ」とかいくつもの「夢実現」を狙ったものがあり、そういうものも一通りは目を通します。 それらに共通するのは、夢を夢として心の中に秘めておかないで、一日、一週間、毎月の具体的な行動計画となるように文章で表明せよと言う事かと思います。 

  私のような凡人は、目標を心の中ら引きずり出すことが気恥ずかしく、個人の目標を堂々と手帳などに書いたら、それを毎日見る事がストレスになりそうですから、個人の夢などしまっておきます。 積極的な生き方としては、毎日毎日、目標を確認する事が大事なのでしょうが。。。人とそれぞれですから、人様のすることに意見はしませんが、毎日、ガツガツと目標に向かってと言うのは若いうちならアリかもしれませんが、私は歳のせいもあり流れるままという所です。

  しかし、会社については個人と異なり明確な目標が必要です。 これについては、数字にまで落とし込んで計画を立てます。 昨年度、営業職が1名、定年退職されたのですが、その影響は全くなく今年は昨年度の売り上げを上回りました。 営業部員の人数と売り上げは必ずしも比例しないというのが会社経営の難しいところで、営業の頭数を増やすより、如何に一人当たりの売り上げを伸ばすかが大事で、これはどの業界でも社員個人のパフォーマンスの向上は必須で、そのために何をすべきかを計画せねばなりません。

  手帳に何を求めるか? 単なる時間管理だけなのか、それとも人生目標の管理まで含めるのか? 手帳選びというのは、その人の生き方の選択のようにかなり奥深いものがあり、使うつもりは無くても、何を目的としているのか、どのように管理せよと言っているのか? 色々な手帳を見るのは楽しい事です。

ワークマンとユニクロ

令和元年11月20日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  ワークマンにたまに行くのは、衣類のみならず現場で使う道具にも新しいものが色々あり、楽しいのです。 それと最近は店舗によっては女性物もあるとの事ですが、ほとんどが「男の世界」なのです。 ですから、店内をアチコチ気兼ねなく見て回れます。

  ユニクロには、滅多に行かないのは、男性物と女性物の両方ガありますから、ウロウロすると女性物の売り場に迷い込みます。 変なオッサンが女性物の売り場をフラフラする役回りはしたくないので、常に境界線を意識して歩かねばなりません。 床が赤と青とかで塗り分けられていれば青の区域内だけを歩いていれば良い安心感がありますが、それがないのでワークマンのような気やすさを感じられないと言ったら、それは意識し過ぎであると指摘されましたが、オッサン世代の宿命でしょうか? 

  確かに若い世代では男女の垣根が低くなり、男だ女だをあまり意識しない、してはいけない風潮がありますが古いオッサンの習性は変わるものではありません。 これはまるで「羊の思考」なのですが、囲い込まれ、同類と群れを成している時に安堵を感じ、一匹で異空間に入り込むと不安を覚えるのです。   ユニクロ位の事で大げさな話でした。

この世界は誰が創造したのか  富島佑充  河出書房

令和元年11月19日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  真剣に考えると、そちらの側に行ってしまうような恐ろしさがあり、あまりスピリチュアルな事には深入りしない様にしているのですが、それを意識しているという事は、それなりの興味もあるという事です。 この世はどのようにして出来上がったのかと言うのは、進化論を信じないし、教えもしない米国の一部の州を非科学的であると軽く断罪している限り、その足元にも近寄れません。 就寝中に見る夢は全く未体験の場所や、現実では起こり得ない話まで脳の中で勝手に構成され、その時の現実は脳の中にのみ存在します。

  VR(仮想現実)では、視野一杯に広がる広がる世界に機械的な振動や加速度加えれば、現実とVRを区別する事はできなくなります。 すると我々の日常的な体験は、脳の中で認識されていることであり、脳の中での体験であれば、我々が現実に住む世界での体験も全てコンピュータの中での心も作り出せるのではないかという深く考え込むのが怖い世界のお話しです。 本書は、この世は何者かが作った「仮想現実」で我々はその中で生きているという「シミュレーションの世界」で、これは、人間が知覚できるのは可視光線の波長で物を見、可聴範囲の音を聞いてそれを現実と思い込んでいますが、その限られた認知空間で脳が作り出した仮想現実世界に住んでいるという事です。

  最近、AIがブームとなり、AIは人間のできなかったことまでできる万能の神のような扱えさえされますが、これは言葉が先行し過ぎていて、「意識」のない「知能」などあり得るでしょうか? あれは、アルゴリズムが進化しただけの単なる計算手法の進化であり、「知能」と呼ぶべきものではないと思っていますが、今後、AIの進化と共に、コンピュータの意識、心も問題になる時が来る事でしょう。 AIが問題を解いているだけの間は安心なのですが、これが、意識や感情を備えてしまったら恐ろしいい事になります。

  海の生物の多様な形態を見ていると、これを、もし、神様がお作りになられたなら、そのデザインのセンスはナルホド、「神がかり」ものですし、進化論に疑問を持つのも分かります。 この分野深く考えるのが怖いので、適度のお茶を濁していますが、世界は不思議で溢れています。

日本も米国もアホな政治家ばかり

令和元年11月18日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  科学技術は進歩し、毎日の暮らしも便利になり、人類は進歩しているかのように見えますが、これは数多い側面の一側面に限った見方で、昨今の日米の政治の騒ぎを見ていると、日米双方、政治家の質が悪い。。と言うのは結局、それを選んだ国民も悪いと言う事になりますが、本当に進歩しているのでしょうか?

 トランプ大統領の弾劾ですが、そもそもバイデン元副大統領の息子が父親のウクライナ訪問に同行し、ウクライナの石油会社の重役になってしまう事こそ問題の原点で、そこを職権で調査しようとしたトランプ大統領の弾劾の前にすべきことはバイデン候補のウクライナ疑惑なのです。 トランプ大統領を何とか陥れようとする中で優先度の序列に狂いが生じています。

  日本でも「桜を観る会」が総理大臣主催となっているであれば、多少の公私混同に見えるようなことも仕方ないのです。 このような小さな話に野党は結集しているようですが、もっと大きな、重要な話題が山積している中で、このような週刊誌の記者ゴッコのような細かな事に夢中になっているのは嘆かわしいい事です。 野党の皆さん、御自分の時給がいくらなのか理解されているのでしょうか? 

  世界は大きく、急激に動いている中、エネルギー政策、経済政策、教育問題、憲法を含む防衛問題、などの重要課題に目もくれず、5千万円の予算の「桜を観る会」などどうでも良いのです。

  日本も米国も政治家の質が低下している中で、ますます複雑になる世界。 何故、アホな行動に至るのか? 党利党略、自分の利益のために動くからなのです。 目標は、身の周りよりも遠い所、国のため、人類のために設定すれば、小さなゴマカシなどしなくなります。 まあ、どうなろうと自業自得で仕方ないのですが、若い世代も仮装行列に夢中になるなど、これも設定目標が「ハロウィンで楽しむ」などと小さすぎるのです。 全世界、全世代だ劣化が始まっているようです。

光害(?) 横浜市の新庁舎

令和元年11月15日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  新しい横浜市庁舎です。 もうすぐ完了に向けて内部での工事や調整が進められているのでしょうか、最近は夜間に内部の照明が煌煌と灯されています。 まだ、入居前ですから仕方ありませんが、入居後は夜間はブラインドを下ろして光が外部に出ないようにしていただけるものと思いますが、日本の照明技術と言うのは、ただ明るくすれば良いと勘違いしているようで、光と影のバランスなどなく、ただ明るいだけのものが多いのが実情です。 

  オフィスでは事務作業に必要な照度の基準がありますが、オフィスの中には事務作業の場所だけではありません。 欧州のオフィスでは、一部をワザワザ暗くしている場所もあったり、明るさと暗さのバランスがとてもオシャレなのです。 壁面がガラスですから仕方ありませんが、この建物の意匠を担当された方は夜間のこの眩しさも何か意図したものなのか気になります。 LEDを使用しているでしょうが、この建物全体の電気使用量、大きいことでしょう。

  日本がまだ貧しかった昭和の初期には多くの家庭では、40Wの裸電球がボヤーット灯っていているくらいが普通で、100Wの明かりは煌煌と眩しかったという話を聞いたことがあります。 明るさは富の象徴、暗いのは貧乏の象徴。。。 と言うような先入観が日本人にはあるようで、「明るいナショナル」と言うCMソングは誰でも知っている明るさへの共通の夢でした。

  米国のレストランでは明るさと店の格、料理の価格は反比例していて、飛び込みで入った店の明るさで、20ドルクラス、100ドルオーバーと見当がつきます。 うす暗い所でローソクの明かりで食べる店が高級なのです。

  ただ明るいだけで一度話題になったのが横浜球場で、外野フライのボールを明るい照明塔の中に入ってボールを見失うことがたまにあります。 ただただ明るいと言うのが「横浜の流儀」にならない様にしていただきたいものです。 暗さをうまく使いこなすのが「大人のセンス」です。 ただ明るいだけでは「子供」っぽいのです。

学習は長寿の秘訣? 

令和元年11月14日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  60歳の人たちで、普段から読書をして新しい知識を積極的に取り込む人達と、それをしない2グループの20年後の生存率を比べてみると、圧倒的に生存率に差が出たそうです。 もちろん、普段から学習する人たちが元気で長生きだそうです。 年をとればとるほど、脳の神経ネットワークは、年々減っていきますから、新しい事にチャレンジしないと、これまでやってきたことしかできなくなり、新しい環境に対応できなくなり、時代に取り残されることになります。

  「頑固ジジイ」と言うのは、信念が強いと言うより、脳の機能不全なのかもしれません。 以前、父が存命の頃、交通事故に遭い頭のレントゲン写真を前にお医者さんから説明を受けたことがあります。 担当の医師は,X線写真を前に考え込んで黙りこくっていると、看護師さんから「先生、スミマセン。 それは別の松本さんの写真です」と父のX線写真が持ち込まれました。 今まで先生が見ていたのは高校生の「松本さん」で当時70歳を超えていた父のものではなく高校生のものでしたから、年齢と写真の像に大きな違いがあり、それで考え込んでいたのです。

  担当の医師は「せっかくですから」、と2枚のX線写真を並べて説明してくれたのは、高校生のX線写真は、よどみなく綺麗でした。70を超えた父のそれは、脳が委縮して頭蓋骨の周りが黒くなり、脳自体も黒ずんで所々に黒い斑点もあり、どちらも幸いに脳内出血の跡はないものの、加齢による脳の変化を説明してくださいました。 脳がこのように物理的にも変性している以上、その機能にも変化があるのは仕方なく、物忘れが多い事や、同じことを何回も繰り返すなどの行動があったとしても、脳が経年変化しているなら仕方のない事と気が付き、それ以後は父に同じことを何回も言われても腹を立てない様にしました。 父は、晩年、古文書の読書会に参加するなど、活動は活発でしたが、経年変化と言うのはものでも人間でも仕方のないことです。  それを如何に遅らせるか.その一つが新しい事に挑戦して、脳の神経細胞を活発にすることだそうで、学ぶことが大事なのです。 私もこのブログを今後20年、続けるつもりです。

ゲームチェンジャー兵器   軍事研究 別冊

令和元年11月13日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  軍事的に何の緊張感を感じない平和な日本に住む方の99%以上は、世界の兵器開発の最前線で何が行われているかなど微塵の興味もない事でしょうが、世界では着々と「相手を出し抜く」ための兵器開発競争が行われています。ゲームチェンジャー兵器とは、現在、行われているゲームのルールを覆す、相手を出し抜く、兵器です。  既存の防衛的兵器では太刀打ちできないものを保有する事で、相手の優位に立つものです。

   例えば、、ロシアからのICBMは、従来であれば航続距離の点で北から飛んでくると想定して、巨大なレーダー網をはじめとするICBMを撃ち落すための準備は北の空に向けて用意されているので、その裏をかいて、南回りで米国に打ち込めば背後から襲撃するようなもので何の対策も取られていませんから、打ち上げ重量200トンと言う巨大なミサイル(米国のICBMミニッツマンは40トン程度)を開発しています。 これを多数、配備すれば、米国の北を睨んだ防空施設と言うのは無用の長物になります。 このように相手の装備を無きものとしてしまうような軍拡が静かに進んでいるのです。

  本書は、陸、海、空、宇宙の各分野での今までの常識を覆す兵器の数々を紹介しています。 大学の先生の中には軍事の研究などに協力すべきでないと言うご意見もありますが、そのような意見は兵器研究を生きがいにしている研究者の前で何の役にも立ちません。限られた資源と無限の欲望の中で、争いが無くなることはあり得ないのです。 あり得ない事に向かっての努力は自己満足に過ぎず、現実的な対応としては、相手が兵器研究を続けるなら、それを上回る性能の兵器の開発をせざるを得ません。 その意味では北朝鮮は非常に現実的な国であり、理想を掲げて「戦争をしない」などと寝言を信じている国よりは指導者の姿勢は明確です。

  このような新兵器に捧げる資金や情熱などのエネルギーは、世界の貧困対策などに向けられればいいのに。。。と言うのは、現実的ではありません。 人間は戦いあって進歩してきました。 戦いを忌避していては発達はありません。 このようなゲームチェンジャー兵器の開発を続けているのは、それを使用してゲームの勝者になりたいからではなく、一方的にゲームが始まらないようにするための「平和のための」研究でもあります。 対立の無い、平和な世界などあり得ないという現実から出発すべきで、日本の憲法はまるで寝言なのです。

世界最強(?)の国

令和元年11月12日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  強いと言っても、軍事的にではなく、経済力、国民性などの観点から見た「私的」な強さの印象で言うと、ノルウェーではないでしょうか。 何故、ノルウェーと感じたのか?

1.国民性  人口は、たった500万人ですが、北緯50度よりも北で寒い国なので国民は勤勉なんです。それでいて、人口が少ないので、最初から国内市場などアテにせず国際市場を見据えた製品づくりをしています。
2. 水産業  北緯50度(参考に北海度でも北緯45度)を超えていても暖流の関係で海が凍らず、暖流と寒流の混ざり合うエサの豊富な漁場があって水産業が盛んです。
3. 氷河の浸食でできたフィヨルドが多数あり、フィヨルドは、波も穏やかで天然の良港。これが沢山あります。
6. 山林が多く、水も多く、ダムが豊富。
7. 電気代が安い。 550万人の人口に対し、水力発電のダムだけで7000か所もあるそうです。電気代は日本の半額以下であったような覚えがあります。
8. 北海油田など、エネルギーも豊富。
9. どれだけ人間らしい幸福度を達成しているかの指数では世界一(日本は13位)。この幸福度には心身の健康、やりがいのある仕事、円滑な人間関係、快適な住環境、教育機会などを含みます。

  エネルギーの無い昔でしたら、居住不適な寒冷地ですから、暖かな場所を求めてバイキングは欧州の各地に食料や富を求めて荒らし回ったそうで、バイキングの船は船室もろくにない平底の船に乗って欧州から北米までコロンブスよりも先に到達していますし。 フランスの一部、ノルマンディ地方もノルマン(今でいうノルウェー人)が北の地方から住みついたそうです。 今でこそ豊かなエネルギーに支えられてどんな極寒の地でも住む事がことができますが、昔は地獄のような土地であったことでしょう。 エネルギーは、ありがたいもので、そんな極寒の地を地球上でも有数の富める国にしてしまいました。 欧州にありながら、EUなんぞには当然、加入しません。 EUに加盟すれば、当然、たかられるだけです。

  食事の形式で食べたい料理を好きなだけ持ってくる「バイキング」と言うのは完全に「日本語」でして、ノルウェーでは「カルトプール」、スウェーデンでは「スモーガスボード」と言いますが、この形式を「バイキング」と呼んだのは帝国ホテルだそうです。スカンジナビアでのパーティから始まった形だそうです。  税金は世界一高いのですが、翌年に納税額の10%以上が「休暇手当」として還元されるそうです。 純朴で気取らない性格の国民性も気に入りました。 色々な面で日本の対極にあるような国でしたが、大好きな国のひとつです。

豪華大型ヨット

令和元年11月11日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。
 弊社の窓から外を見ると、変わった船が停泊しています。 一見、米海軍の最新鋭「ズムウォルト」のような船首、ステルス性を重視して甲板にはゴチャゴチャと兵装を並べていないのです。 隣に停泊している巡視船と比べると、これに匹敵する大きさですから1千トンはあるような船です。 ここの埠頭の管理者に問い合わせると、個人のヨットとの事でした。 ちなみにヨットと言うのは、小型の帆船の事ではなく、個人所有のレジャー用の船の事です。 これだけの船であれば、世界中の海に行くことができることでしょう。  こんな大きなヨットを所有する大富豪もおられるのですね。。。

米国のパリ協定脱退

令和元年11月08日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

マスコミでは、米国はパリ協定を脱退し、温暖化ガスの削減に少しも協力しない悪者扱いにされているようですが、実態は少し違うようです。 米国がパリ協定に参加しない理由はごもっともなのです。

 1)各国に割り当てられた削減目標が中国に有利で米国には不利である事

 各国ごとの削減目標で、中国には2003年当時のGDP(28兆元)の60-65%を2030年までに削減することを目標としながら、2018年のGDPは既に85兆元にもなっていまして、その65%(55兆元)を規制しても 85-55=30兆元分の2003年当時のGDPよりも多くの二酸化炭素を排出しても良いのです。 米国も排出量の削減には努力していまして、2005年のGDP(15兆ドル)当時の排出量58億トンから20018年のGDP(18.6兆ドル)で50億トンと13%も削減しています。

 2)この協定には先進各国から、拠出金を出さねばなりませんが、日本も米国(30億ドル)に次いで2番目の15億ドルを拠出。中国はゼロなのです。中国は、自分の立場を「先進国」と「発展途上国」に使い分けるのが上手です。

この拠出金は、加盟している全ての発展途上国に配分され、中国、北朝鮮、イランにも分配されます。この分配された資金が何に使用されるかは分かりません。 核やミサイル開発に使用されるかもしれません。

 3)平均気温上昇の1.4℃に抑えるのに必要な、二酸化炭素の総排出量は420億トンで、パリ協定による総排出量は、各国が目標を達成したとしても540億トン程度で、どっちみち焼け石に水の決めごとなのです。 平均気温が高くなると空気中の飽和水蒸気量が増え、雲の「もと」になり、大雨や雷の原因にもなります。 今後の天候の変化は、今までの経験を超えるようなものが発生しても「異常」ではなく「通常」の時代になっていきます。

 日本も一応、この協定に入っていますので、15億ドル(1650億円/110円換算)もの我々の税金を気前よく拠出しますが、国連へのサイフ役をいつまで続けるのか、そのような効果のない事に日本の税金をビタ一文、払って欲しくはありません。 それよりも国内の治水事業にもっとお金を使うべきなのです。

予備校の案内に驚きました

令和元年11月07日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  駅前で配られている資料を受取りましたら、予備校の冬季講座の案内でした。 捨てる前にタブロイド版の新聞、一応、開いてみましたら見開き2ページに現役の弁護士さんのM&Aに関する投稿が掲載されていて、御自分の体験を高校生に向けて語られていました。 私が高校生の頃には「M&A]などという言葉があったのか無かったのか?とにかく知りませんでした。 時代の流れに合わせて、まさか、入試に出題されるのかどうか知りませんが、最近の高校生の知識レベルについて驚きでした。 読み進むと、M&Aについてと言うよりは、学校という狭い社会の外には、こんなにエキサイティングな事柄がいっぱいあると言うような社会人としての、人生の先輩としてのアドバイスと燃えるような内容で、これは良い企画をしたものだと感心しました。

  先生同士でイジメをするような低俗な教員がうまれる背景は、大学を卒業してろくに世の中の事も知らないまま、学校という閉鎖社会の中で育ってしまったからでしょうか? 学校教育の中で学ぶことと学校の外の社会との関連性が分からないまま教えられる事にあまり興味が持てないのは事実でして、例えば、化学なども実際に会社の開発部門で科学に携わっていた方の知識などは、大学を出てそのまま先生になられた方よりはよほど深いものがあります。 

  以前、住んでいた所で、駅から家の途中にあるウドン屋さんは夜になると居酒屋でしたので、夜に立ち寄ってその店の御主人と仲良くなりました。 ウドン屋さんは、定年後に始められ以前は英語の辞書の編纂をしていて、英国での体験も長かったというインテリでした。 同じく、居酒屋に立ち寄る近状の中学の先生の要請で、その中学の英語の授業に参加してきたという話を聞き、これは良い事であると思いました。 ウドン屋のオヤジが英語の先生よりも流暢な英語で英国について語ってきたというのです。 街には色々な才能が埋もれています。

  そういう学校の外での貴重な体験は、毎日の学習の中での刺激を与えるスパイスになるのではないでしょうか? M&Aの話、と言うよりも国際的に活躍されている弁護士さんの話とか、定年退職した元エンジニアの話とか、このウドン屋さん最近は店を閉めてしまわれたようですが、数が少なくなる若い世代に大人たちの体験を伝える事は大事なことです。 それが、学校と言う閉ざされた小さな社会の中で先生だけに頼ることなく、そういう事が一部では行われているようですが、情報のレベルが進化していることに驚きました。

入学試験

令和元年11月06日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  大学入試、他人事となりほとんど関心がありませんでしたが、やはり、教育事業の業者さんにより支えられているんですね。 もう、10年以上も前の事ですが、ある国家試験の試験委員をしていまして、試験問題を作る役をしていました。 職業的な分野での国家試験ですから、その道のプロの方が集まり、それぞれ自分の専門分野での試験問題を作成するのですが、受験生はいくつもの分野からの出題に答えるのは大変でしょうが、問題を作る側も自分の専門分野だけですとそれほど幅は広くなく、年に2回の問題作成が5年も続くと出題もほぼ出つくします。 

  毎回、同じ出題にする訳にもいかず、目先を変えたり、少し頑張り過ぎると難易度が高くなりすぎて正答率が低くなります。 この時も試験業者さんが活躍されていました。 毎回、問題の難易度に多少の差が出ますが、各設問の配点を調整して受験者の得点分布が毎回、同じようにするシステムがありまして、各設問の正答率に応じて配点を上手く調整してくれるのです。 資格試験ですから、毎回、ある程度の合格者を出しつつ、あまりに易しすぎず、かつ、難しすぎず、適度な合格者がでるように試験の採点が終わった後で、各設問の配点を調整するのは、何か後出しジャンケンのような気もしますが。。 その辺りのノウハウは、さすが試験業者さんならではでした。 これは、全ての受験者に同じルールで配点が調整されるので、ソコソコ公平性はあります。 

  自分が受験者であったのは、若い頃TOEIC 900点に挑戦していました。 以外にできたと思っても、そのような場合には他の受験者も出来が良く、全体の中では順位は同じくらい、反対にできなかった場合には他の受験者も出来が悪く、全体の中での順位は自分の達成感が良くても、悪くてもほぼ同じ位であったような覚えがあります。 この試験は他の受験者と関係ない、個人の挑戦ですから、入学試験や資格試験と異なりますが、これも調整されていたのでしょうか?

  今回問題になっている、記述試験は一人の採点者が、全てを同じ基準で全てを見るならともかく、複数の採点者ではバラツキが出るのも仕方ありません。そのような試験を入学試験に用いるのが適切ではないのです。 試験というのは公正にしなければならない。。という原則も、現実には、受験者の人数との兼ね合いで検討しなければならない事なのです。

「身の丈」発言 

令和元年11月05日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  私はいつも身の丈に合った暮らしをするのが信条であり、身の丈以上に見栄を張ったりすることの無いように心がけています。 ですかから、身の丈から言えば別世界である大富豪の豪華な生活など少しも羨ましいとは思いません。 人は法の下には平等であると言うのを拡大解釈して、あらゆる面で平等であることなどあり得ないのです。生んでくれた両親を選ぶことはできず、容姿も、能力、性格、両親からの遺伝的な形質、生まれたれた家の経済的状況、色々な制約の中で生きているのは当然ことであり、「身の丈」が格差を定着化するなどという非難は的外れです。 「身の丈で生きる」というな当然の事なのですが、これは己を律する言葉であり、他人から言われるとあまり愉快ではないのも事実ですし、この言葉をを筋の悪い試験制度を擁護するために使用してしまったことに問題があります。

  あの英語の民間試験すると言うのは全くの愚案であり、あのような試験を堂々と計画する文部科学省というのは本当にアホの集まりのように見えます。 そもそも、高校生に求めるべき英語力は「読み書き」だけで良いのです。「聞いて話す」などと広げるからペーぱー試験だけでは済まなくなるのです。 英語の力なんぞ社会人になってから、必要に応じていくらでも対応できるのです。それより大事なのは、国語の力なのです。 小学生の頃から早期英語教育をしたり、何故、英語中毒のようになっているのでしょう? それは議員さんや文科省の方達の英語に対する劣等感の裏返しではないでしょうか? 英語をペラペラと話せることなど何の能力の証明にはならないのです。 オウムや九官鳥にでもなれと言うような教育自体が誤りなのです。

  もし、ブレグジットが行われると、欧州での公用語から英語は消えます。 グローバルな共通言語としての普及度は欧州では英国だけで、北アメリカとオーストラリアだけの地方の言葉にすぎなくなります。 人口だけから言えば、中国語やスペイン語の方が多いくらいで、このような地方言語に一生懸命になることはありません。 外国語の習得には母国語との深い相関がありまして、母国語のダメな人間に外国語など教えても意味が無く、外国語習得の第一歩は母国語なのです。 ところが、昨今、日本語が理解できない生徒が増えていると言う事で、英語を早期教育しているような場合ではないのです。

  今回の騒動の裏側には、英語に対する憧れ、試験制度の不備などの根深い問題がありますが、「身の丈」で生きる当たり前の事さえ格差の固定化などと飛躍したケチを付ける事に生きがいを見出す人々により、何が問題なのか言葉尻だけで流れてしまいます。 文部大臣は、問題の多い試験制度の側に立って「身の丈」発言をする前に、あの試験制度の是非を真剣に考えるべきでした。 試験制度が不備であるから、本来は真っ当な「身の丈」まで差別だ、格差だと騒がれてしまったようで、「身の丈」人間の私は「身の丈」だけを悪く言われるのには違和感を感じます。

断水に困っている町民 VS 県知事のプライド(取り巻きの忖度?)

令和元年11月01日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

  台風19号で断水被害に遭った山北町。断水に苦しむ町民のために町長は神奈川県に給水車の派遣を要請し、同時に日ごろから懇意にしていた陸上自衛隊の駒門駐屯地にも支援を要請したそうです。陸上自衛隊は、即応機動力で直ぐさま給水車で町役場に駆け付けたものの、神奈川県からの給水車に遠慮してか、神奈川県からの給水車が来るまでの5時間も給水を待たされながら、神奈川県が給水車を出すのだから、陸上自衛隊からの水は一滴たりとも受取るなとの神奈川県知事の命令(取り巻きの忖度?)で、水を待つ町民の前で自衛隊の運んできた真水は給水されれことなく駒門に戻ったそうです。 水に困っていると言う問題を解決するのが最優先なのに「臨機応変」という言葉を知らないのでしょうか?

 法律的には、神奈川県という自治体ができる事を勝手に町如きが自衛隊に派遣要請をしては県のメンツが潰れる。 神奈川県で自衛隊への派遣要請ができるのは県知事たる自分だけなのに、それを差し置いて町長如きが生意気なと上から目線で、水に困っている町民よりは自分のメンツが大事なのです。 まあ、指揮系統は1本であるべきというのも理解できますが、非常時には現場の個々の判断も大切なことです。

  以前、阪神淡路の地震に救援で駆け付けた陸上自衛隊が、暖かなお風呂を提供しようとすると、「公衆浴場の免許はあるのか? 自衛隊員だけ入るのは勝手だが、不特定多数を入浴させるなら公衆浴場の許可を取れ」と浴場の提供を拒否したり,自衛隊には暖かな食事を作ることのできる「炊飯車」があり、これで避難所で炊き出しをしようとすると「冷たいオニギリしか食べられない避難所との差別になる」と言って暖かい食事の提供を拒んだり、市長や県知事には自衛隊嫌いの左巻きが所々にいるのです。  住民の救援よりも、建前論やイデオロギーを優先させるのが左巻きの特長のようです。
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