株式会社落雷抑制システムズ

雷ブログ

エンジニアとしての志

平成31年 1月 15日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

訪問したお客様の先でたまに尋ねられるのが、弊社のPDCEがIEC規格に外れているという中傷記事を掲載した業界誌のコピーです。内容の真偽に無頓着なまま、未だにこのようなものを配布しているただの「運び屋」のような営業さんがいるのです。 PDCEがJIS規格の原典でもあるIEC62305規格に準拠するというのは、とっくの昔にビュ-ロベリタスからの認証を得ています。これは、PDCEを発明したINT社により取得されたものです。 そのような事実は、弊社のHPで確認すれば良いものを何の確認もせず、自分の判断だけで誤った記事を書かれたのが業界では大御所の方ですから、それを鵜呑みにして内容の確認もせずに配布して回っているのです。 この先生には、書かれた内容に誤解があることを伝えましたが、残念ながら音沙汰はありませんでした。 

エンジニアの使命は、社会課題の工学的な解決であり、そのために何か一つでも創造的なものを開発したのかと言えば、未だに270年前の避雷針を担いでいるだけで、その効果も自らで判定しないにも関わらず新しい考えの物については「規格」に反するとナンクセをつけてくるのです。 工業規格というのは、あまり厳密の規定すると、新しいいアイデアの芽を積むだけですのでそれほど綿密に規定する必要はないのです。 また、その規格は効果や性能を保証るるものでもありません。 それを守っているか否かを重要視しても落雷被害を低減できるものでもありません。 雷保護の業界の使命は、落雷事故を低減させることであり、新しい製品を排除する事ではないのです。 新しい製品を排除しようとするのは、古い製品に固執する自分の利益のためだけのことであり社会への貢献のためではないのです。

弊社、今年で10期目を迎え、約2000台もPDCEの設置実績からこれを設置した付近での落雷事故が減少しているという実績を積んできていますので、自信を持ってお話しすることが出来ます。 そういう実績を見ようともしないで、規格に合わないなどとナンクセを付けるだけでは何の解決にもなりません。では、御自分はどのような落雷被害の低減策を作りだしたのか? 何もないのです。 ベンジャミン・フランクリンにより270年前に発明された「避雷針」をICTやIoTに代表される電気/電子機器の増加という時代背景の変化、気象災害が増加しているという気象環境の変化にも関わらずこの古いものにしがみついているだけなのです。

エンジニアであるなら、あるいは、エンジニアリング会社であれば既得権益にしがみつくだけでなく、社会課題の解決に挑戦すべきです。 新しいものを排除しようとするだけでは何の解決にもなりません。 弊社のような零細企業を業界ぐるみでイジメるような真似をして恥ずかしくないのでしょうか? これは日本の産業界が委縮しているからでもあり、大きな志を忘れた哀れな姿でもあります。 馬齢を重ねて物忘れが悪化しないよう、青臭いのですが、「エンジニアの志、自分は何をすべきか」は、毎朝、自分に問うています。 これに自分でキチンと答えられれば、自分に勇気を与え、相手が業界の大御所の先生でも、大会社でも、業界クルミであっても、怖いものなどなくなります。 また、新しいものの足を引っ張るような価値のない事に時間を費やすのは御自分の人生の限られた時間を無駄にしていることに気が付いて欲しいものです。

国防費と自分磨きの費用

平成31年 1月 11日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

世界の先進国では、GDPの2%程度の国防支出は普通の事で、米国はこれを超えた5%、日本はグット抑えた1%程度です。 国の防衛予算に相当する個人の支出は、健康の維持管理費と自己研鑽のために費用ではないでしょうか。 書籍、セミナー、あるいは資格取得のための講座などのための費用です。 このうち、若い時代には健康対策については、大酒、夜更かしなど自ら身を亡ぼすことをしなければ、何をしなくても概ね健康でいられますから、これについての出費は無視できます。

今後、多くの仕事の場にAIが入り込みます。 AIに置き換えられないように自分の競争力を高める努力が今までより以上に求められます。 国防費が5%とするなら、国より弱い個人の立場ですから倍の10~20%程度は自己研鑽の費用に充てるべきです。 毎月の手取りの1割としても、仮に月収が30万円であれば、3万円。これを書籍の価格を1500円としますと、毎月20冊。 1500円程度の本を1日1冊読むのは、大変ですが、 若いうちからこの努力を積み重ねて年間240冊を10年も継続すれば、何もしてこなかった人と比べて大きな差がでることでしょう。 

人間の実力というのは氷山のようなもので、水面上で見える部分とそれを支える水面下の見えない部分があります。 通常は、見えない水面下の部分がドッシリと安定して見える部分を支えています。 無用な知識は、無用に見えますが、水面下で自分を支える一部になり、世の中に無駄なものはありません。 たまたま、今現在は役に立たなくても、いつ何時役に立つか分かりません。 大学での4年間の勉強よりも、社会に出てからの方が大事なのです。

私は、かなりの乱読でやはり毎月30~40冊は書籍を購入しますので、弊社のオフィスは新刊本であふれています。 それを見て、こんなに大量の本を読んだのかを尋ねる方が多いのですが,本というのは、丸まる1冊全てを読まなくても良いのです。 というより、丸まる1冊をスミからスミまで読む価値のある本に出合うことは稀です。 その場合には、全てをキチンと読みますが、目次を確認し、中身はそれなりにスキャンするだけで十分なものが多いのです。 しばらくの間はじっくりと読む時間が無くても、購入しておかないと無くなってしまうものもありますので、目を通せる範囲で購入していますが、それでも呑みに行くコストと比べれば大した額ではありません。

歳をとると時間が速く感じられるのは?  ジャネーの法則

平成31年 1月 10日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

「歳をとると一年が早いね」とは、年配者の交わす常套句です。 これは、時代に関係なく、昔からそのようで、フランスの哲学者ジャネー は、次のような説で説明しています。 

「生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢の逆数に比例する(年齢に反比例する)」とのことで、例えば、70歳の人間にとって1年の長さは人生の70分の1(0.014)ほどであるが、7歳の人間にとっては7分の1(0.14)に相当する。よって、70歳と7歳を比べると、一年の長さは十分のⅠ、逆に言えば10倍の速さに感じるというコジツケです。 逆数ですから、歳を重ねるごとに加速されるのです。  子供の頃の嫌いな科目の50分の授業、長くて長くて、死にそうに長くて退屈な時間でした。 ところが最近は、朝、出社し、ろくに仕事もしないうちにお昼になり、午後もアレヨアレヨとまとまったことなどしないうちに一日が終わります。

若いうちは、時間を長く感じ、その貴重さに気が付くことなく馬齢を重ね人生の後半は駆け足で終息に近ずく。 これは神様からのプレゼントではないでしょうか? 人生の後半を逆に長いと感じるようであれば、自分の老い先について長い間思い悩む事になります。  親の庇護のもと、人生について深く思い悩むことの無い、お気楽な子供であるからこそ時間を長く感じる時代に耐えることができますが、体も色々なトラブルが発生する人生の後半に時間を長く感じては、長時間に渡る拷問の様で気の毒ですし、楽しむにしても楽しさばかりが長く継続しては楽しみの密度も薄まります。 楽しく煌びやかな時間は、アッという間に通り過ぎてこそ価値があります。 1日の長さは、幸せな子供であれば退屈な長い一日であっても、児童虐待を受けている子供にとっては、辛く長い一日なのです。

などと、仕事に関係のない余計なことを言っているうちに本日も終わります。 本日も短い一日でした。

ウソばかりの日本経済

平成31年 1月 9日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

TVのお正月番組では、経済評論家、大企業の経営者などが今年の株価予想、景気要素などをしている場面をいくつか見ましたが、実にクダラナイ企画です。 競馬場の馬券売り場の周囲にいる「予想屋」と経済アナリストの違いは「学歴」でして、経済アナリストとして活躍されている方々は立派な学歴をお持ちでしょうが、競馬の予想屋さんは恐らくその対極でしょう。 そもそも競馬の予想が当たるなら、予想屋さんはとっくに大金を儲け競馬場でチマチマと予想を売るような暮らしから卒業しているのではないでしょうか? 経済アナリストと肩書だけはご立派ですが、その仕事の中身は競馬の予想屋さんと本質は同じことで、予想の際に考慮する事情が異なるだけです。 このような事を得意顔でしている方々は自分のアホ面に気が付かれていないようにお見受けします。

身の周りの景気の良い話は、インバウンドに関連する業界ばかりです。 多くの日本人は、昨年一年間に最低でも1泊4~5万するような高級ホテルに連泊するような豪華な旅は経験されていない事と思います。 何故、来日する外国人ばかりが裕福で自分の生活がそれほどではないのか? 中流意識に甘んじ、現在の生活に満足していると自分に言い聞かせるのはのではなく、客観的に自分の生活と高級ホテルに連泊する外国人の経済レベルを比較すれば、日本経済を支えていながら我々の所得は少なすぎるのではないでしょうか?

また、最近多いのは日本を褒め称える「自家中毒」のような番組です。 伝統文化があり、日本中ほぼ安全で、街並みは清潔で、日本には良い所が沢山あります。 しかし、これも身の周りの小さな話です。 産業自体も部品産業のようなコジンマリとしたところで活躍する企業は世界的にも優れた部品を作っていますが、大きなシステムを作る産業から見れば下請けの部品屋さんです。 世界の中での日本の地位は安泰ではなく、観光立国など気まぐれな旅行客に依存するのは、他に産業の無い国のすることで、日本のすべきことは観光以外で世界に売れる製品を開発する事なのです。 会社の業績が良くても、景気が良いという実感を多くの日本人が個人生活のレベルで感じることのできるようでなければなりません。 日本経済の現実を見極めねばなりません。 

サブスクリプション

平成31年 1月 8日
こんにちは。  落雷抑制の松本です。

最近、定着した言葉に「サブスクリプション」があります。 英語で言えば、Subscribe 、日本語での「定期購読」が分かりやすいのですが、雑誌を毎月、定期購読して、雑誌という媒体を郵送で受け取っていれば、これは単なる物の「定期購入」なのですが、最近はネットの発達により、物理的な媒体を購入するのではなく、ネット上での閲覧が許されるだけで、実際の物を購入しているというより、情報サービスを受けている、供給側もモノを販売しているのではなく、情報閲覧というサービスを提供していると捉えると、製品を販売して終わりというより、製品の利用というサービスの提供事業と理解することもできます。

これは、単に製品価格を12で割って毎月の使用料とするというだけの支払方法の違いというだけではありません。「レンタル」「リース」などの業態は以前からも存在していました。 しかし、これらは契約期間中にはアップグレードやダウングレードなどの製品の交換もできませんが、サブスクリプションでは、顧客側を「サービスの利用者」として捉え、製品自体の販売ではありませんから、ユーザ側の自由度は高く、柔軟なサービスの提供が考えられます。

時代時代の新しいい事業形態はいつの世にもあり、レンタル業は、「損料屋」と呼ばれて、日本では江戸時代から行われてきました。 当時の江戸の人口構成は男性の単身者が多く、電気の無い時代ですから仕事を終えて帰宅してからの洗濯などやっていられません。 そこで繁盛したのが「褌のレンタル」だそうです。 若い方には「褌」などの漢字は読めないと思いますが、これは「フンドシ」と読み、男性の下着です。 フンドシと言えばお相撲さんですが、あのような長いものではなく、手ぬぐいの短い辺にお腹の前で結べる程度の短いヒモが付いた物をお尻から前に手ぬぐいを渡したような簡素な仕組みですが、これは独身者用にレンタルされていたそうです。 

トヨタ自動車の豊田社長も、これからは車のメーカではなく、モビリティをサービスとして提供する会社になると発表されていましたが、フンドシを売るのではなく、サービスとして提供するという発想、江戸時代ですから日本人の発想力は大したものです。 日本では、外国から持ち込んだ物やサービスに注目し、日本古来のモノについては高く評価しない場合が多いのですが,大量生産による使い捨てが可能になる前には、貴重な布を大勢の人で使い回すというとてもエコな生活が江戸時代に行われていたのですから、外国からの「サブスクリプション」の前に江戸の文化を再評価することも大事ではないでしょうか?

そんなに休んでばかりで良いのでしょうか?

平成31年 1月 7日
こんにちは。 落雷抑制の松本です。

今年は4月に「働き方改革関連法」が施工されます。ということで各社の長期休暇取得を後押しするプランなど見ていると、無理に休ませようとすることに違和感を覚えます。 例えば、平日に5連休を取ると5万円の奨励金が出る会社であるとか、働くことを「罪悪」とし、なるべく働かないようにしているようにも見え、日本は社会主義の国になりつつあるようです。 同一労働/同一賃金なども全く社会主義的です。 毎週、日曜日は仕事を休めというのは某外国宗教の教えであり、自分の労働は休んでその空いた時間は神に尽くせということであり、遊び惚けろと言うことでないばかりか、人体は週に一度休まなければ生理的に健康を保てないという訳でもありません。 働く事を忌避するような風潮はおかしいのではないでしょうか? 日本の競争力は、世界に比べて劣後しているのに何を呑気な事をいっているのでしょう。 これは、観光業による陰謀であるか、東京2020に向けて都内の会社を休ませるための下準備なのでしょうか。

同じ程度の能力の人間が、同じ仕事をしながらも仕事への取り組み姿勢により生産性が異なるのは当然で、そこでの差別化が資本主義の原点です。 同じ仕事であるから、同じ時間だけ働けば賃金は皆同じとは、働き者も怠け者も皆同じということで共産主義国家の失敗を繰り返すことになります。草履番の仕事をしながらも、草履を懐で温めるという創意工夫で主君から認められ出世した逸話のように、単純に見える仕事であっても「ボヤーッと生きている」だけの人とそうでない人の処遇が同じでは、良貨は悪貨に駆逐されてしまいます。 航海中の船員さんも、海に出ている間は「月月火水木金金」。 世界の情勢を鑑みれば、現在の日本には、たとえ会社は休みであっても、その2日間は自己研鑽のために用いるべきで、遊んだりしている余裕はないのです。

生産性が上がったがために労働時間が減少するというのではなくて、生産性が低いまま外見の労働時間だけ短くしろと言うのは、一番簡単な「量の管理」による対処であり、日本を陥れるための外国勢力の陰謀に反日日本人が加担しているようにも見えます。 暴論と言われるでしょうが、働くことよりも休むことを優先したいなら、最初から働くことを目的とする組織に属することなく、勤労を重視しない組織に属するか、自分一人マイペースで生きていく算段をするべきです。

歓迎! IWC脱会

平成31年 1月 4日
新年 明けましておめでとうございます。  落雷抑制の松本です。

昨年末のことですが、国際的な枠組みを脱出した事は、70年を経て、ついに、日本も自分の意思を表明できる大人になったことで歓迎です。 日本では、周囲の顔色を伺い、空気を読むなどという事が日常的で、自我を殺してでも周囲との協調を優先させていますが、トランプさんに言われるまでもなく、どの国も「自国ファースト」で良いのです。 日本人だけの社会でであれば、「和を以て貴しとなす」で譲りあいでも良いのですが、その対極にいる人達と共存せねばならないのですから、少なくとも相手と同じレベルでなければなりません。

IWCのついでに、未だに日本を敗戦国扱いしている国連からも「ジャパン」は脱退した方が良いのです。国連の負担分担は来年は中国に抜かれて3位だそうですが、国連も分担金負担 3位のタニマチに脱退されたら困るでしょうから、そのときは、敗戦国扱いの終了を条件に、新たに「Nippon]という国名で参加するのです。 その際には、Japan で引きずっていたシガラミは、棄て去り、新しくNippon で出直すのです。 そもそも外国人の付けた「ジャパン」などという名称は返上すべきです。

日本の近隣諸国はドロボーのような国ばかりで、北朝鮮は日本人を拉致し、韓国は竹島を占領し、慰安婦/徴用工など決着している問題を蒸し返し、海上自衛隊を挑発しています。中国は、尖閣から沖縄まで狙ってきています。そのような悪意/敵意を持つ国々と仲良くする必要などないのです。 それらの国々がこれ以上の領土拡大の欲望を抑えるのに十分な強力な国防体制を築くことが重要です。 これを機に「専守防衛」「非核3原則」などの自縄自縛を脱し、自分の事は自分でできる大人へと一歩でも近づきたいものです。

沖縄の知事さん、普天間/辺野古の事で政府との対立構造を作り出していますが、そもそも、沖縄の相手は日本の政府ではないのです。 沖縄の不条理を生み出しているのは、日本の占領を継続している国連と米国なのです。 自分の真の敵が分からずに内紛を進めているのはアホとしか言いようがありません。 沖縄に問題はありますが、それでも北方領土を占領したままのロシアよりは何百倍もマシなのです。 戦争に負けたという事実を清算するには時間がかかります。県知事の任期のような短い時間で解決できることではないのですから県知事様には歴史問題の解決を安請け合いせず、ムキにならないようにお願いしたいものです。

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